「イーーーッ」
「ぐっ」

 町に降り立った開放感からかサンジとゾロが浮かれていつもより派手な大喧嘩をはじめる寸前の小競り合いで、サンジが口に指を引っ掛けてゾロを馬鹿にした瞬間だった。まるで銃に撃たれたかのような重い声にみながハッとそちらを向く。膝をついて、苦しげに俯く女がいた。なにかしらの病気か。慌ててチョッパーを呼ぼうとする前に、いざというときは頼りになるうちのお医者様がすでにもうその女のそばに辿り着いていた。さっきまで大喧嘩寸前だったサンジとゾロも喧嘩の鳴りを潜めている。女と見ればすぐに溶けるサンジも側に駆け寄ったものの心配そうに表情を歪めるだけでチョッパーの診察をおろおろと見守ろうと口を引き締めた瞬間、

「かわいいッ……!!!!!!!」
「え」「は」「あ?」「かわ、?」

 すわ過呼吸かと心配になる程荒い息を吐き出して地面に蹲る女が発した言葉は、この場に相応しくない単語で目を白黒させる。

「おね、おねえさん、大丈夫か、え? 病気とか、怪我じゃ」
「え? な、なんのこと? ごめんなさい、あまりにも可愛すぎて力が抜けただけなの」
「は?」

 なにが? チョッパーか? とにかく病気や怪我じゃなさそうだけど意識がどこかに飛んでいるのかよくわからないことを紡いだ女に心配が尽きない。

「レディ、大丈夫かい? とりあえず地面は汚いからお手をど、」
「ヴッ可愛すぎて無理!!!!!」
「う、ぞ……? え?」

 この中じゃ頭の回転が一番早いサンジが紳士らしくエスコートをしようと手を伸ばした瞬間、また絶叫。

「イーーーッて、イーーーッてなに??? 何歳なの? かわいい。かわいすぎる。好き。かわいい。私にもして」
「え?」
「困ってる? 困り眉もかわ……え、なにそのくるん眉、本当にかわいい。お髭生やしてるの? イーーーッてするような子なのに? かわいい。好き。さっきのイーーーッてやつ私にして?」
「え???」

 普段とは逆の光景におれの目が幻覚を捉えたのかと頭を振っても、かわいいかわいいとサンジを褒め称える女と、戸惑い訳がわからないとクエスチョンマークを浮かべるサンジという光景は変わらなくておれも固まる。こんなに熱烈に言い寄られることなんてないからか、喜ぶよりも戸惑って現実を受け入れられていないサンジを憐れに思う。早く現実を受け入れて鼻血でもなんでも出せばいいのに。そうすればかわいいかわいいと褒め称える女もいつも通りドン引きして、……いや、するだろうか。だってさっきから女がのたまう言葉の数々はサンジを褒めてはいるものの、男としてはどうにも褒められていないような気がする。かっこよくて褒めているわけではなくて、何をしても可愛いと、まるで生まれたての赤ん坊を見つめる母のように。ならあばたもえくぼでしかなくて、きっとサンジがいつもの調子を取り戻したとしてこの褒めが消えることはないのかもしれない。

「かわいい。好き。なんてお名前? 何歳? どこに住んでるの?」
「え? え? え?」
「女の人に慣れてないの? それとも褒められることに慣れていないの? こんなに綺麗なのに? かわいい。好き。かわいい」
「え?」
「本当にかわいい。この人ちょうだい」

 瞬間、あちらこちらで殺気のような何かが飛ぶ。おれも反射的にカブトに手を伸ばしてしまった。ごめん、一般人に。だけどおれたち、サンジが大好きだからさ、ちょうだいとか言われても困るんだ。照れくさくて口には出せないけど。

「ダメだ!! サンジはウチのコックだぞ!!」

 なんて思ってたら照れという感情があるのかないのかわからないウチの船長が大きな声で宣言して苦く笑う。

「じゃあそのかわいいコックさんと一緒にいたいから私も連れてって」

 あちらこちらから殺気を飛ばされてしまったことに気付かないのか、気付いていて気にしていないのかわからない。けろっと妥協案を提示してきた打たれ強さにずっこけそうになる。

「それならいいぞ」

 ニカッ、と太陽も負けるくらいの笑顔で承諾した船長に、耐えるのをやめて遠慮なくずっこけた。

「サンジが良いって言ったらな」
「え?」

 サンジはいい加減現実に帰ってきてくれ頼むから。おれにはこれを収拾できる力はねェよ。

2021/05/08