なんて無謀な恋をする人



ああ、どないしよう。

「照史!?」

舞台袖でしゃがみ込んだ俺の顔をはまちゃんが覗き込んだ。
あまりの慌てように自分のブースで衣装チェンジしてた流星も駆け寄ってくる。
肩に引っかかったジャケットが落ちそう。
ずり落ちる寸前で衣装を受け止めた望も、眉を寄せて俺を見た。
右足首をズキズキ刺すような痛みは、頭に直接響いてくる。
傷口をおさえた手にぬめっとした血の感触が残る。
遠くで淳太くんとしげの声が聞こえる。
2人が舞台に立って30秒経った。
あと3分で衣装チェンジして出なあかん。
分かってるのに、足が動かへん。
脂汗が額から頬に落ちる。
床にぽたって落ちるのと同時に、望がある関西ジュニアの胸倉を掴んだ。

「っお前!!!わざとやろ!!!」
「ちょ、やめろや。俺はなんもしてへん」
「嘘吐くなや!!!さっきのダンスでわざと照史のこと押したやろ!?」
「ただの事故やろ?お前もようぶつかるやん」

望より、なんならこの舞台に出てる俺ら関西ジュニアの中で結構歴が長い先輩なのに、望はものすごい剣幕で詰め寄った。
いつもの可愛らしい望はそこにはおらん。
俺のために怒ってくれてるのが分かる。
それでも、彼がやってないっていうならそうなのかもしれへん。
事故やったのかわざとか、俺もはっきりわからへん。

「望、やめろって!」
「放せや!俺見てん!ダンスの最後のキメのところ!こいつが照史のこと押してん!ほんでセットにぶつかって!足切れたんや!」
「そ、そうなんですか?」
「やってないわ。変な言いがかりすんな。てか小瀧、後輩のくせに調子乗んなや」
「っ!?この、」
「みんななにしてん!?はよ着替えな時間ないで!?」

下手にいるはずの神ちゃんが汗だくでこっちに走ってきた。
後ろにはさっきまで上手にいた康二がいて、きっと騒ぎを聞いて神ちゃんに助けを求めたんや。

「あと2分しかないんやで!?」
「でも、」
「のんちゃん!」
「っ、」
「ほら、はまちゃんも流星も急いで!」

神ちゃんがぽんって背中を叩いた。
足にぐっと力を入れてなんとか立ち上がると、先輩と目が合った。
さっき、ぶつかったのは事実や。
でも押されたかどうかなんてわからへん。
ましてや押されてたとしても、先輩にそんなこと言えるはずもない。
ただの事故やったんかも。
だから俺はなにも言えへん。
着替えるブースに向かう直前。
こっちを見た先輩が、冷たく、嘲笑うように口角を上げた。

「……」
「照史?」

わざとや。
絶対わざと俺のこと押した。
さっきの表情見て確信してもうた。
この日のために、この舞台のためにみんなで一生懸命練習してきた。
関西ジュニアはいつだってみんなで一つやと思ってた。
なのに、なんでなん?
俺なんかした?
なんでこんなことされなあかんの?
足がズキズキ痛い。
視界が滲んで、鼻の奥がつんとした。
悪意じゃなくて、事故であってほしかった。

「あと1分!」

ああ、どないしよう。
怖い。
急に悪意にさらされることが怖い。
俺、もう動けな、

「怒るで」
「っ真夏、」
「ここで終わったら本気で怒るで」
「真夏!?なんでこっちにおんの?下手から登場するはずやろ?」
「一緒に出るともがいなくなったんやもん。探しに来てん。まさかこんなんになってるとは思わへんかった。康二が半泣きやった理由が分かったわ」

スッと伸びた背筋、凛とした横顔。
視線だけで人を殺せるんやないかって誤解するほどの殺気。
睨まれた先輩が息を飲む音がここまで聞こえた。
まるで命を狙う狼。
なのに瞬きをして俺を見た瞳は、あったかくて、太陽みたいに澄んでいた。

「私とともでアドリブ2分足す。流星!救急セット持ってきて!」
「分かった!」
「はまちゃんは残りのメンバーのフォローお願いね」
「うん」
「小瀧、はけてきたしげちゃんと淳太くんにこの状況説明できる?」
「……」
「納得できないこともあると思うけど、やりきりなさい。プロなんやから」
「…はい」
「えらい。……照史?」

伸びてきた手が俺の汗ばんだおでこに触れる。
優しく撫でて、頬を包み込んだ。
さっきの冷たい視線とはまるで違う、太陽の温かさ。

「最後の1秒まで、一緒に戦おうや」

セリフも表情も、全部まるで少年漫画の主人公や。
不安がってた関西ジュニアを一瞬で安心させて、溢れだしそうやった俺の涙を一瞬で止めて、舞台を明るく照らす照明へ飛び込む背中で一瞬で勇気をくれた。

思えばこの時から、俺は決めていた。
自分と同じ思いを持つメンバーと、未来に向かって走っていきたいって。
最後の一秒まで、一緒に戦うんやって。
そう思わせてくれた真夏のことを、絶対に大切にするって。


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