「……好きなやつは誤魔化せたのかよ」
「えへ、おかげさまで」
五条くんが私の首元に目を向けて呟いたから一瞬驚いたけどこくりと頷く。これ、五条くんを誤魔化すのには理由付けもちゃんとしてたし何も言わなくて済んだけど、夏油くんや硝子ちゃんを誤魔化す方が大変だった。大変というか、なんとなく気恥ずかしかった。硝子ちゃんはたぶん、私の好きな人、勘づいてるから可哀想なものを見るような憐れみの目を向けられたし、夏油くんは突っ込んでこなかったけどふわりと微笑まれて逆に一から百まで説明させてほしい気持ちに駆られた。対応が大人すぎて私のやってることがこどもに思えて恥ずかしかった。からかったりつっこんだり理由を聞いたりしないあたりがなんかもう、五条くんと同じでものすごくモテてるんだろうなあなんて想像がついて。
「ふうん。よかったな」
「うん」
「よかねえだろ」
「エッ」
想い人である五条くんには私は他の人が好きという設定をつけたせてバレなくなったし、一生の思い出すぎるキスマまでつけてもらえて本当に良かった、としみじみ頷いたのに秒で掌を返されて固まる。
「オマエさ〜、よわっちいんだから、……いつ死ぬかわかんねえこんな世界にいてさ、呪霊より怖いもんなんかねえだろ。変なことしないで言って未練なんか残すなよ」
「……んふ」
「なに笑ってんだよぶっ飛ばすぞ」
「こわい」
呪霊よりはるかに強い五条くんに言葉通りぶっ飛ばされたらちりとなって消えちゃう。何気に優しい五条くんがそんなことするわけないとわかっていても想像だけで思わず反射的に震えてしまった。
そもそも五条くんが怒ってるのは変な方法だったとしても私が好きな人を諦めようとしているのを知っているから、だから私のために怒ってくれている。その事実が嬉しくて思わず笑ってしまったけど、それで余計に怒らせていたら世話がない。ごめんね。呪霊より、死ぬより、五条くんに拒絶される方が怖いの。
「いつか教えるっていつ?」
「そんなに知りたいものでもないでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ五条くんが結婚するときにでも教えるね」
「あ?」
「するでしょ? 結婚」
だって五条くんは、五条だ。いつか絶対にいくら五条くんだって逆らえない縁談がくるはず。でもきっと相手もそうで、五条くんと同じように色々制限されて生きてきて、生贄のように引き合った二人は最初こそ政略結婚だろうけど、きっと意気投合する。それが共闘という形になるか、愛という形になるかはわからないけど、どんな形であれ今でさえ高嶺の花の五条くんが結婚すれば雲の上の存在になる。誰かのものになった五条くんになら笑って、実は五条くんが好きだったんだ、と過去形で伝えられる、はず。
「だから結婚するときにでも教えるね」
チッ、と人を殺してきたかのような表情に瞬く。まあ、政略結婚は嫌だよね。でもたぶん五条くんなら大丈夫だから。
「……好きなやつは誤魔化せたのかよ」
「えへ、おかげさまで」
うっすら消えかかっているそれに目をやる。俺がつけたのに、俺のためじゃないその跡が憎らしい。そんな俺の気持ちとは裏腹にとても満足そうに笑う姿にイライラがつのる。
「ふうん。よかったな」
嫌味を投げつけても目の前の女は満足そうにへらへら笑うだけで余計に苛立つ。
「うん」
「よかねえだろ」
「エッ」
だから、一瞬で手のひらを返してしまった。へらへらにこにこしていた顔が一瞬で驚いたように硬直してほんの少しだけ溜飲が下がる。見知らぬ男のために作っていた表情が、俺のたった一言で変わった。好きな女ならにこにこ笑ってたほうがいい、だなんてそんな聖人君子のようなことは一欠片も思えない。俺のために頬を染めてくれなくても、負の感情だろうが俺の一言でオマエの中からそいつを一瞬でも追い出せるならそっちを選ぶ。最低だ。わかってる。だから俺は好かれないんだ。クズだから。でも、別にいい。好かれなくても、嫌われなかったらそれでいい。
「オマエさ〜、よわっちいんだから、……いつ死ぬかわかんねえこんな世界にいてさ、呪霊より怖いもんなんかねえだろ。変なことしないで言って未練なんか残すなよ」
なんて、クズらしく「オマエのため」だなんて装いながら、どんな形であれオマエの片想いが終わることを望む言葉を吐く。
「……んふ」
「なに笑ってんだよぶっ飛ばすぞ」
「こわい」
優しいオマエはそんな発想はかけらも浮かばないのか、俺が本当にオマエのためを思って言っていると思い込んで頬を緩ませた。その嬉しそうなツラがうとましくてとても好きなやつにかける言葉じゃない暴言を飛ばす。こわいだなんて言いながらオマエのためだなんて勘違いをしてるオマエの頬は緩んだままだし、俺の心はきしきしと変な音を立てていく。
「いつか教えるっていつ?」
オマエが、「オマエのため」を実行してくれないなら、俺が終わらせるしかないんだろうか。
「そんなに知りたいものでもないでしょ?」
「それはそうだけど」
好きな女の好きなやつを積極的に知りたがる人間なんてそうそういないと思うけど。いるとしたら、ものすごくドMなのか、殺意に溢れてるかのどっちかだと思う。
「じゃあ五条くんが結婚するときにでも教えるね」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「あ?」
何を言われたのかわからなかったのに、反射的に臨戦態勢になったようでどこから出たのかわからない低い音が喉を滑って出ていった。
「するでしょ? 結婚」
今度は何を言われたかはっきり脳で理解して、心が冷える。対象外だと当たり前のように突きつけられて、向けるべき相手すらわからない殺意が行き場をなくして床に落ちる。
「だから結婚するときにでも教えるね」
俺がいつ結婚するかもわからないくせに、当たり前にそいつだけをずっと思い続けることを言外に匂わせるその想いの強さに舌打ちをした。じゃあ一生教えてもらえねえじゃん、だなんて思ってしまった俺も、気持ちが悪い。
オマエも俺も、終わらせられないなら、どうすればいいんだろうな。
2021/04/21