「スモーカーさんスモーカーさん、ちょっとこれ私に渡してください」
「あ?」
みんなはスモーカーさんのことをとても怖がるけれど、スモーカーさんは私たちが悪いことをしなければとても優しい人だということを私は知っている。まあみんなも根底は優しい人だと言うことを知っているのだけど、知っててもこの、職業を知らなければ完全に賊のような出立ちのスモーカーさんに気安く話しかけるのは躊躇われるようで結局スモーカーさんに気軽に話しかける私のような存在は異端に映る。
みんなそんなに怯えないで尊敬していて大好きなスモーカーさんに気軽に話しかければいいのに。スモやんだなんて変な呼び方をするよりよっぽどハードルは低いと思う。
スモやん、を許してくれる人なんだから、私の奇行もこうやって受け流してくれる。
「なんだこれ」
目の前に突きつけられた小さな箱を不思議そうにしながらも受け取ってくれるんだから、優しい。
「新発売のコスメです」
「あ?」
「可愛いですよね。ください」
「いや、……あ? くださいも何もおまえのだろう」
「はい、私のです。ください」
意味がわからん、と煙を吐きながらもスモーカーさんの目の前に出した両手に小箱を乗せてくれてにっこりする。
「んへへ、ありがとうございます」
「……いや、自慢したかったんならたしぎに見てもらえ。おれにはわからん」
「自慢じゃないです」
「……そうかい」
もっとわからん、と顔にも煙にも出すスモーカーさんにもう一度お礼をして立ち去った。満足。
「スモーカーさんスモーカーさん、これ私に渡してください」
「……今度はなんだ」
「一粒3千ベリーするチョコレートです! 奮発しました!」
「おう、よかったな」
「スモーカーさんスモーカーさん」
「今日はなんだ」
「一目惚れした靴です!」
「いや履いてこいよ」
「スモーカーさんスモーカーさん」
「なんだ。……ああ、今回は服か」
「そうなんです、こないだの靴と合わせるとぴったりだと思って!」
「いやだからそれなら着てこい」
「それじゃ意味がないんです」
幾度となく繰り返す奇行に付き合ってくれる優しいスモーカーさんの突っ込みに小さく笑う。それじゃこんなことをしてる意味がない。
「じゃあその意味をいい加減教えろよ」
「いやでーす!」
「オイ」
がう、と強面で威嚇されても全然怖くないけどけらけら笑いながら一目散に逃げる。だって今までこんな訳もわからないのに付き合ってくれた優しいスモーカーさんが怒るはずがない。また変なことやってんな、って笑って呆れて、また今度も付き合ってくれる。
はずだったのに。
廊下を踏みしめて走っていたはずの足が宙に浮いている。
「スモーカーさぁん……」
「逃げんな」
「あい」
ぷらーん、と煙につつまれてスモーカーさんの目の前に逆戻り。おかしいな。目論見と違う。どうしよう。アレッでもスモーカーさんより高い位置にいることなんてはじめてだからちょっと楽しくなってきたぞ。スモーカーさんでもつむじあるんですね。アッでも待って私が上からスモーカーさんを見るのはすごくすごく珍しい姿を見れてとても大変嬉しいんですけど、私が見下げているということはスモーカーさんは見上げているわけで、アッやめてくださいその角度は盛れない!
「で。てめェは何がしたかったんだ」
「ええとその」
なんて脳内大フィーバーだったのが霧散した。煙だけに。いや私は未だ煙にぷらんと間抜けに吊るされたままですが。
「乙女心は複雑なんですよ……」
「あ?」
「ささやかな楽しみを奪わないでくださいよう……」
ひんひん、とわざとらしく泣き真似をしたのが癇に障ったんだろうか、ちょっと体がみしみし言いましたよ。煙で。ごめんなさい。でもだって、態度はふざけちゃったけど、言ったら両方とも困るやつなんです。いやスモーカーさんにとっては明日にでも忘れるくらいどうでも良い理由かもしれないんですけど、私にとってはあんまり、その、言いたくなくて。
「…………」
「…………アッこれ言うまで離してくれないやつですか?」
「…………」
「…………今このタイミングで通報きたらさすがに離してくれますよね?」
「…………」
「…………エッまさかこのまま?!」
「…………」
有言実行(スモーカーさんはうんともすんとも言ってくれないけど)とばかりにそのままずんずん歩き出して執務室に向かいはじめて慌てる。エッ私いま公開処刑されてるんですか? スモやんなにしてんの……ってざわつかれてますけど大丈夫ですか? 私の奇行は大概いつものことかで流されてきましたけどスモーカーさんが変なことしてるのはさすがにめちゃくちゃ二度見されてますけど大丈夫ですか?
ぱたん、と執務室の扉が閉められても私はスモーカーさんの横に吊るし上げられたままで、スモーカーさんは椅子に座ってまさかの書類整理をし始めてしまう。待って待って待って。
「……あのう」
「…………」
言わなきゃ一生このままなんだろうか。ちょっとそれはそれでおいしいかもしれないと思いはじめてかぶりを振る。迷惑をかけたいわけじゃない。仕方ない。腹をくくろう。
「プレゼントを貰う擬似体験的なことをしてただけです……つまらない理由ですみません……」
「あ?」
腹をくくろう、だなんて言いつつ少し濁してしまった。でも濁しても意図は伝わるだろうし、やっぱりつまらない理由すぎてふざけてると思われたのかスモーカーさんの凄んだ声に身を縮ませる。ぐりん、と横から前に移動させられて間抜けな声が口から漏れて机の上に着席。なんてこと。上官にされたこととは言え上官の机の上に座ってしまった。
「それのなにが楽しいんだ」
「えと、……好きなもの買ってきてスモーカーさんからプレゼント貰った気分になって二重に嬉しい、的な、感じですかね」
わからん、とでもいうように若干首を傾げたスモーカーさんにへらりと笑う。
「……おれに直接言えばいいだろう」
「エッ」
「おまえはふざけた言動も多いが、意外と仕事熱心だからな。服とか靴は、まあ、アレだが、一粒3千円するチョコだったか? そんなに褒美に飢えてたんなら別に買ってやるよ」
言われた言葉が脳に届きにくくて目を瞬かせる。プレゼント、してくれるんですか。
「えっ、あっ、チョコより服の方が安いんです……」
だけど混乱した口は勝手に動いて自分にもスモーカーさんにも失礼になりかねないことを呟いてしまった。金額のことを言うのはなんだか下品だし、スモーカーさんに高いのをねだるのも安いのをねだるのもどちらにせよ失礼になる。高いのをねだるのは私の心が痛むけど、でもだからってこっちの方が安いんですと言うのはそれはそれで失礼にあたらないだろうか。
「別に値段で決めたわけじゃねェ。おまえが良いなら服でもいいが」
「え? いや、その、そもそも、私は別に、買ってもらわなくても今まで通りあのやり方で十分まんぞくで、……」
煙から自由になった今、机の上からお尻を浮かせたいのに、スモーカーさんが椅子に座っているせいで身動きができなくて会話もそぞろになる。
「靴、この間のか?」
「ぴゃっ」
どうしようと視線を彷徨わせていた私の足が、また宙に浮いて声が上がる。だけど今度は煙じゃなくて、スモーカーさんの手が、私の足首を掴んでまじまじと靴を観察していた。私の返事がないことに眉を顰めて見上げてきたスモーカーさんに慌てて硬直を気合いで解いてこくこくと頷く。そうかとまた靴に視線を戻したスモーカーさんに脳がぐるぐると回転する。なにこれ。
「……靴だけはこれからも自分で選べ」
「え、あの、ど、どうして」
「おまえにいなくなられると困るからな」
「? ど、どういう、」
意味ですか、と聞こうとして、スモーカーさんの目が私を貫いて声が出なくなる。いつ離されたのかわからないくらい優しく足首を掴んでいた手を離されていて自由になったけれど、相変わらず机の上からは降りられない。
「服の方が良いならそれはそれでいいが、おまえは意味を知ってるのか」
「意味、いみ、なんのですか」
「やっぱりお嬢さんにはチョコがお似合いだな。服が欲しくなったら言え」
買ってやる。と楽しそうに笑われて、モクモクに包まれて気付いた時には執務室の外にいた。どういうこと。
靴を贈る意味 私から離れて行って
服を贈る意味 その服を脱がせたい
服を贈る意味 その服を脱がせたい
2021/03/13