「大事な人でもできた?」
馴染みだった情報屋に楽しげに問われてひくりと頬が引き攣りそうになる。こいつが情報屋だからってのもあるだろうが、それに加えて女の勘とやらが確かな情報のそれを上回る正確さに肝が冷える。
「危ない仕事は引き受けなくなったから。まあ色男がこの世から減るのは私としても嫌だから危険なことを避けるのは良いことなんだけど」
「ふっ。相変わらず口が上手いな」
褒められて悪い気はしない。ああでも、こうして軽口に乗っかるのははじめてかもしれない。現に驚いたように目を見開く情報屋にすわりが悪くなる。前までは死に物狂いでガスパーデを探し、要件を聞くだけ聞く最低限の会話しかしなかった。
「……やっぱり大事な人ができたのね。可愛い?」
「おれの情報はやらねェよ?」
「いらないわよ。誰に売れるの、あなたの情報。何か恨みでも買った?」
心外な、と憤慨したフリで笑う姿におれも頬を緩める。恨みはそこかしこで買ってるだろう。だけどクズばかりだ。麦わらのような気持ちの良いやつから恨みを買った覚えはない。なら、大丈夫だ。この情報屋は義に厚く、そういうことはしない。
「きれい?」
「……まあ、かわいいよ。これから綺麗になるかもしれない」
妹は、まだまだこれから成長する。荒れた環境で、じいさんが好きで常に追いかけていたから口調や態度は荒いけれど、それでもかわいいんだから目に入れても痛くないという言葉を作ったやつの気持ちがわかる。それでもこれからは日の当たる場所で平和に暮らす。あんなに可愛いアデルが普通の暮らしをすればいつか恋をして、想いを寄せられて、あの海賊に言われた通り素敵なレディになるのも遠くないのかもしれない。そうしたらかわいいだけじゃなく、綺麗に成長するんだろう。
想像だけでまだ見ぬ誰かに苛立ってしまうほどにはかわいい妹だ。
「……そう。ベタ惚れね」
「ああ。やっと見つけた生き甲斐だ」
「…………そう」
くすりと笑われて物思いに耽っていた顔を上げる。顔は笑っているのに、目はどこか遠くを見ていて眉を顰める。
「どうした?」
「失恋の痛みに耐えてるのよ」
「は?」
目を細めて笑われて揶揄われたのかと睨みつけようとして固まる。笑っているのに、目に水の膜がはっている。
「……失恋、って誰に」
「私の目の前に立ってる色男に」
「は?」
「は〜、色男は死ななくても私の目の前から去っちゃうのよね……つら〜い」
ふざけた物言いに反射的に乗っかって揶揄うなと怒りそうになるのをどうにか堪える。だって目の前の女の姿は、口ではそう言うものの今にも大粒の涙を流しそうなほど膜を張っている。
「死ななくて、私のことだけ見てくれる色男の情報、なあい?」
瞬いた瞬間、ぽろり、と涙が溢れて息が止まる。平和ボケしたのか他の客人が来たのに気付くのも一拍遅れた。情報屋も驚いたのかぱちりと瞬きを繰り返して、しとどに涙の雨を降らすのかと思ったのに、浮かんだ表情は笑み、で眉を顰める。
「あら待ってあなたとっても色男」
「……そりゃどうも。色男割引でもあるのか?」
「うふふ、のってくれるところも素敵ね」
「おい」
思いの外、殺気に満ち溢れた音になってしまって招かれざる客人はもちろんのこと、情報屋もぽかんとおれを見ている。なんなんだおまえ。さっきまで泣いてただろう。さっきまで本当におれを好いていたはずで、なんでかは知らんが勝手に失恋して泣いてたはずだろう。
「まだおれの聞きたいことを聞き終えてねェ。悪いが後にしてくれるか」
「……新規の客を痴話喧嘩に巻き込むなよ」
はいよ、と片手をあげて入ってきた扉から再度退出した男は、中身も色男なんだろう。それはわかるが、どうにも気に食わない。
「どうしたの?」
「おれのことが好きと言わなかったか?」
「好きとは言ってないわね」
「……確かにそうだな」
失恋したとは言ったが好きとは言われてなかった。
話の腰を折られてため息をつくが目の前の女は真面目だ。
「失恋して1秒もたたずに次の男を見つけるのか」
「恋はいつでもハリケーン、ってことわざ、知らない?」
「……まず、なんでおれに失恋したんだ。おれはおまえに好きだと言われた覚えもないし、まして振った覚えもねェが」
「……大事な人ができたでしょう?」
「死んだと思ってた妹が生きてた」
ぽかん、とまた目が大きくなる。そして他人事なのに自分事のように嬉しそうな笑み。こういうところがこの情報屋と付き合い続けている理由だ。人が良い。情報屋なんて薄汚れた世界に足を突っ込んでいるくせに、売る情報は悪人だけ。客人も悪人以外。赤の他人に感情移入して、こうやって自分のことのように喜んでくれる。そんなやつだから居心地が良かった。荒んだ心でも、ここにくると少しだけ気も安らいだ。まあガスパーデ関連の情報を貰うたびに頭に血が上って血気盛んに扉から飛び出ていたが。それはまあ、仕方ないとして。
「良かったわね。……ということは、恥ずかしい勘違いで失恋したことになるのね」
「いや、だから、別に失恋してないだろうよ。おれは振った覚えはない」
「でも勘違いとは言え気持ちにけりをつけちゃったんだもの」
困ったように手を頬に当てて首を傾げる女に苛立つ。
「じゃあ何か。てめェは顔だけが好きだったのか。長年付き合いのあるおれより、ぽっと出の新規の客の方が好きだってのか」
「……なんだかあなた、私のことが好きみたい」
不思議そうに呟かれた言葉に、ぐ、と詰まる。そう言われると否定も肯定もできずに困ってしまう。でも否定する選択肢を選ぶのが最低なのは分かる。だってじゃあ、好きじゃないのになんで問い詰める必要があるんだ。
だけど肯定もできなくて結局口籠もる。だって、好きなのかどうか、わからない。そういう目で見たことがない。違う、情報屋の魅力がないとかそういうことじゃない。ただおれが、復讐の鬼で、そういう思考を海に捨ててきたから。
だから、これからだった。
これから、何かが色々と変わって、進むはずだった。
それなのに、考える暇もなく目の前で何かを捨てられて、どうすればいいのかわからない。
そんなあやふやな、誠意のかけらもない身勝手な行為だった。だから言葉に詰まる。
「かわいい」
「あ?」
どうしようもなくて俯きぐつぐつと煮えたぎる頭で考えていたところにふってきた言葉に顔を上げる。目を細めて笑う姿にまた目を逸らしそうになるけどどうにか耐えた。
「私、色男が大好きなの」
「知ってる」
今日、痛いほど身に染みて理解した。
「それでとっても惚れっぽいの」
「そうみたいだな」
それも理解した。
「あなたが可愛くて、困っちゃう」
とても困ったようには思えないうっとりとした声音で呟かれ、たじろぐ。なに。
「もしあなたが私のことを好きだと思ったなら、またそうやって口説いてちょうだい」
「あ?」
「そうしたら私、また好きになっちゃうかもしれない」
どくん、と心臓が跳ねて固まる。だけどすぐにかぶりを振って冷静さを取り戻そうと努力する。
「……それは、この後の新規の客にも当てはまるだろ」
顔はどうやら好みのようだし、ノリの良さも好みだと言っていた。おれなんかよりよほど条件が良い。あいつが口説くかはわからないが。
「自分勝手なことを言ってるのはわかってる」
「じゃあ定期的に上書きしに来ればいいわよ」
「……は?」
「定期的に私のこと惚れさせればいいの。自分で言うのもなんだけど、色男には弱いから誰に惚れるかは約束はできないけど。でもあなたも色男だから」
「……わかった」
自分で提案しておきながら頷くとは思わなかったのか驚いたように瞬く姿に苛立つ。おれの執念深さを知らないとは言わせない。
手を伸ばして良いと教えてもらったばかりなんだ。掴み損ねたそれを、また拾い上げる努力をしたっていいだろう。
2021/03/25