「下手、をうちま、した、黒足に、やられ、」
ひゅ、と切っ先が私の喉を貫く直前で止まる。私の声も、斬られたかのように消えてなくなった。自分で撃ったくせに思いがけない量の出血にくらみそうになる目をどうにかあげて、顔を見ればとてもとても満足そうに笑う姿に瞬きをひとつ。ああ、だめだ。バレている。
「麦わらの一味の黒足とやらは、絶対に女に手を上げないと聞いている。だからお前に遣いをやった。なぜ裏切った? ああ、よいよい。答えなくとも、首で許してやる。お前の小さな頭はあのワインを飲む器にちょうど良さそうだな」
にこり、まるで少年のように眩しい笑顔とともに出てくる言葉に私も笑う。笑うと言ってももう、口角をほんの少し上げることしかできなかったけれど。でもいい。満足だ。最後にあんな素敵な人に出会えて、逃がせて、悔いはない。私は天国には行けないと思う。それでも、地獄でこの思い出を抱えられるならそれだけで天国にも登る気持ちになれる。それだけで、良い。ほんの少しの会話。ほんの少しの接触。彼に忘れられても、彼がこの結末を知らなくても、誰も私の存在を知らなくても、私だけが覚えている。忘れない。知っている。それだけで、良い。
「ほんの少しの失敗だ。お前は事務仕事だけは完璧だった。今までの功績を加味して、慈悲の心で一思いに殺してやろう」
ふふ、と小さく笑う。音になったかは知らない。瞼を下ろした。
喉に突きつけられていた刃が、一度引かれる。
次にまた動いたときには、私の首は飛んでなくなっている。
それなのにこんなに胸が暖かいのはなんでだろう。
あの優しい人を、私が助けられた、だなんてエゴにまみれた思考で脳が喜びに満ちている。怖くはない。だって私は、
「────おまえ、サンジを助けてくれたのか! なら、良いやつだな!」
ふわり、と風が舞った。待てど暮らせどやってこない刃に瞼を動かす。私の目の前に立っていたはずの人がいない。代わりに、麦わらをかぶった男の人が、真っ直ぐに私を見て笑って立っていた。
「サンジ、おまえにお礼言ってないんじゃないか? サンジがこんな状態のやつほっとくわけねえもんな」
「ど、して、」
「サンジのお礼は美味しいぞ! 楽しみにしてろ!」
しししっ、と楽しそうに、本当に楽しそうに笑う姿が眩しくて、光を直接当てられているわけでもないのに目を細めてしまう。
「……よーし、おれもサンジの飯食いたくなっちまった。さっさと倒してさっさと帰るか!」
眩しすぎる姿に目がくらんだのか、ふらり、とどうにか起き上がっていた上半身も地面に沈んでしまう。麦わらの人の眩しさが、こんなにも眩しいのになぜか安心できてしまって、眩しすぎて目を閉じてもちかちか光ってしまうほどなのに、なんだか優しい光に安眠できてしまいそう。遠退く意識の中、レディ!と地獄に持っていくはずの声が耳に届いた気がして、小さく微笑んだ。
────────
「あっ起きたのか? 大丈夫か? こんな、自分で自分のこと撃っちゃだめだろ! あと1センチでもずれてたら急所で、そうじゃなくても止血も何にもしてなかったから失血死するところだったんだぞ。自分を傷付けて誰かを逃がしたって、誰も喜ばねえぞ」
赤の他人のはずなのに最後の方はもう涙で声が濡れていて、その優しすぎる叱責に思わず天国に来てしまったかと思った。ズキズキと痛む患部に、天国でも夢でも地獄でもないと理解できても、それでも心がここは天国かと勘違いしてしまうほど優しくて暖かい空気に触れて固まる。
「……どうして助けたの?」
「おれは医者だぞ! 怪我してる人はほっとけねぇ!」
ぷんすこ!と涙に濡れた声で怒られても、優しさが滲み出る言葉になにも怖くはない。
「……でもそれなら、せめて手や足を縛ってから治療しないと。これからは、今からでもそうしてね、優しいお医者さん」
「……そんなこと、しないぞ。おねえさんは優しい人だ」
「あの組織に、優しい人なんて存在しないわ」
小さなトナカイのお医者さんは優しすぎて思わずそれがうつったのか私の声音も優しくなってしまって口元に手をやる。この唇が、今あんなに優しい音を出したの? 言葉は事実でしかなかったのに、なんて説得力のかけらもない音になってしまったの。
「優しくないお人が、男一人、それも敵を逃すために自分の柔肌を傷付けたりしないんですよ、レディ」
優しい言葉で、硬い声が背後から聞こえて肩が揺れた。振り向くまでもなく、目の前に現れてくれた姿はついさっき思い出にした人で、なのにさっきよりも輝いて見えてまた目がくらみそうになる。
ベッドに座る私の前にしゃがみこんで、まっすぐ見つめてくる目は鋭くて、なのに優しくて思わず微笑んでしまいそうになるけどどうにかこらえる。だってどの面を下げてあなたに顔を合わせれば良いのかわからない。私があなたを助けようと思ったのに、結局あなたたちに助けられて、どうすればいいのかわからなくなる。本当は今すぐにだって目だってそらしたいのに魔法をかけられたかのように視線をそらせなくて見つめ合うことしかできない。
「おれァ、あなたの言葉を信じて前に進んだ。どこも怪我をしないと、また笑って会えると、また口説かせてくれると、その言葉を信じて、なのに蓋を開ければレディは、怪我をしている」
私にかかるシーツがさらりと音を立てて魔法が解けたのか視線を落とせてまたたく。綺麗な真白のシーツが痛そうに見えるほどしわくちゃに握りしめられていて、その手を辿ればそんな激情を持っているとは思えない静かな表情の黒足で、そのちぐはぐさに首を傾げそうになる。優しい人だから、敵相手にだって悲しんでくれることは分かっていた。でも、こんな感情をぶつけられるほどのことはしていない。はず。
「私が言ったのは、"他人には私を傷付けることはできない"だったわ」
だって私がしたのは自己満足で、戦いには怪我が付き物で、海賊と海賊の戦いに、そもそも本当の言葉なんてあるはずがない。あんなにすぐにバレるとは思っていなかったけどいずれバレるのは必然で、どうなるかもわかっていた。ああは言ったけれど、どうして本当だと思っていたんだろう。海賊のくせに、純粋で優しい人ね。
「ッ、その傷は、おれが、つけたものなんだろう?!」
凪いでいた黒い目が急に荒れて目を見開く。攻撃をされなくても実力の差がはっきりわかるくらい強くて、命をかけて対立していた時なんかよりもよっぽど強い怒りをぶつけられてヒュ、と喉が鳴る。だけど私だって譲れない。確かに私はボスに向かってそう言ったけれど、あなただって私を撃った記憶なんて何一つないのにどうして口裏を合わせようとしてくるの。
「いいえ、私が自分で撃ったの」
「おれを逃がすために撃ったんなら、おれが撃ったも同然だ! おれが、きみを、撃ったんだ!」
私だって、私の元ボスだって、あなたの仲間だって、見ていなくても信じてもらえるほどあなたは女性に優しく、女性を傷つけることなんて絶対にしないのに、どうしてあなただけが私の嘘を真実にしようとするの。あまりにも優しい、優しすぎる黒足に撃った場所なんかより胸がどうしようもなく痛くなる。
「さ、サンジ、落ち着いて」
「私が、私のために撃ったの、っ、」
「ほら、おねえさんの傷が開いちまう! サンジとりあえず落ち着いて!」
ぴょん、とベッドに飛び乗って私と黒足の間に仲裁をしにきたトナカイさんに大丈夫、と言葉にしようとしたのに、じわじわと痛みが私を襲って何も言えなくなってしまう。優しすぎる空間と痛みに耐えきれなくなって、また意識が遠のいていくのが自分でもわかる。くらり、と体の力が抜けて、再びこの真白のシーツに体を埋めようとして、だけど思った衝撃が来なくて不思議に思う。急に力が抜けて倒れたら、もっと背中が痛いと思ったのに。それ以上に傷口が痛むから何も感じなかっただけだろうか。それにしてはなんだか、ふわりと優しかった気がした。
「これからきっと熱も出るんだ、あんまり興奮させないで。サンジも落ち着いて、おねえさんはおれが絶対治すから。なあ、おれの腕を信じて」
「っ、おまえの腕を、この船に乗ってるやつが信じなかったことがあるかよ。悪い。頼む。おれのせいなんだ、レディの肌に、傷痕が残らないようにしてくれないか」
「できるかぎり頑張るよ、だからサンジは、次おねえさんが起きた時に笑顔になれるごはん、作ってくれ」
「おう、……ありがとな」
────────
ぱちり、と目を開けた瞬間、小さなトナカイさんが眼前に広がってぎょっとした。けれど私よりも驚いたのかビャンっと後ろに飛び退いて大きな悲鳴を上げた姿に頬が緩んでしまった。シーツに手を置いて半身を起こしてまた苦く笑う。だから、治療を施すあなたのポリシーは否定しないけれど、敵の手足を自由なまま治療するのはどうかと思う。
「……おねえさんのこと、縛ったりなんかしないぞ」
「私が小さなトナカイさんを傷付けたりするかもしれないのに?」
「おれはおねえさんのこともう敵だと思ってないけど、あっ、今のはちょっとびっくりしただけだぞ! おねえさんからしたらおれたちはどこの誰ともわからない海賊相手なんだから警戒して逃げようと抵抗して武器を取ろうとするのは生きるために当たり前のことで、もしそうしようとしても別に怒らないぞ。ただ怪我が治ってからにしてくれ」
ただただ優しい、慈愛に満ちたお医者さんに苦笑する。まあ私にはもう戦う気力も逃げる気力も、怪我を治したい気持ちも、特にないけれど。
「……痛いところはない? 息苦しいとか、熱いとか、そういうのは?」
私の腕を取って脈を測り診察を始めたお医者さんに首を振る。
「……食欲はある?」
あなたたちに関わってから、胸がいっぱいで食欲がない。再度首を振れば悲しそうに目を伏せられた。
「サンジのごはんは美味しいんだ」
「そういえば、意識を失う前に麦わらの人が楽しみにしてたのを聞いた気がするわ」
「一流のコックなんでね」
びくり、と肩が跳ねる。
「……食欲はないかもしれないけど、せめてスープだけでも飲めないかな」
ふわり、と良い匂いが部屋に充満して、私の前に立っているお医者さんが小さく美味しそうと呟いたのを聞いて金髪が嬉しそうに揺れたのが見えた。いつの間にか私の手に乗せられた小さな器に、きらきらの金色のスープが輝いていて戸惑う。
「せめて一口でも良いから、飲んでみて」
「……いた、だきます」
幼子に言い聞かせるような優しい音に、美味しそうな匂いに、綺麗な見た目に、思わず反論も何もせずに唇を器に寄せてしまった。視界の端で嬉しそうに目を細めたのが見えた気がして思わず目を瞑る。
「……おいしい」
「レディのお口に合ったなら光栄です」
思わず溢れた言葉。
「……余計なことをしてごめんなさい。あんなことをしなくてもあなたたちならなんとかできた」
「二度と、誰にもこの柔肌を傷付けさせないでくれるかい? もちろん、君自身も」
「……もう馬鹿な真似はしないと言いたいけど、約束はできないわ」
黒足に視線をちらりと向けて、視線を戻した。真っ直ぐな視線に耐えられなくて。
「どうして」
「時を戻せたとしても、あなたたちの強さを、優しさを知った今、知ったからこそ、同じ行動をするだろうなと思うから」
「時を戻せたとして、その時はおれがレディから一歩も離れないから大丈夫だ」
言い切られて笑う。他の海賊に言われたらかけらも信じることのできない言葉なのに、彼の唇で紡がれただけでそれは途端に信用に値する言葉になった。女性相手なら敵にだって優しすぎる彼は、本当に一歩たりとも離れてくれないんだろう。だけど私だって譲れない。余計なお節介でしかなかったと気付いた今でも、結局は私のエゴで動いてしまう。
「……このまま話し続けたって水掛け論にしかならない。私は後悔してないの。あなたたちに出会えてよかった。それに、……ああしてなかったら私はこの美味しいスープを飲めなかった。これで良かったの」
「そんなことしなくたって、食べたい人には料理を振る舞う。おれは一流のコックだから」
きっとそれも本当なんだろう。だけど首を振って否定する。私は何を言われても後悔しない。遠退く意識で傷痕が残らないようにしてほしいと優しい言葉を向けられていたのを覚えている。それが、嫌だと思うくらい後悔なんてひとかけらも持っていなかった。この一流コックさんが諦めてこの部屋から出てくれたら真っ先に私は、傷痕はなおさなくていい、といつまで経っても終わらない問答を繰り返し合っている私たちを見ておろおろしている優しいお医者さんに言いたい。治さなくていいの。思い出なんてなくても鮮明にずっと覚えてられるけど、それでも残るものがあるならそれはそれで嬉しいと思う、複雑な乙女心なの。
「……チョッパー、後を頼む」
「お、おう!」
いつの間にかからっぽになっていた器を、いつの間にか取られていて彼が去った。ごちそうさまも、言っていないのに。
「ねえ」
「あっえっどうした?! やっぱり気持ち悪いとか、いたいとか、」
「傷痕はそのままがいいの。綺麗になんてしないで」
「…………どうして?」
「馬鹿みたいなことをしたなと、反省したいから」
嘘だ。反省も後悔もしてない。だけどそんなこと言ったらこの小さなお医者さんはまた優しく怒るし、悲しむ。ただのエゴに付き合わされることを知らないままの方がいい。
「だめだ。……だめだ、というか、おれは精一杯治療するたけだ、医者だからな! 反省するのは良いことだけどな! でも今は反省よりも体を治すことだけ考えよう、おれも頑張るからな」
もとより素直に頷いてくれるとは思わなかった。敵対していた人間を縛りもせず治療する医者が、そんなことを言われて分かったと笑顔で頷いてくれるわけがない。
な?と優しく笑ったトナカイさんに、下手くそな笑みになってしまったけれど、またつられてしまった。この船には優しさ菌がそこかしこに舞ってしまっている、私ですらなんだか優しい人になった気持ちにさせられるから。
「おやすみ、おねえさん」
──────────
「あら。おはよう。気分はいかが?」
いつもその椅子に座って私を見守るトナカイさんが、今日はとても綺麗で妖しい女の人に代わっていて寝ぼけ眼を擦ってしまった。少し覚醒した目でもう一度視線をやればにこりと深い笑みを浮かべられて視線が彷徨う。ニコ・ロビンだ。改めてすごい人たちに治療されてしまっている。
「この船の中であなたの気持ちを一番理解できるのは私かしらと思って」
「え?」
「みんな、優しすぎるでしょう?」
愛し気に落とされた言葉に胸が詰まる。
「私も、敵対していたことがあるの。もうそれこそ酷いことをたくさんしたわ。生きるためにあなたよりもよっぽど酷いことばかりしていた」
「酷いことに大小はないわ」
「そうね。……でも、敵対していた私を、たった一人助けるために全世界を敵に回す人達ばかりよ。大人しく諦めて、受け入れたほうが早いと思うわ」
その事件は知っている。大々的に報じられていた。
「全世界を敵に回す人達から逃げられると思って?」
ふふ、とどこか誇らしげに笑う姿はとても無邪気で、だけど紡がれた言葉は末恐ろしい響きでしかなかった。
「……そもそも結果的にあまり役に立っていないけど、お礼ならもう十分してもらったわ。治療も、美味しいスープも」
「うふふ。それは彼らにとってはお礼じゃないの」
「え?」
「当たり前のことなのよ。お礼はまだまだこれからよ。海賊式のお礼がどんなものになるのか、私にはわかりかねるけれど」
くすくすとずっと笑い続ける姿に、私はクエスチョンマークを浮かべることしかできなかった。
──────────
「おはよう、レディ、気分はどうだい?」
「……あれから何日経ったの?」
眠って起きて、眠って起きて、の繰り返しで、短い1日のような、長い長い1週間のようなどちらとも取れる不思議な感覚にようやく思い至った。1日ならまだ良い。迷惑をかけてしまったのは事実だけど。でも、もし長い長い時をこの船で過ごしてしまっていたら私はどうお礼をすれば良いのかわからなくなる。
「レディが元気になったら教えるよ」
「ここはどこ?」
「世界一安全で、一流コックが作る美味しいご飯が出てくる船の中だよ」
のらりくらりとふざけた物言いに、梨の礫にしかならない質問をやめた。
「それで、気分はどうだい?」
「……あなたたちといると、とても心が安らぐわ」
「それは良かった」
苦く笑って本音を伝えれば嬉しそうに微笑まれて口を閉ざす。
「普通のごはんが食べられるなら君の希望を叶えるし、無理そうならスープとか、ゼリーとか……とにかく今食べたいなと思うものはある?」
「あなたのスープはとても美味しかったけど、……そろそろお暇しなきゃ」
「どこに?」
「え?」
どこに、と聞かれるとは思わなくて思わず声が漏れる。どこに。あの組織はきっとこの船の人たちが潰しきってしまっただろう。それでも残党はいるはずだし、組織の事務として働いていたことは街の人たちも知ってしまっている。いくら武力行使はドジって失敗した風を装って表向きに誰一人殺していなかったとしても、事務仕事でだって、紙切れ一枚承認するだけで人を殺せてしまう。路頭に迷わせた人は何人もいる。きっと私を恨んでいる。恨まれて当然だ。そんな私が街の人たちに受け入れられるわけもなく、裏切り者の私が残党に受け入れられるわけもない。中途半端な悪党はどこにも居場所なんてないのはわかっていた。
だけど、この船だって私の居場所じゃないことくらいわかってる。
「一流コックだけど、おれも海賊なんだ。レディより、よっぽど悪党なのさ」
「どういう、」
「宝があれば奪うし、プリンセスがいたら連れ去るのも海賊のお仕事だよね」
ぱちん、と慣れたようにウインクをされて固まった。
停船をしていても船は揺れるものだと思っていた。それはそうだ。だけどこの揺れは、停船をしている揺れじゃなかった。この船は、ずっと、動いていた。
「……勝手なことをしてごめんよ、レディ。でもあのままあそこに君を置いていっても、君がどれだけ街の人たちに心を砕いていたかを知らない人たちの君に対する扱いが、とても良いものになるとは思えなくて」
「本当に……何から何までお世話になって……私は何もできていないのに」
時間稼ぎもできなかった。すぐさまバレて喉に切先を突きつけられて、そしてあなたたちの船長に助けてもらった。助けようとして、結局助けられている。子どものお手伝いの方がもっと立派に何かを成し遂げられるはず。なのに、無様な結果しか出せなかった私に対するアフターケアが過剰すぎる。
「レディの陶器のような肌に傷を付けた責任は取らせて」
「あなたは何も責任を感じなくていいの、」
「だめだ。君の傷は、おれが付けたものだからね」
「それ、あなた以外は誰も信じてないのよ。あなたのことをもっとちゃんと知っていればよかった」
女の人に蜂蜜のように甘いこと。敵に対しても優しいこと。責任感が強すぎること。
もっとちゃんと知っていれば、別の方法で、もう少し疑われない嘘で時間稼ぎくらいできたかもしれないのに。
「足技がすごい人、って情報しか知らなかったの」
きっと、それしか情報を与えられなかった。最後の試験だった。裏切りものなのか、それともドジの多いだけの忠実な部下なのか、それを確かめるための試験だった。だからその情報を与えられなかった。
「女の人に甘くて、敵にも優しくて、こんなにも責任を感じる人だって知っていれば」
「プリンセスを誘拐するような男だって知っていれば良かったのにね。そうすればおれから逃げられたのに」
私の言葉を継いで笑う姿に口籠る。誘拐だなんて。彼らは私を助けてくれた。あのまま放置されていれば出血量でそのまま死んでいただろうし、運良く助かったとしてもあの街に居場所はなかった。どのみちあの場所から離れなくてはいけなかったんだから、船に乗せてくれて私としては助かることばかりしてもらっているのに。
「……とにもかくにも今のレディのお仕事は元気になること、それだけ。元気になるためにはドクターの診察と、睡眠と、食事が必要なわけで、……もう一度聞くよ、何が食べたい?」
「……またあの金色に輝くスープが飲みたい」
「かしこまりました、レディ」
諦めて図々しくお願いをした私にうやうやしくお辞儀をする姿は海賊というより、コックというより、物語に出てくる王子様のようで目を細めた。
2021/03/22