「ふふん、今からデートなの♡」
羨ましいでしょ、と野薔薇ちゃんの腕に抱きついて自慢する。げんなりした顔で、だけど腕にはしっかり目のいっている二人に満足してにっこりする。野薔薇ちゃんはいつものことだからか何も反応は示してくれないけど私が肩に頭をもたれかからせれば野薔薇ちゃんもこてんと頭を軽く合わせてくれてそれだけで胸が高鳴って満面の笑みが浮かぶ。
「どこ行く? こないだは私の行きたいところに付き合ってもらったから次はアンタの好きなとこでいいわよ」
「えっとね、うーん、」
野薔薇ちゃんと一緒にお出かけってだけで嬉しすぎるから具体的な場所が思いつかなくて、それもいつものことで野薔薇ちゃんが呆れながらも笑ってくれる。仕方ないわね、と笑う野薔薇ちゃんに優柔不断さを申し訳なく思うけど甘受してくれている近さにまた胸がいっぱいになる。
「そういえばこの間行ったお店また新作出したらしいからそれ飲みに行こ」
「うん!」
男二人に、じゃ、と軽く私にしがみつかれていない方の手をあげてかっこよく挨拶をする野薔薇ちゃんに見えないようにドヤ顔で笑う。ふふん。羨ましいでしょ。
────────
任務帰りに待ち合わせ場所で野薔薇ちゃんを見つけて全身の毛が逆立つくらい怒りを感じた。野薔薇ちゃんが美しくて可愛いのは当然で、目が行くのはわかる。だけど野薔薇ちゃんの綺麗な顔が歪むほど言いよるあのクソ男はなんなの。野薔薇ちゃんが顔を歪ませたからって綺麗なことには変わらないけど、侮蔑の表情で、しっかりとノーと言われてるにも関わらずそれでも尚言いよるあの厚かましさはなんなの。
反吐が出るほどムカつく。私に理性がなければただの一般人に術式を向けるところだった。理性があるからずかずかと野薔薇ちゃんのそばに走っていって野薔薇ちゃんに触れようと手を伸ばしていた男の手をはたいていつものように野薔薇ちゃんの腕に抱きついていつものとは比較にならない威嚇を向ける。
「なんだ、待ち合わせって女の子じゃん。君も一緒にあそぼうよ」
あからさまに拒絶したにも関わらずねっとりとした気持ち悪い視線を向けられてぶわっと気持ち悪さに鳥肌が立つ。気持ち悪い。なにこいつ。
「遅れてごめんね、早く行こ」
話の通じない相手は無視するに限る。私と同様に全身で気持ち悪いと思ってるのがわかる野薔薇ちゃんに申し訳なくて謝る。私がもっと早く来てればこんな気持ち悪い男に野薔薇ちゃんが絡まれることもなかった。
「遅れてないでしょ。私の任務が早く終わっただけ。変なやつのことは気にすんな」
野薔薇ちゃんが優しくて気持ち悪い男のことを一瞬忘れられる。
「どこ行く予定だったの? 奢るからさ〜」
「あっち行って」
なのに懲りずに話しかけてくる男にイライラが募る。
「俺美味しいとこ知ってるよ」
「なんか用?」
背後から聞き覚えのある声がして振り向けば虎杖くんがいて野薔薇ちゃんに絡めていた腕を無意識に強めてしまう。野薔薇ちゃんが若干身動いですぐに謝りながら緩めた。
「チッ、なんだ男いんのかよ。早く言えよブス」
「アァ?!」
「野薔薇ちゃんがブスなわけないでしょ目腐ってんじゃないの眼科行けゴミ!」
野薔薇ちゃんの怒声を掻き消す勢いで私がキレて野薔薇ちゃんの驚いた顔が横目に映る。やってしまった。ゴミの戯言なんて放っておけばよかったのに、ついカッとなってしまった。誰になんと言われようと野薔薇ちゃんが綺麗な事実は変わらないのだから相手にしなければよかったのに、でも、わかってても心が追いつかなかった。負け惜しみの言葉を吐いた男の背中に届くように言葉を投げつける。
「ちょ、落ち着い、」
「野薔薇ちゃんが綺麗だから声かけたくせに負け犬の遠吠えも大概にしなよクズ! 次ふざけたこと抜かしたらぶっ」
「こら、ゴミにそんな言葉使わないの」
呪詛でも吐いてしまったかもしれないくらいの勢いで滑り出そうになった言葉を野薔薇ちゃんの手のひらが蓋をしてつゆと消えた。無意識に野薔薇ちゃんの腕から離れて逃げるように遠くへ行くその背中に掴みかかろうとしてたらしい。後ろから抱えるように宥められていて、ドッドッと心臓がありえない音を立てる。怒りの興奮がおさまったのはいいけど、それ以上にときめきの胸の高鳴りが止まらなくて息を止める。
「虎杖はなんでここにいんの?」
「俺も任務帰り。向こうでナナミン待ってくれてるんだ。だからもう行くな」
「アンタも一応ありがとね」
「……いや、俺はあんま役に立ってないから気にすんな。オマエが一番頑張ったよ」
七海先生もいるの、と視線を戻した私と虎杖くんの目がばちりと合って、虎杖くんが私をねぎらう。私は私のために勝手に怒っただけだから別にそんな褒め言葉なんていらないけど、虎杖くんのまっすぐな言葉に反射的に頷いて、違和感に首を傾げた。
「えっ、アンタそんなに怖かったの?! ごめん、ちょっと一発殴ってくるわ待っ」
耳元で野薔薇ちゃんの声がして、背後から宥めるように抱きしめられていたはずの野薔薇ちゃんが目の前に立って私の両頬を掴んでいて固まる。両頬に触れていた手が瞬時に離れて私のそばから離れようとする野薔薇ちゃんの手を反射的に掴んだ。
「そうね、そう、あんなゴミ殴る価値もないわ、アンタのそばにいる。私のために怖かったのに怒ってくれてありがとう、だから泣くな」
大丈夫だから、と私に手を取られたまままた両手で頬を撫でてくれてようやく違和感が何かわかった。
私、泣いてるんだ。
だけどあんなゴミ、気持ち悪いだけで怖くなんかなかった。
私が泣いてるのは、悔しくて、悲しいのは、私がどれだけ頑張って吠えてもあのゴミにはなんの脅威にもならなくて、虎杖くんが一言静かに用を尋ねただけで、彼氏と言う立ち位置になってゴミが諦めたこと。たった一言、何か用と言葉を紡いだだけで、野薔薇ちゃんの彼氏に見えた。私が威嚇しようが拒絶しようが野薔薇ちゃんを褒め称えようが腕を絡め取ろうが、友達にしか見えなかったのに、たった一言放っただけで彼氏というカテゴリーに当てはめられる。
惨めだ。悲しかった。悔しかった。
どんなに野薔薇ちゃんに触れても、どんなに野薔薇ちゃんに好きだと伝えても、私はそういう風には見てもらえない。その事実が、ただただつらくて、ただそれだけなのに、私が泣いてる理由は野薔薇ちゃんに伝わることはない。
慰めてくれるのは嬉しいけど、その見当違いな言葉がどんどん私を惨めにさせていく。
────────野薔薇side
かったるいわ〜なんて思いながら教室の扉に手をかけようとした瞬間、聞いたことのない大きな声色で大っ嫌い!と音が爆ぜて固まる。あまりにも聞き馴染みがなさすぎる声色だったせいで、あの子の声だと気付くのに一瞬遅れてしまうくらいに慟哭とあの子が結び付かなかった。動くな、とでも言霊をぶつけられたかのように固まってあの子の聞いたことのない声がするすると耳に流れ込んでくる。
「知ってるもん、わた、私じゃ、ただの仲良しにしかなれないこと、わかってるもん、まきさんみたいに、かっこよくてつよくもなくて、憧れの眼差しも向けられない、ただの友達、知ってる、知ってる!! それでも、それでも好きで、大好きで、意味のない八つ当たりして、威嚇して、アピールして、……アピールにすらなってないの、わかってるもん、私が好きだって言っても意識すらされないの、わかってるもん、私の好きと違ってあなたが一言好きだって言えば意識されるんだろうなってのもわかってるもん、ずるい、ずるいずるいずるいずるい! 私の精一杯の好きとアピールより、たった一瞬偶然手が触れただけで恋愛対象として見てもらえるのずるい! きらい! こんな汚いこと考える私がきらい! こんなこと考えてて好かれるわけないのわかってる、知ってる、知ってるもん、でもきらい! みんなきらい! あっちいって! ……うそ、ごめん、きらいになれたらよかったのに、でも好きだから、苦しい、ずるい、ずるいよ」
ひぐっ、と引き攣った声を最後に嗚咽しか聞こえなくなった。そんなに泣くほど好きな人がいるの、知らなかった、だっていつもアンタ笑ってた。幸せそうだった。嬉しそうに笑って、野薔薇ちゃん、っていつも引っ付いてきてた。たまに動きにくいな、なんて思ったりしたこともあったけど、だけど腕にへばりついてこなかったらついてこなかったで腕がなんだか軽すぎる気がして物足りなかった。
毎日毎日、野薔薇ちゃん、だいすき、と幸せで甘い言葉しか聞いたことがなかった声が、呪霊もびっくりするほどの恨み言を撒き散らして泣いている。震えた声が、痛々しいほどの声が彼女の痛みをあらわしていていたく刺さる。一言一言が重くて痛くて、まるで釘で貫かれてるよう。
どうして相談してくれなかったの?
私じゃ役に立てなかった?
私には言えなかった?
どうして?
あんなに好きと言ってくれていたのに。
あんなにいちばんだいすきと言ってくれていたのに、いちばんですらなかった?
「なあ、」
びく、と肩が大袈裟に揺れる。虎杖、どうしてアンタが。
「オマエがオマエのこと嫌いでも、俺はオマエのことが好きだよ。だから辛いときはちゃんと吐き出せ。いつでも聞くから」
息が止まる。
「なに、」
ひぐひぐと泣き続けていた音が形を持って、耳を塞いだ。聞きたくない。どうして? わからない。私がそこにいたかった。私がアンタを慰めてあげたかった。泣いてるアンタを笑わせられるのは私しかいないと思ってた。だって私が一番仲が良いと思ってたから。どうしてそんなおこがましい考えになれた? 相談なんてひとつも受けたことがなかった。あの子のことを、何も知らなかった私がどうしてそんな傲慢な考えになれたの。
くやしい。かなしい。さみしい。
うそつき。
私がいちばんだいすきだって言ってくれたくせに。
なのに相談してくれなかったくせに。
うそつき。
もう何も聞きたくない。そもそもこんな、盗み聞きしてしまったこと自体、あの子を裏切っている。知られたくなかっただろう秘密を勝手に暴いてる。
最低だ、私は。
心配ならすぐにこの扉を蹴破ってアンタを泣かせたのはどこのどいつと怒鳴り込んで涙を拭いに行けばよかった。
あの子のことを考えるんじゃなくて、どうして教えてくれなかったのとそればかり考えて、あの子の痛みより自分の痛みを優先させた。そんな自分本位な私があの子に相談なんかされるわけない。
いちばんじゃ、なくなってしまった。
「野薔薇ちゃん、だいすき」
「……私も好き」
「えへへ、」
うそつき。私なんかよりよっぽどいちばんだいすきな人がいるくせに。
2021/03/13