お酒と彼女



ずーっと憧れてた。
一度はやってみたかった。
他のメンバーがやってるのを見て、羨ましかった。
せやから、俺もやる。

「真夏」
「んー?」
「ドライブ行かへん?」

キマった!
これは確実にキマったで!
楽屋の扉にもたれかかりながらかっこつけて言った誘い文句は間違いないし、指先でくるくる回した車の鍵は大人の余裕。
楽屋に最後まで残ってた真夏はちょうどコートを着るところで、ぽかんって顔でこっちを見た。

「…あ、免許とったんやっけ?」
「そう!そうなんですよ!聞いてくださいよ真夏さん!」
「テンションたっか」
「免許取ったんで!自分!車!運転できます!」
「あー、うん」
「助手席どうぞ!」

自信満々に胸張ってそう高らかに申告すると、真夏は『おー』って言いながらわざとらしくパチパチ拍手した。
グループ内で唯一無免許っていうのもおいしかったけど、免許があれば仕事の幅が広がることも事実。
今では取ってよかったと思うてる。
試験やばかったし、正直都内を運転するのは怖いけど、まあ、それは置いておいて。
こうやって誰かをドライブに誘うのが憧れやった。
もう真夏の助手席には座らへん。
誘い文句がキマってニヤニヤが止まらへん俺とは対照的に、真夏はスッと俺の指先から車の鍵を奪い取った。

「はまちゃんの車やん。借りたん?」
「まあ、1日レンタル?」
「なるほどなー、はまちゃんの車運転したことないけど、なんとかなるやろ」
「へ?」
「ほな行こうか」
「え!?」

訳がわからんまま頭にはてな浮かべてる俺を置いて真夏はスタスタ廊下を進んでいく。
その手に持ってくるくる回してる鍵は、さっきまで俺の手で回ってた時よりもしっくりしてる気がして。
やっぱり免許保持者は車の鍵にも好かれるのか?

「私が運転するわ」
「なんで!?俺が運転したいんやけど!」
「小瀧が運転したらお酒飲めへんやん。あ、私をドライブに誘ったってことは今日このあと空いてるってことやんな?」
「なんもないけど…」
「ほんならええとこ連れてったる。お酒もごはんも美味しいとこ」
「え!?なんで!?なんか企んでるん!?急に優しくて怖いねんけど!?」
「失礼やな!」

ぐわって一気に眉間に皺寄せた真夏のグーパンチがお腹に当たったけどあんまり痛くない。
それよりも優しさの理由が分からへんから気持ち悪い。
え、なんで?
駐車場に停めてあったはまちゃんの車の運転席のドアを開けた真夏は、目を細めて笑った。

「免許取得おめでとうと、エレファント・マンお疲れさまってことで潰れるまでお酒奢ったるわ」
「え、ほんまに!?」
「あははは、ほんまに。車で来たんは好都合やな。潰れても家まで送る」
「あ、あ、ありがとうございます!!!真夏姉さん一生ついていきます!!!」
「はいはい、はよ助手席乗りや」
「はい!!!」

お酒が好きだからこそ、潰れるまで飲めることがどんなに嬉しいか知っている。
お酒が好きだからこそ、美味しいお店も楽しい飲み方も知っている。
お酒が好きだからこそ、真夏のお誘いが最高に嬉しいって思う。

「次は絶対僕が運転しますんで!先輩!今日はお願いします!」
「期待して待っとくわ」
「期待して待っててください!潰しますんで!」
「あははは、潰れたことないわ」

知ってるし。
コロナが流行り出してから真夏とはリモートで飲むことが多かったけど、真夏は一度も潰れることなく、ベロベロになった俺を画面の向こうからケラケラ笑ってた。
次の機会は絶対潰す。
しこたま飲ませて、大好きなお酒を飲んで、幸せな気持ちにさせて家まで送る。
……あ、でもそうしたら俺は飲めへんのか。
それは、なんか、嫌やな。
せっかくお酒飲むんやったら、2人で飲みたいわ。



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