メイクと彼女



「あれ?ない…」
「どうしたん?」
「グロスがない」
「え?あるやん」
「それはDior、探してるのはイヴ・サンローラン」
「うーん?」

机の上にあるピンクの口紅?グロス?は真夏が探してるやつやないらしい。
ポーチの中身を順番に出してるけど、似たようなグロスが1本、2本、3ぼ、え、どんだけ持ち歩いてるん!?
まじかって思うけど言葉にするのはやめた。
女性は可愛いもの好きって言うしな。
それにしても多い。
机に並べられたキラキラ光るグロスを指でつつくけど、真夏の視線はポーチの捜索を終えて鞄の中へ。

「なあー」
「んー?」
「多ない?いつもこんな持ち歩いてるん?」
「あー、うん。なんでかわからんけど今年の誕生日はみんなグロスくれてん」
「え、みんな!?」
「みんな。メンバーもやし後輩も」
「後輩!?後輩から誕生日プレゼントもろたん!?」
「ちょ、やめて、傷つく」
「あ、ごめん」

ちょっとだけ鋭くなった視線が俺に向いたから眉を下げてごめんって右手を掲げた。
真夏が後輩から誕生日プレゼント貰うなんて。
それも1人2人じゃないみたいや。
夏のライブをきっかけに後輩との距離が縮まったのはほんまらしい。
机の上に並べられたグロスはもう両手じゃ足りなくなりそうや。
9月の誕生日にどんだけ貰ったん?

「こんなに貰ってありがたいから塗り直すタイミングでコロコロ変えてるんよ。そしたら全部持ち歩くことになって。ちょっと重いけど可愛いから家に置いていけんし、使わなもったいない、…あ!コートや!」

ハンガーラックに駆け寄る真夏の唇は確かに朝とは色が変わってる。
1日に何個も仕事をこなす中で、メイクさんを困らせない程度にメイクを楽しむ真夏はすごく楽しそうで。
メンバーや後輩から貰ったっていうのが嬉しいんやろうな。

「あったー!やっぱりポケットやった!」

コートのポケットから取り出した赤いグロスを嬉しそうに持って戻ってきた真夏は、キャップを外して鏡を見ながら塗り始めた。
ツヤツヤした艶が唇にのって一気に顔が明るくなる。

「それは誰に貰ったん?」
「これは流星。めっちゃ可愛いんやけど若干落ちやすいねんな。ごはん食べたらほぼ残らへん」
「そうなんや、……あ!そういうことか!」
「え、なに?」
「くっそー、あいつら…」

キョトンとした真夏の目の前で机にぐでーんって身体を倒す。
流星がそれあげたってことは、そういうことやん。
他のメンバーが今年の誕生日にグロスばっかり贈った理由がわかった。
机に伏せたらマスクがずれる。
そう、今はコロナでソーシャルディスタンス。

「照史?どうしたん?」

覗き込んだ真夏の唇はぷるぷるで、キスしたらたぶん落ちる。

「……コロナでキス出来へんからみんなグロス送ってきてん」
「え、あ、ええ?そういうこと?」
「絶対そうやって。今までメンバー全員がグロスあげるってなかったやん。キスせえへんってことは落ちへんから、メイク楽しめるようにいろんなグロスあげたんやって。特に流星」

それ落ちやすいやつやろ?って真夏が持ってたグロスを指さすと、そうやけど…って口籠もる。
コロナ、感染予防、ソーシャルディスタンス。
グループのためファンのために予防はしすぎて損はない。
せやからもう長い間そこには触れていない。
キスしてへんし出来へんからこそのグロス。
コロナが流行してなくてキスできる時は、真夏はいつだってグロスを気にしてた。
俺に会う時は可愛くなるように塗るけど、キスする時はベタつかへんように気を遣って。
なんか、このプレゼントはキス出来へんのを煽られてるみたいで嫌や。

「もー、コロナ嫌やー」
「…流星のグロスめっちゃ使おう」
「なんでや!めっちゃ煽るやん!」
「うん、めっちゃ煽ってる。…次にキスした時、楽しみやん」

なんや、めっちゃすごいこと言うやん。
普段そんなこと恥ずかしがって言わへんのになんで?って思うたけど、目が合って理解した。
真夏にはたくさんのグロスが味方してる。
メンバーや後輩から貰ったグロスを武器に、可愛らしい顔を武器に、キスしたいって気持ちを武器に、コロナがおさまってキスできるその時まで煽り続けるつもりや。
こんなんずるいて。
俺が反撃できるん、キスする時だけやん。
それまで待たなあかんやん。



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