「……ねえ、どういう男が好き? 頑張って君の好みになるから教えてよ」

 お金を返却する間はやっぱり気もそぞろで落ち着かなくて、カフェに入って席についてようやく一息つけた、と思ったのに五条さんから放たれた言葉にまた緊張が走る。私に気を遣ってか、可愛らしいカフェを選んでくれたおかげで女性向けのサイズの椅子からはみ出てしまう足を組んで頬杖をついて柔らかな笑みを口元に浮かべる五条さん。対してかちこちに固まった私。そんなふたりを見比べて、懇願しているのは彼の方だなんて誰が気付いてくれるだろう。客観的に見て、五条さんが言い寄られる側だ。言い寄られているのは私のはずなのに、五条さんの方が余裕綽々に見えてしまう。さっき見た顔を染めて照れていた五条さんは幻覚だったんだろうか。
 ねえ、と再度促されて反射的に背筋が伸びる。

「あの、あの、……まずそのままのあなたを教えてください……」

 何も知らない状況で、私の理想の恋人像なんて語ってしまったら、もう二度と本当の五条さんに会えなくなってしまう気がして震えてしまう声でどうにか伝える。理想の恋人と出会えるのは素敵なことだと思う。でも、作り物の理想なんて、虚しすぎる。五条さんにも失礼だ。

「……優しい方が好き? オラオラ〜みたいなのが好き? かわいいのが好き? かっこいいのが好き?」
「おねがいですからかざらないあなたをおしえて……」

 五条さんの怒涛の質問攻めはゆっくり問いかけられているのに、言葉通り荒れ狂う波のような勢いで私に降り注いで声が震えてしまう。

「……やだ。だって好きな子に嫌われたくないじゃない? 知らないんだからいいじゃん。僕、ずっと君を大事にするよ。ずっと君の理想でいられる自信もある。お金にも不自由させないし、何からだって守ってあげる。口だけじゃなく、本当に。それができるのに、どうしてわざわざ嫌われるかもしれないことをしなきゃいけないの」

 やっぱりピュア。嫌われたくない一心で、私に好かれようと願う、ただそれだけで突き進んでいるのはわかるんだけど、少しどころかかなり常識からズレた思考回路にどうにも恐怖の感情が湧き上がってしまう。4、5歳くらいの男の子が出来もしないことをかっこつけて言っているだけならまだ微笑ましい。でも目の前の五条さんは、全部本当にやり切ってしまう。私が理想を語れば一生その理想で飾って私に接してくれるのだろうし、何不自由しないお金のことはもう十分実感したし、本当に、何からだって守ってくれるんだろう。
 でもそれって、本当だけど本当じゃない。
 きゅ、と唇をかみしめてどうすればいいのか考える。五条さんの目はいまだに見たことがない。どこを見ているのか、布越しの五条さんの視線の先は私なのか、それとも運ばれてきた飲み物なのか、それすらもわからない。何も知らない五条さんの、本当を引き出さないと何も始まらない。

「……ひとつだけ、約束しましょう」
「なに?」
「私に嘘はつかないでください」
「……」
「言いたくないことは言わないでいいです。嘘だけはつかないでください」

 考えに考え抜いて、あまり頭のよくない私にはこれが精一杯の歩み寄りだった。

「私、五条さんのこと何も知りません。だから五条さんが嘘をついても私にはそれが嘘か本当か見極める能力もありません。だからこんな約束、本当は意味なんてありません。でも、嘘をつく人に私の心は絶対に渡しません。もし、私が五条さんの嘘に騙されて五条さんを好きになったとしても、その好きはあなたに向かってない。あなたじゃない、私の中にしか存在しない理想の誰かを好きだということです。……それでいいなら勝手に嘘をついててください。私にはわからないので。でも私のことを本当に好きだと言うのなら、嘘はつかないでください」

 俯いて、纏まらない言葉をそのまま口に吐き出して言い切る。あとがこわい。本当にこわい。なんだこの女生意気やっぱ嫌い、ってなったら社会的に死ぬのは私だ。こんな何もかも持ってる人に上から目線で説教して、何もかも今はただ五条さんからのかなり思考回路のズレた好意のおかげで優しく接してもらえているだけで、こんなあけすけに跳ね除ける面倒な女は今すぐにでも嫌われてしまいそうだ。
 全く反応がなくて怖くなる。やっぱり面倒な女だなと思って呆れているんだろうか。
 恐る恐る顔を上げればあまりにもわかりやすいへの字口にぽかんと口があく。それはいったいどういう感情のへの字口なんだろうか。怒り? 呆れ?

「あの……」
「……言いたくないことは言わないでいいんでしょ?」

 重たそうな口が開いて言われた言葉に首を傾げる。また口がへに結ばれそうになったのを、あの、と引き止めればため息をつかれて肩がびくつく。

「……わかった、って言いたくない。だから黙秘権行使しただけ」
「……それは、その、約束を守ってくれるということですか?」

 嘘でもわかったと言いたくない、ということなんだろうか。ということは、嘘はつかないでほしいという私の希望を叶えてくれるつもりなんだろうか。そう重ねて問えばまた盛大な顰めっ面。

「嫌われたくはないけど、僕なのに僕じゃない何かを好かれるのもイヤだから」
「……ありがとうございます」
「……それはそれとしてどんな男が好きなの?」
「……ありのままの姿を見せてくれる、嘘をつかない人です」
「ほんとに?」
「今さっき気付きました、この世で一番大事なことですよね、誠実なことって」

 嘘じゃない。理想の恋人をまさか甘い色のかけらもなく必死で考える日が来るとは思ってもみなかった。
 納得しているようには見えないけど、機嫌はいつの間にか治ったのか唇はまた緩く弧を描いていてホッとする。

「てことは僕嘘つかないから君の好みってことだよね?」
「なんで??? アッすみません」
「なんでがなんで?」

 思わず舐めた口をきいてしまって慌てて謝る。なんでそうなるんですか?と体全体でクエスチョンマークを出す私以上に不思議でたまらないといった返事に思わず私がおかしなことを言ってしまったのかと不安になる。

「え? これ私がおかしいのかな? え? いやすみません、あの、……ええと、誠実だから好きになるとは限らないというか、あくまで最低限の条件なわけでその、ちゃんとこう、誠実に友情を築いていってそれから特別な関係になったりならなかったりそういう……その……」

 なんて説明すればいいのかわからなくて思わずろくろを回すポーズで固まってしまう。

「嘘つかないから恋愛的に好きってなってたら月一くらいで恋人増え続けますよ……。友達が増えるだけです」
「……僕と友達になってくれたってこと?」
「まあその……いわゆる友達からお願いしますという流れになってますよね……たぶん……」

 ふうん、とそっけない返事にキュッと唇を噛み締める。えっ怖い。これどういう反応なんですか。生意気な私に興味失せた感じですか。そうなら若干ホッとしつつ、でもそれ以上の恐怖も感じる。だってこの人が何かをすれば私なんかすぐにでも物理的にも社会的にも塵のような存在になってしまう。
 恐る恐る、チラリと五条さんに目を向けても、目隠しをしているから何もわからないし、……わからないはずだったんだけど、絵に描いたように拗ねた形をした唇を二度見してしまった。

「友達じゃ嫌だから好きって言ったのに」

 恨めしそうに呟かれてギョッとしてしまう。心臓飛び出たかと思った。大丈夫、机の上に私の心臓は転がり落ちてない。いつのまにか飲み物の他にかわいらしいケーキが乗っていただけ。私注文したかな、なんて一瞬現実逃避に走ろうとしたけどどうにか思いとどまる。

「……でも、それならその、知らない人とお付き合いすることは、できないので」
「友達からで良いよ」

 じゃあこの話は無かったことに、と逃げを打とうと恐る恐る付け足そうとしたのに五条さんの手のひら返しが早くて口を閉ざす。五条さんならよりどりみどりだろうに面倒なことばかり言う私に必死に追い縋る姿はやっぱりどう見てもピュアピュアで、だからほんの少し絆されてしまう。それでもやっぱりびくびくしてしまうのはいつでも赤子の手を捻るように簡単に私の存在なんてどうとでもできる圧倒的な力を持っているから。

「……質問いいですか」
「なーに?」
「……私のどこを好きになったんでしょうか」

 なのに、一瞬で私なんてどうとでもできてしまう五条さんが、私のたった一言で一瞬で朱に染まってしまう。

「……楽しんでない?」

 低い声にヒュッと息を呑んで全身で否定する。違うんです。楽しんでるわけではないんです。弄んでるわけでもない。ただ、その反応だけが私にとっての事実を確かめる手段だから。本当に私のことを好きなんだろうか、からかっているだけなんだろうか。それを確認できるのがそれだけだから、つい、尋ねてしまう。

「…………目、見たいって言ってたでしょ」
「見たいと言ったわけでは……」

 私の失礼すぎる訂正は右から左に受け流したらしくて命拾いする。ただ、目を見たこともない人とどうこうなろうという価値観は残念ながら私にはなくて、へらりとへたくそな愛想笑いを浮かべる。

「お互い、慣れてからにしよ」
「なにをですか?」
「君が僕を怖がらないくらいの普通の距離感になるのと、僕が君に照れすぎちゃうのをどうにかするの。お互いにそれ、ひとまずの課題にしよ?」

 どういう、

「……いや普通に好きな子と目合わせるの恥ずかしいでしょ」
「……えっ」
「目、見たことないって言ったじゃん」
「あっ」

 えっ。えっ。
 まさか私があなたの目を見たことがないのは、ただ単純に恥ずかしかったから?
 その考えを肯定するかのようにほんのり赤くなった五条さんに私の体温も僅かにあがってしまった。

2020/12/07