「てめェ! また勝手なこ、ッぐ、なんて格好してんだこのハレンチ女!」

 そろそろ来るだろうなあ、なんて思った瞬間、本当に飛んでくる勢いで扉を開けて喜怒哀楽の情緒が激しいパウリーに笑う。

「女の部屋にノックもなにもせず入ってくる方が悪いわよ。素っ裸じゃなくて良かったわね」
「すっ」
「そうしたら責任取って結婚してもらえるから私としては大歓迎だけど」

 ふふ、とバスローブをほんの少しつまみ上げて足先を見せただけで爆発でもしたかのように真っ赤になる姿が可愛らしくて、これだからからかうのはやめられない。

「ばっおま、そもそもそんな格好なのになんで鍵もかけてねェんだバカ!」

 私を見ないように俯きながら説教するのがまたおかしくて頬が緩む。本当に可愛らしい。きっと本当に私の裸を見たら責任取ってくれるんだろうな、なんて期待に胸が膨らむような、心がともわないただの責任感からのそれに虚しくなるような複雑な乙女心を抱えてベッドに座る。

「別に良いじゃない。勝てるもの」

 伊達にここで一人で暮らしてない。そりゃあガレーラの人達には敵わないけれど、ガレーラの人達はそんなことをする人達じゃない。私がパウリーを好きなことも知っていて、ただ見守ってくれる強くて優しい人達ばかりだ。そういう問題じゃねェだろ、と地面に向かってぶつぶつ言うパウリーに、そういう問題なのよ、と心の中で返事をする。

「それで、なんの用?」
「そうだった! また勝手におれの借金返したろ?!」
「そうね」
「そうねじゃねェ! 勝手なことすんな!」
「どうして? 別にあなたになにも損はないんだからいいじゃない。借金取りの人たちもお金を回収できて喜ぶし、あなたも身綺麗になるし、良いことだらけじゃない。なにが悪いの?」

 ぐ、と私の顔を睨みつけるパウリーに笑う。私の体は見ないように少し顎を上げて私の顔だけを睨みつけて、私は悪いことなんて何もしてないはずだから言葉に詰まる姿ににっこり笑った。
 別に良いじゃない。勝手に好きな人に貢いでるだけよ。お金もあるんだもの。あなたのために無理して働いたお金だったら心苦しくなるのもわかるけど、私、使っても使っても使いきれないほどの大金持ちなんだから良いじゃない。経済は回すものでしょう?

「……おれの借金はおれのもんだろ」
「私にお金を払われるのが癪なら負けなければいいのよ」
「ぐ、」

 悔し紛れの言葉に笑いながら返せばまた言葉に詰まってからからと声に出して深く笑ってしまう。ぐぬぬ、と悔しがる姿がまた可愛らしい。
 地味に律儀だからあなたは私に会いに来てくれるでしょう? こうやって数分あなたと話すことができるなら安い買い物なのよ、私にとっては。でもいつも怒ったり悔しがったり、そういう顔ばかりになるのはどうしようもない。
 笑顔はお金では買えないから。心も、お金じゃどうしようもない。
 でも別に良い。どんな感情でも私があなたの中に存在するだけで私は嬉しいから。

「……次は勝つ! そんでお前が払った金もちゃんと返すからな!」
「借金取りからは逃げるのに、私には頑なに払おうとするのね。別に返さなくて良いのよ。勝手に貢いでるだけの金持ちの道楽なんだから」

 私からも逃げれば良いのに。そうしたらこんな、ただ会って話すためだけに勝手にお金を払ってる惨めな姿になんてならなかったのに。相手にされなかったら諦めだってついたのに。こうしてあなたは会いに来てくれるから、だから、お金であなたを捕まえてしまう。

「……おれの金じゃねェと、締まるもんも締まんねェだろうが」
「何か欲しいものがあるの? 買ってあげましょうか。いつもこうして楽しませてくれるお礼に」

 パウリーはギャンブルが好きなせいですっからかんになることが多いだけで、ギャンブルをしなければ高収入なはずなのにどうしてそこまで入れ込むのかしら。賭け事の何が楽しいのかはわからないけど、楽しそうな姿は見ていて私も楽しくなるから別に咎めはしない。どれだけ負け続けても私が払うし、こうして話してくれるだけで嬉しいし、見返りはそれで充分だから。

「……てめェに買うもんをてめェにねだってどうすんだよ」
「…………私?」
「金はぜってェ返すけど、まあ、色々世話になってんだろ」
「……私に、何か買ってくれるの?」
「まあ……なんでも持ってる奴に買ってやるもんなんかねェのはわかってるけどよ」










「……てめェに買うもんをてめェにねだってどうすんだよ」

 そもそもこれを言うのが締まらない。それでもわざわざ言わないとこの未だにきちんとした布を纏おうとしないハレンチ女は5分後にはおれの自宅に目的の物を届けてしまう。それはダメだ。締まらなくてもこう言っておけば阻止することはできるだろう。

「…………私?」

 それでも笑い飛ばしてすぐさま却下されるものと思っていたのにぱちくりとゆっくり瞬きをして、理解できない言葉を聞いたかのように首を傾げる姿におれも不思議になる。

「金はぜってェ返すけど、まあ、色々世話になってんだろ」
「……私に、何か買ってくれるの?」
「まあ……なんでも持ってる奴に買ってやるもんなんかねェのはわかってるけどよ」

 それはわかってるんだ。でもこういうのは気持ちの問題だって言うだろ。訳はわからなくても、一方的でも、世話にはなってる。それを返すのは当たり前だろ。
 そう思いながらも、でもやっぱこんな金持ちな女に借金を返しても何を買えばいいのかが検討もつかなくて頭を悩ませているんだが。
 気持ちが落ちるのと一緒に視線も落ちそうになって、ぐ、と耐える。視線が落ちればバスローブなんていうハレンチな光景が目に入ってしまうからどうにか耐えて顔を上げ続ける。

「……うれしい」

 ぽつり、落とされた言葉に首を傾げる暇もなく目を見開く。おいおまえ、なんでそんな、いつもみたいにおれをからかうような笑顔で笑えよ。なんでそんな、はじめてものを買ってもらえる少女のような花開いた笑顔になるんだ。おまえ、なんでも持ってるだろ。いらないだろ。だから悩みの種だっていうのに。なのになんで、まだ買ってもいない、おれ以外が発したらただの借金を肩代わりしてもらうための機嫌取りかもしれない出任せをそう無邪気に受け入れるんだ。
 その心底嬉しそうな無邪気な笑顔をなぜだかまっすぐ見れなくて思わず視線を落として慌てて視線を部屋の隅に追いやる。ハレンチな首から下と、少女のように純真に花開いた笑顔がちぐはぐすぎて心臓が変な動きをする。

「な、んか、欲しいもんでもあるなら、それにす、るが」

 口がからからで思ったように声が出せなかったけど、それに気付かないほど喜んでいる雰囲気が伝わって何も考えられなくなる。

「……あなたが選んで。私、高級品はいらない。そこらに落ちてる木材でも、石でも、花でも、なんでもいいわ。あなたが私のことを考えて選んでくれるなら」
「わ、かった! 待ってろ!」

 言葉を遮ってとうとう逃げ出す。
 ばくばくとうるさい心臓のある部分を手のひらでおさえこんで、そんなの意味はないと分かっていても落ち着け落ち着けと胸を叩く。ちらつく笑顔に、純粋な言葉に、あの女の真意がわかってしまった。
 からかわれてると思ってた。
 金持ちの道楽だと思ってた。
 それが、本当にただの好意からだった。
 その好意があの純粋な笑顔と言葉のおかげでわかったけど、あの笑顔と言葉のせいで、俺と同じ好意なのか、本当に純粋な少女のような好意なのかが測りかねるのが問題だ。問題? 何がだ。少しでも可能性があるなら、掴める手があるのかもしれないならぶつかりにいけ。











 ああやっぱり、お金じゃ人は買えなかった。わかってた。わかってたけど、あんなに好きだったギャンブルまでやめるなんて。こつこつと働いて、こつこつと、いらないと言っているのに返済してくる。一万、十万、百万、振り込まれる金額がつのるたびにパウリーとの距離が遠くなる。私との関わりの痕跡なんて跡形も残したくないとばかりに毎日毎日振り込まれてくる。
 欲張ったことなんて言わなければよかった。どう働いてどう給金をもらってるのかは知らないけど毎日計画的に返済されるお金は今日できっと最後。
 何も欲張ったことを言わなければ、せめて彼から何かプレゼントを貰えたんだろうか。今更考えたってもう遅い。パウリーはギャンブルをやめて借金を返済し続けている。もう私と関わる理由もない。

「おい」
「え?」
「だからおまえ鍵掛けろって何度も、……ちげェ。これ、最後の分」

 物思いに耽っていたせいで目の前で声をかけられてようやく我に返って固まる。目の前に、パウリー。なんて律儀な男。最後通牒をわざわざ顔を出して突きつけにくるなんて。今まで通り顔も合わせず返済したらよかったのに。そうすれば泣くのを我慢することだってしなくてすんだのに。じくじく痛む心臓をおさえてお金が入ってる封筒を受け取る。

「……確認しろよ」
「確認しなくたって律儀なあなたは誤魔化したりしないから」

 目の前でお札を数えてみずからカウントダウンなんてしてしまったら堪えた涙が全部出てしまう。そんなことはしたくない。そんなみっともない姿は見せたくない。

「それからこっちは約束のプレゼントだ」
「え?」

 え?と声と心が同じ音を発する。ぽん、と放り投げられた小さな何かを慌てて掴んで、固まる。

「とりあえずそれは宣戦布告だ。明日からは借金返済じゃなくて毎日プレゼント持ってくる。それのおかげでまたすっからかんになったからしばらくは手作りのもんとか花とかになると思うが、まあ、……おまえのことを考えて選ぶからよ」

 私の手のひらにあるのは、銀色に輝く指輪で、耳に届くのは都合の良い幻聴のような言葉だらけで、混乱して言葉も出ない。
 これは都合の良い夢?

「覚悟しとけ。おまえだって一方的に色々してきてくれただろ。次はおれの番だ」

2021/03/01