「傑くんはすごいね!」「傑くんかっこいいね!」「いつも助けてくれてありがとう!」「私なんかじゃお礼もろくにできなくてごめんね」「本当にいつもありがとう」「傑くんは私のヒーローだよ!」

 小さな頃から私だけを持ち上げてくれる子がいた。雛鳥の刷り込みのように、たった一度、気まぐれで助けただけで、まるで神様のように慕ってくれる子が。見捨てることもできた。だって、「普通の人」を助けても普通じゃない私を畏怖し怯え普通ではないと一歩引かれてしまうから。でもあのときに、ぱちりと目が合ってしまったから。呪霊と一緒だ。目さえ合わせなければよかったのに、目が、合ってしまったから。そんな考えで助けられたとはいざ知らず、ただただ私を慕ってくれる姿に絆されてしまった。

「……傑くん、私なんか助けなくていいんだよ」

 私が彼女の言葉の大群に自信をつけていくのとは裏腹に、この子は年々卑屈になっていく。両親にだって最近楽しそうだねと告げられるほどわかりやすく明るくなっていく私とは正反対に、どんどん暗くなっていく。まるで私が彼女の生気を吸い取っているかのように。

「……私なんか助けても、どうしようもないんだよ。いつも私たち普通の人は、傑くんみたいな人達に知らない間に助けられて、知らないから仕方ないけど感謝すらなくて、それなのに傑くんみたいな人たちのことを見つけると、途端に異端扱いするでしょ、割に合わなすぎるよ、傑くんたちは傑くんたちだけで、こんな、お守りなんかせずに幸せに生きるべきだよ」
「……君、本気で言ってるのかい」
「ほっといたらいいんだよ、だって何度助けてもらったのかだってわからないんだよ。だって見えないんだもん。助けてもらった正確な数もわからない、だって見えないから。傑くんが教えてくれなきゃお礼も言えない。傑くんは優しくて教えてくれないからもうどうしようもない。こんなただの足手纏いの……ううん、足手纏いだってちゃんとお礼は言えるもん、わからないからお礼すら言えないこんな私に、なんの価値があるの? 傑くんの重荷にしかなれない。私含めて、そんな人達のことなんてほっとけばいいんだよ」

 今日はいつもより具体的に、長く、鬱屈とした気持ちをぶつけられる。いつもは困ったように私なんて助けなくていいんだよと笑うだけだった彼女が今日は苦い笑みも見せずにただただつらそうに、悲しそうに、歯痒そうに、ただただ私を心配していた。

「……別に私は君にお礼を言われたいから助けてるわけじゃないよ」
「知ってる。傑くんは優しいから。優しすぎていつか壊れちゃうよ。傑くんは普通の人を守って、助けて、救ってあげて、じゃあ傑くんは誰に守ってもらうの?」

 どんよりとした目に、ぐ、と言葉に詰まる。私は強いから誰かに守ってもらうほどやわじゃないよ、なんて言えばよかったのになぜか言えなかったのは、彼女の言葉が正しいからだろうか。でも別に、優しいつもりはかけらもない。目についた人しか助けられないし、わざわざ休日にボランティア活動をするわけでもない。そんな私が優しいと言われる筋合いはない。
 でも見えない彼女にはそれがわからない。彼女の中で私は誰彼構わず助けを求める人の声を聞けば駆けつけるスーパーヒーローのような存在になっている。

「……じゃあ、私のことは君が守ってよ」
「……? なんでそうなるの? 私は何も見えないし、何もできないから、だから普通の見えない人たちなんて放っておいてって話をしてるのに」
「別に賛辞が欲しくてこんなことをしてるわけじゃないけど、君からの言葉は全部私の活力になるんだ。だから自己申告するのはなんだか格好がつかなくて照れくさくてしなかったけど、今日は何体祓ってきたとかどんなのを食べてきたとか全部全部全部、君に関係ないこともこれからは全部申告する。だから君が私をこれでもかってくらい褒めて褒めて褒めまくって、私の心を壊れないように守ってよ」

 するりと口をついて出た私の訳の分からない暴論に彼女の澱んだ空気が霧散する。言葉通りぽかんと私を見上げる彼女ににっこり微笑む。何も考えずにただ彼女の濁った視界を晴らしたくて紡いだ言葉だったけど、彼女を説得する前に自分で自分の言葉に納得した。
 お礼を言えないことがそんなに苦痛なら、知らないことがそんなに君を傷付けるのなら、私の何もかもを君に教えてあげる。

「意味が、わからないよ」
「そうかな。私は君からの賛辞が貰えるなら誰にも負けないと思うんだけどな。全く知らない他人からのありがとうより君のすごいねやかっこいいの一言の方が嬉しいと思う私はヒーローの器じゃないかい?」
「そんなことッ……傑くんはずっと、一生、何があっても私のヒーローだよ……でもそうじゃなくて、」
「なら君が心配することは何もないよ。君が私を褒め続けてくれる限り、私は壊れないから」

 たぶん納得はしてないのはわかる。それでも濁った目より、混乱した目の方がまだマシだ。訳の分からない暴論に押し通される彼女の不安定さに、将来変な輩に壺でも買わされたりしないか不安になる。今丸め込んだのは他でもない私なのだけど、まあ私は彼女を傷付けるつもりは毛頭ないから許されたいな、なんて自分の棚上げ根性に苦く笑う。

「あ、ねえ、とりあえず今日は、これくらい小さいものを食べたよ、すごい?」

 もう余計なことは考えないでほしい、と畳み掛けるように今日の活動を報告する。彼女の気持ちが少しでも晴れるなら自己申告をすることで感じられる私の気恥ずかしさくらいドブに捨てられる。だからって指先一つでおさえられるような小さなものは彼女でもさすがに褒めるのは難しいだろうかと薄く笑った瞬間目の前が真っ暗になって息が止まる。
 ふわりとした薄い甘い匂いとどこもかしこもやわい何かに頭を抱えられて、彼女に抱きしめられたのだとわかる。

「すごい、本当にすごいよ、いつもありがとう、傑くん」

 ぎゅう、と更に抱きしめる力を強められても、女の子の体は全然痛くなくて、寧ろ私の頭の本来の居場所はここだったのかと思うほどどんどん体が埋もれていくのが心地がいい。
 止まっていた息を吐き出したのと、一度きつく抱きしめられたのは同時で、私がぴくりと動いたのは彼女には伝わらなかったはず。抱きしめられたのと同じくらい唐突にぬくもりから解放されて、心臓の動く音や柔らかい体に、もっと、と無意識に手を伸ばしてしまっていたことに気付いて彼女に気付かれる前に腕を下ろす。

「こんな、……私一人の褒め言葉なんかじゃ傑くんの活躍には足りないのに」
「……でもすごく嬉しかったし、やる気も出たよ」

 それこそ、こんな小さなものを食べたお礼が抱擁なら中くらいなら、大きかったら、抱擁以上のことをしてもらえるんだろうか、だなんて思春期らしい考えがよぎってしまうほど、やる気がみなぎったよ。さすがに口にはしないし、これ以上はきっとない。彼女はいつも全力で、感謝の言葉や態度に小さいや大きいなんて存在しない。いつもその時の精一杯の感謝を伝えてくれるし、それでも伝え足りないと嘆くほどなのに。

「……ありがとうしか言えないのに」
「君からの言葉だったらなんでも嬉しいんだよ」

 本当に、君からの賛辞だけでとても嬉しかったのは事実だった。いつも最高の褒め言葉をくれて、どうしたらこれ以上褒められるのかと日夜考えて、それだけでじゅうぶん嬉しかったのに。今日はじめて抱擁なんてされてしまったから。
 これからも抱擁はしてもらえるんだろうか。今日は私の畳み掛ける言葉に混乱して訳がわからなくなってつい手が出てしまっただけで、次からは抱擁は無しになってしまうんだろうか。次もその君の柔らかな肌で包んでくれるんだろうか。人間とは欲深いもので、強欲にもそんな考えが思考の端にずっとちらついている。
 君は落ち込んでいるのに、私はなんてひどい男なんだろうか。でも、私をここまで成長させたのも君だと思う。君の言葉で太りに太ったこの器を、責任を持って最後まで君が満たしてくれないと。
 誰にも感謝されなくたっていい。
 でも君だけは私をずっと見ていてほしい。

2021/01/22