願わくばそれが、愛でありますように



「骨折した!?」

レッスン室に響いた流星の声に、照史と顔を見合わせた。
難しい顔した神ちゃんと驚いた顔した流星。
なんかあったって察したしげとのんちゃんとはまちゃんも、わらわら集まってきた。

「もんち骨折したん?」
「大丈夫か?」
「俺ちゃう!真夏が骨折した」
「真夏が!?」
「なんで?そんなヘマする奴ちゃうやん。まさか誰かに、」
「いやいやいや、階段から落ちただけ。昨日のレッスン終わって貧血でふらふらやったみたで、駅の階段から落ちた」
「骨折ひどいん?」
「右手首やってもうたみたい」
「うわあ、あいつ今日から左利きになるんちゃう?」
「なんでやねん、そんなことあるかい」
「今日のレッスンはどうする?」
「踊れへんわけちゃうから来るって言うてたけど、どうやろ……」
「どうやろってどういうこと?」

神ちゃんにしては珍しい弱気な表情。
そんなに怪我ひどいんか?
レッスンができへんほど痛がってるのか。
年明け早々からレッスンを詰め込み過ぎたことが原因の疲れか。
でも、今全力でやらないつやるねん。
俺らのデビュー会見は来月に迫ってた。

「実は、」
「おはよう」
「真夏!?」
「その傷、」
「真夏ちゃんの世界で一番可愛い顔が!!!」
「流星やめて。恥ずかしいしそんな騒ぐことちゃうから」

照史が唇を噛んだ。
笑ってる真夏の左頬に大きなガーゼが貼られてる。
それは大きな怪我をしたって証拠や。
右手の怪我も痛々しいけど、顔の傷がインパクトありすぎる。

「骨折ったんやって?」
「ちょっとだけな。痛いけど踊れるからいいかなって」
「あかんで。今日はせめて見学にしいや」
「えー」
「あかん。踊ったら0点つけんで」
「淳太くんいじわるやな」
「まあ来月が重要やし、今は我慢の時なんちゃう?」
「ガーゼになんか書いてええ?ようあるやん。ギプスに書くやつ」
「嫌や」
「書こう書こう。はよ治るように」
「やーめーてー!」
「ペン持ってきた!何書いたろうかなー」
「嫌やってー」

怪我したっていうても元気やん。
ケラケラ笑ってるし。
なのに神ちゃんは深刻そうな顔してる。
俺と照史の腕を引いて、レッスン室から廊下に連れ出された。

「真夏、無理して笑ってる?」
「うん」
「なんで?思ったより元気そうやで?」
「……真夏のお父さんが、デビューはさせへんって言うてる」
「はあ!?」
「ずっと真夏のこと応援してくれてたんやけど、今回顔に傷作ったやん?女の子が顔に傷つけるなんてってめっちゃ怒ってるみたいで」
「あれ、痕残る傷なん?」
「まだわからへんけど、そんな軽い感じちゃうみたい。階段から落ちた傷って説明したらしいねんけど、お父さん信じてないって。誰かにやられたんちゃうかって」
「もともと真夏のお父さんって厳格な感じやったもんな」

真夏が正式に関西ジュニアになった時を思い出す。
双子の空の代わりを務めて、ジャニーさんに声かけられて、空の代わりを辞めて、望月真夏としてステージに立って。
その時もお父さんは反対したけど、お母さんと空の説得もあってなんとか認められたって。
で、今回の怪我。

「心配が限界になったか。俺が真夏の親やっても心配やもん。こんな男ばっかのとこ放り込まれて」
「俺らが真夏になんも危険なことさせへんって言うても聞かへんやろうな」
「……それでも、俺らは真夏のこと欲しいやん」
「照史…」
「俺、お父さんと話したい」
「え?」
「よう考えたらさ、デビューするいうてから真夏の親に会ってないやん。俺会いに行くわ」
「俺も行くわ。最年長やし、照史1人やと心配やし」

真夏を自分が守るなんて思ってるやつ、きっと俺らの中にはおらん。
真夏やって守ってほしいなんて思ってない。
俺らは8人でてっぺんの景色見たいだけやねん。
絶対、8人じゃないとあかん。






家の中の空気が思い。
食卓に並ぶお母さんのハンバーグは大好きなはずやのに、箸が進まへん。

「……」
「……」
「空気重っ!!!」

痺れを切らした空が声を上げたのに、お父さんは仏頂面のまま。
お母さんは呆れたように息を吐いた。

「父さんさ、ええ加減その顔やめたら?何言うたって真夏はデビューするしジャニーズ辞めへんって」
「そうやで?あんたの心配も分かるけどさ、真夏はもう決めたんやから」
「……」
「なんか言えって!あーもー頑固親父!」
「メンバーの子たちもみんなええ子やで?真夏のこと大切に思ってくれてる」
「ほんまそう!引くぐらい真夏のこと大好きやから!」
「真夏のことは空には関係ないやろ」
「関係ありますー!メンバーは俺の友達ですー!」
「やめて!なんで空とお父さんが喧嘩してんねん!」

箸置きに箸置いた音で、みんながシンってなった。
お父さんの気持ちわかってるつもり。
年頃の娘が彼氏も作らずおしゃれもせず、ずっと踊って歌って。
もしかしたらこの先一生、結婚どころか恋もできひん世界に飛び込もうとしてる。
ましてや顔に傷も作ってきて。

「お父さんが考える私の幸せは、結婚して幸せな家庭を作ることやろ?」
「……」
「勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職していい人に出会って、恋して結婚して、家庭を作る。でも私の考える幸せはちゃうんよ」
「……」
「だから、」

ピンポーン

「え、このタイミングで?」
「はーい、今行きまーす!」

中途半端なタイミングで鳴った呼び鈴にお母さんが玄関に歩いていく。
お父さんは私をじっと見つめたまま。
私も負けへんからじっと睨み返してたけど、リビングに入ってきた2人にあんぐり口を開けた。

「よっ!」
「お邪魔します」
「淳太くん!?照史!?なんでここにおんの!?」
「久々やなー、元気?」
「元気やで。空も元気そうやね」

レッスン室で会うた2人とは全然ちゃう。
ビシッとスーツ着て、髪もきっちりセットされてる。
なんで?
戸惑ってる私に照史が笑いかけた。
それが『安心せい』って言われてるみたいやった。

「挨拶が遅くなってすみません。中間淳太と桐山照史です。真夏さんのデビューについて、お話があります」

ごくって唾を飲み込んだ。
さっきまで眉間に皺寄せてたお父さんが、もっと怖い顔になった。
リビングの椅子から立ち上がったお父さんが、私を真っ直ぐに見た。

「真夏、お前は席を外しなさい」
「え、なんで!?」
「2人に話がある」
「でも、」
「真夏、席外せって。俺と母さんも外すから」

空に促されてリビングを出る。
お父さん、2人に何言うつもり?

2階で待ってた時間は10分もないと思う。
玄関で音がして、慌てて階段を駆け下りた。

「っお父さん!」

2人を見送った後なのか、玄関にはお父さんからしかおらん。
何話したん?
振り返ったお父さんは、少しだけ嬉しそうに笑った。

「真夏」
「っ、はい」
「できるだけ怪我はしないようにしなさい」
「……」
「それから、しんどくなったら必ずメンバーの皆さんに相談しなさい。1人で勝手に抱え込まないこと。守れるか?」
「守れる」
「……なら、頑張りや」
「っありがとう!!!」

あれだけ頑固だったお父さんが優しく笑って、ガーゼ貼った左頬に触れた。
顔に傷を作る娘でごめんなさい。
お父さんの考えてくれた幸せを、捨てる娘でごめんなさい。
でも私は、自分の幸せを大事にしたい。

「淳太くんと照史は?」
「もう帰った」
「なんでやねん!」

スニーカーを引っかけて急いで家を飛び出した。
2人、スーツ着てるなんて初めて見た。
私のために挨拶に来てくれたんや。
ありがとうって言わなきゃ。
駅に向かう途中に、2人の背中を見つけた。

「淳太くん!照史!っうわ」
「うわあ、」
「危なっ」

スニーカーちゃんと履けばよかった。
地面につんのめって身体が地面に近づく。
パッと伸びた照史の腕が私を抱き留めた。
危ない、また転んで骨折るところやった。
抱き留めた照史の腕をぎゅっと握りしめる。
あれ?いつもの照史の匂いじゃない。
真新しいスーツの匂い。

「危ないで?ちゃんと靴履きや?」
「真夏?大丈夫か?」
「…2人ともスーツ新しい?」
「え?わかる?」
「俺は持ってたやつ」
「分かる。いつもの照史の匂いちゃうもん」
「え!?いつもそんな匂いする!?臭い!?」

慌ててくんくん匂いを嗅ぐ照史にも構わずに、ぎゅっと抱きしめる。
距離が近くなったからか、いつもの匂いがふわっと広がった。
照史の肩が上がる。
淳太くんも一瞬戸惑ったけど、すぐに笑って私の頭を撫でてくれた。

「うちのお父さんがごめん」
「ええお父さんやで。真夏のこと大事に思ってる」
「分かってるけど……」
「俺らがちゃんと話したら、笑ってくれたで」
「なんて言って説得したの?お父さん、頑固だったでしょ?」
「真夏を絶対に幸せにしますって言うた」
「え、」

抱きしめてた腕をそっと解くけど、照史の手は私の背中に回ったまま。
くりくりの照史の瞳に私が映ってる。

「お父さんが考える普通の女の子の幸せはきっと叶えられへんと思う。結婚とか、子供とか、無理かもしれへん。でもさ、真夏が考える幸せはきっとジャニーズWESTやから」
「……」
「ジャニーズWESTやったら叶えられる幸せがあると思うから。真夏が望む限り、俺ら7人は絶対真夏のこと幸せにしますって。全力で幸せにしますって、お父さんに伝えた」
「照史…」
「真夏が言うたんやで?最後の一秒まで戦おうって。やったら俺も淳太くんもみんなも、最後の一秒まで真夏と戦うから。せやから一緒におってや」

これはまるでプロポーズや。
この先の人生何が起こるかわからんのに、私の幸せが変わるかもしれへんのに。
なのに照史は絶対戦ってくれる。
最後の一秒まで、一緒におってくれる。
一生離れへんっていう、誓い。
心臓がぎゅってなって足が震えた。
照史の手が熱い。
この瞳に捕まった気がした。

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