ナナマガリ探偵事務所



・かなり端折ってます。
・本家の映像見ないと、何が何だか分からないと思います、すみません。
・なんでも許せる方向けです。






「おはよー、おつかれー、プロテイン」
「俺はプロテインちゃう」
「あっつー、暖房効きすぎちゃう?」
「標準設定や。あー!設定温度変えんな!」

こいつは真夏。
ナナマガリ探偵事務所で一番喧嘩が強い、非常に優秀な人材だ。
毎朝5時起床、実家の銭湯の掃除をし、近所をランニングして体力作り。
5駅先のキックボクシングのジムに行き、汗を流し、この事務所へランニングしながら戻ってくる。
程よくついた筋肉としなやかでスピードのある蹴りで、どんな敵でもやっつける。
まさにスーパーマンのような、優秀な人材だ。
喧嘩になりそうな危険な仕事はいつも真夏と神ちゃんに任せている。
コンビネーションも抜群で、真面目に仕事に取り組んでいる。

「っうわ!ちょ!窓開けんといて、寒いやん」
「しげ、お酒くさいで?換気や換気。空気入れ替えなあかんて」

面倒見がいい照史が作ったプロテインを腰に手を当てて一気に飲み干した。
朝日を全身に浴びる姿はまるで光合成。
眩しい。
陽の光が痛い。
所長の俺の目を潰す気か。
いくら優秀でも許されないぞ。

「ぷはー!プロテインしか勝たん!」
「勝たんってなんなん?」
「知らん。神ちゃんがよう使ってるから真似してんねん」
「仲良しやな」
「あざまる水産!」
「な、なんて?磯丸水産?」

爽やかな笑顔と人当たりのいい性格。
誰とでも仲良くなれる優秀な人材だが…。

「…ふぁー」
「なんや、また泊まっとったんかいな。住んでるみたいやな」
「流星おはよう!結婚しよ!」
「せん」
「そう?ほんならまたあとで聞くわ」

めちゃくちゃ諦めが悪い。
流星に何度振られても諦めへん。
あと、プロポーズが軽い。
本気かどうかも分からへん。
このへらへらした顔がちょっとだけウザい。

「なあ真夏、これで振られるの975回目やで?」
「え、そうなん?しげ記憶力ええね。すごい」
「メモってんねん」
「メモってるん?暇人やん」
「気にするとこそこちゃうやろ。もうすぐ1,000回いくし」
「ほんまやな。流星聞いた?1,000回行く前に婚姻届に印鑑押して?」
「押さん」
「淳太ー、今暇やろ?」
「……」
「Hey Junta!流星と100%結婚できる方法を教えて?」
「……」
「淳太?」
「……」
「無視するなやー。あ、ええこと思いついた」
「なに?」
「小瀧からピストル借りて、結婚しなければって脅す、」
「その時点で0%や」
「は?」

真夏が立ち上がれば淳太がビクってして肩を震わせた。
スッと伸びた脚からいつキックが飛んでくるか分からない。
俊敏で強い。
優秀な人材だ。
ただ、諦めが悪くてしつこい。






「虹ねー」
「虹かー」
「見たことある?」
「まあ、あるっちゃあるけど、作れって言われるとねー」
「ねー」
「ゆるない?」

会話が。
穏やかな午後感満載やねんけど。
ソファに横並びで座った神ちゃんと真夏は目がチカチカするくらい鮮やかなクリームソーダをストローでちゅうちゅう吸うてる。
淳太がせんばさんを連れてどこかへ行ってしまって、残ったメンバーはどうやって虹を作るのか考えなあかんのに2人はキャピキャピしたおやつタイムに入っている。
学校終わりのギャルか。

「…あ、虹あったわ」
「なになに?」
「えーっとねー、確かあっちに、あ、やばい届かへん。はまちゃん手伝って」
「なに?」
「その上、それ!その青い箱!」

照史のよう分からん購入品でぱんぱんな棚の上の方に無理矢理突っ込まれてた青い箱。
真夏の身長では届かへんそこにあったそれを取って手渡せば、ニヤニヤして神ちゃんの隣に戻っていった。

「なに入ってるん?」
「虹」
「え、ここに?」
「そう。じゃーん!」
「…え、なにこれ」
「フラワーシャワーって知ってる?」
「知ってるー!結婚式で花嫁にかけるやつ!」
「それ!流星との結婚式で使おうと思って買ったんよ!」
「ちゃんと7色で用意してるやん」
「あと空色も。空みたいで可愛いやろ?」
「可愛い可愛い!」
「え、え?…え?あの、真夏さん、ちなみに式のご予定は?」
「流星、いつにする?」
「やらん」
「死ぬまでには挙げるわ」
「いやいやいやいや!?言うてないやん!流星そんなこと一言も言うてない!」
「細かいこと気にしたら終わりやで」
「真夏は気にしいや!ふられてんねんで!?てか流星!勝手なこと言われてますけど!?」
「喉渇いた」
「ちょ、待ってや流星!」

ぼーっとしたままフラフラ事務所を出ていった流星が向かうのはキャバクラやって分かりきってる。
それは真夏もわかってるはずやのに見向きもせずに箱の中身に夢中や。
神ちゃんとキャンキャン高い声で話してて、このテンションの差にもうついて行かれへん。

「はぁー」
「お、ため息良くないでーはまちゃん、幸せ逃げる」
「真夏さ、流星のどこがええん?」
「へ?」
「こんだけふられても告白する神経が分からへんねんけど。頭おかしいんちゃう?」
「うわ、はまちゃんひど。言い方が鬼エグい」
「ほんまやな。エグいエグい」
「エグいのはお前や。俺が流星やったら鬱陶しくてしゃあない」
「でもさ、流星って一回も真夏を拒否したことないよね」
「せやねん。好きなんよ私のこと」
「絶対ない」
「はまちゃん、言い方がやばたん」
「しょうがないやーん、流星と結婚したいねんもーん」

ヘラヘラしよって、ほんまに、こいつは。
はぁーってまたため息を吐いたけど2人は気にするそぶりも見せへん。
何度告白して、何度あしらわれても真夏はヘラヘラにこにこして流星を追いかける。
その姿を見る俺たちはもう呆れているけど、たしかに神ちゃんの言う通り、流星がハッキリと真夏自身を拒否したことはなかった。
なんでやろ。
好き?
いや、それはない。

「あ、はまちゃんこれ流星の机の引き出しに入れといてくれへん」
「はいはーい」
「2人とも、花で遊んどらんと仕事しいや」
「してるもーん」
「してるもんねー」
「してませーん」

部屋の整理をしていた照史から手渡されたのは現像した写真。
相変わらず流星は尾行写真をフィルムで撮りたがる。
机の引き出しにどんどん溜まって今にも溢れそうや。

「…ん?」

乱雑に写真が突っ込まれた引き出しの奥に封筒があった。
やけに丁寧に封がされていて、まるで開けた痕跡がない。
これ、なに入ってるん?






あの、絶対違う気すんねんけど。
刑事の勘がそう言うてますけれども。

「せんばさん!あともうちょっと!頑張ろう!」
「はぁはぁはぁ」
「自分を越えるんや!」
「真夏、ちょっとペース早い!」
「あ、ほんま?ほなゆっくりにするわ」

虹が見たいって言われたのになんでこんなことになるんや?
ぜぇぜぇ息してるせんばさんはもう倒れそう。
杖してる言うても歩けるって聞いたらヘラヘラ笑った真夏はせんばさんと、近くにいた俺を引き連れて外に出た。
半袖、ハーフパンツ、スニーカー。
そう、ランニングや。

「こ、こんなんで虹が、見える、わけない、」
「大丈夫!見れますから!」
「嘘やん」
「さあ!あと少しですよ!」

ランニングで虹作るってどんな案やねん。
俺もせんばさんも息上がってるのに真夏は呼吸一つ乱れてない。
快活な笑顔と健康そのものの身体でここまで走ってきた。
あー、あっつい。
お気に入りの青島コートはもう脱いでもうた。
ワイシャツに汗染みやばそう。

「はい!せんばさん!あと20メートル!」
「はぁはぁはぁ」
「はいゴール!」
「って望月湯やん」

ナナマガリ探偵事務所から走って歩いて汗かいて、やっと着いたのは真夏の実家の銭湯や。
古き良き日本の銭湯って感じの佇まいで、中に入っていくお客さんがしきりに真夏に声をかけてた。
地域密着型の、昔ながらの銭湯。

「ここは?」
「望月湯!東京で一番気持ちよくなれる銭湯ですよ!」
「汗やばい。せんばさん、入りましょう」
「え、え、ここに?虹は?」
「入ればわかります!ただいまー!」

大きな声が響く。
唖然としてるせんばさんを連れて中に入ると、真夏によう似たおばあちゃんが番頭に座っていた。
うわ、顔そっくり。

「おばあちゃん、3人ね。あとフルーツ牛乳も2本。私はプロテインで」
「はいはい、ん?真夏のお友達?」
「あー、まあ、そんなところです。こんにちは」
「ゆっくりしてってくださいね」
「ありがとうございます」
「あ、小瀧、ピストル禁止な。うちの銭湯で問題起こしたら…」
「ひっ、」

ちょ、キックボクシングの構えやめて。
怖い。






「小瀧ー!せんばさーん!どう!?虹見えたー!?」

声がバカでかいなあいつ。
望月湯の天井は境がないから女湯の声が聞こえる。
真夏の問いかけにせんばさんは真っ裸のまま声も出ずに瞬きをした。
浴室に入って正面。
見事な富士山とその頂にかかる7色の虹。
鮮やかでありながら歴史を感じる風情が、スッと心に入ってくる。

「…私、こんなに綺麗なお風呂、初めて来ました」
「え、そうなんですか?社長さんだからもっと豪華な温泉とか行ったことあるでしょ」
「いやいや。……とても素敵だ」
「見えたー!?ねぇー!?小瀧ー!?虹あったでしょー!?」
「うるっさいな!てかこれ見せるんやったら真っ先にここ来たらよかったやん!走る意味ない!」
「運動して汗かいてからの方がお風呂って気持ちいいでしょー!?」
「だからってあんなに走らせんな!」

なんて言いながらもお風呂から上がってくる湯気に身体がビリビリ反応してる。
汗を流してあの熱いお湯に浸かったら最高やろうな。
ゆっくり温まったらフルーツ牛乳が待ってる。
で、虹が見れたから成功報酬も貰える。
うん、悪くない。
この先のことを考えてニヤニヤしながら汗を流してせんばさんと並んで湯船に浸かる。
『あー』なんて声を出しながら、せんばさんは呟いた。

「でもこれ、虹の絵ですよね?」
「……」
「絵、ですよね」
「……俺のピストル見ますか?」






せんばさんは社長さんじゃなかった。
虹を見たいって言ったのもただの憂さ晴らしやった。
その真実を聞いてせんばさんが去ったあと、探偵事務所はしんと静まり返っていて、パーカーのフードの紐を弄る真夏はポツッと呟いた。

「やっぱりね」
「真夏、やっぱりって?」
「せんばさんが社長さんじゃないって最初から気づいてた」
「え、なんで!?」
「匂いだよ。せんばさん、何日かお風呂入ってない匂いがしたから」
「え、俺全然分からへんかった!」
「ここに来た時にそうかな?って思ったんやけど、確信がなくて。せやけど一緒にランニングして気づいた。二日酔いで帰ってくるしげと同じ匂い」
「やばたん」
「おい、俺のことディスんな」
「お前は二日酔い多いねん」
「虹に1,000万も出すような社長さんには見えなかったんよ」
「…だから銭湯行ったん?」

小瀧の問いかけに真夏は曖昧に笑うだけやった。
真夏は最初からせんばさんが怪しいと思ってて、でもお風呂入ってないって気づいて銭湯に連れてったんかな。
それが真実なのかどうか、話したくないのか、どっちでもいいと思ってるのか、真夏はヘラヘラ笑うだけやった。

「しげ、どうする?」
「……」
「私はせんばさんの気持ち、ちょっと分かるなー。自分のことが大嫌いになっちゃう気持ち」

ふと、視線が動く。
滑らかに瞬きをして、伏せられたまつげが揺れて、熱く、流星を見た。
その視線に気づかないふりをする様に、流星がわざとらしく頭をかいた。

「よし、せんばさん連れ戻そう!」






「寒くない?手繋ぐとあったかいよ?あ、結婚しよ?」
「せん」

へらへら笑う口元から白い息が黒い空に上がっていく。
せんばさんを追いかけて早30分。
まだせんばさんは見つからなくて、知り合いに片っ端から声をかけて情報を集めてる。
その間淳太が監視カメラをハッキングしてくれていて、些細な手がかりも伝えてくれる。
どこだ?
どこにいる?
所長であるしげからの命令やからなんとかせなって緊迫してるのに、真夏はいつも通りヘラヘラ笑ってスニーカーでコンクリートの上を跳ねている。

「…なあ」
「なに?」
「そんな見んといて。てか俺じゃなくてせんばさん探して」
「探してるって。私、視野めっちゃ広いねん。シマウマ並みやで?」
「そんなわけないやん」
「あはは、そんなわけあるかもしれへんでー?」

本気か、遊びか。
どっちなのか分からない境界線を行ったり来たりしていて頭が混乱する。
しげ、なんで俺と真夏を一緒に行動させたんや。
恨むで、ほんまに。
心臓のあたりがムズムズしてしゃあない。

「せんばさんどこにおるんやろ。てかさ、見つけたとしてどうやって連れて行く?」
「にじみちゃんに会えるって話したらええんちゃう?」
「あ、それええな。にじみちゃん可愛いもんなー、うん、あれは私のメイクの技術でもあるが」

軽々しくプロポーズするくせに一度も触れてこない。
結婚しよ、とは言うくせに好きだとは言わない。
あなたのことだよってしつこく視線を送るけど、言葉にはしない。
それが、ものすごく、イライラする。

「あ、淳太や。もしもーし?」
『真夏走れ。その角を右、右、左、せんばさん誰かに絡まれ、』
「うわ、」

スニーカーがコンクリートを蹴る音がした。
持ってたスマホをぽんって俺に投げて走り出した真夏は一瞬で視界から消えた。
え、なに?ってぽかんとしてる間にスマホから淳太の声が聞こえる。
コミュ障で単語しか伝わらへんけど言われた通りに進んだら、真夏が男に思いっきりキックしてるところやった。
地面に倒れた男が2人、今のキックで倒れた男が1人、尻餅ついてガタガタ震えてた男はせんばさんやった。

「っせんばさん!大丈夫ですか!?」
「だ、だだ、大丈夫、え、君たちなに?」
「もー、せんばさんこの道はだめ。親父狩りが多いんだから」
「お、親父狩り?」
「怪我ないですか?よかったー間に合って。淳太ー!聞こえる?ナビありがとう!」
「大丈夫、助けてくれて、……ありがとう」
「っ、…いえ!とーぜんです!」

あ、シャッター、押したい。
ふっと頭によぎるあの日の光。
2年前、深夜3時、池袋の汚い路地裏でゴミ箱を全力で蹴り飛ばした女。
この世界に存在するすべての幸せが消えろって願ってるみたいな、澱んだ瞳。
目の前に立ち塞がる奴は全員蹴散らしてやるって、呪ってる瞳。
傷付ける手段しか持たない自分なんて、消えちまえって願う瞳。
真夏のことが世界で一番嫌いなのは真夏なんやって、全身からビリビリ溢れ出てたその姿を俺は撮った。
撮らなければ獲られるって思ったから。
自分を守るために撮って、でも、ファインダーを覗いた時にこぼれたんや。

『    』






「……生きてたら本物見れる、なんとかなる、か」

階段の手すりに置いた腕に顔を埋めてしげの言葉を口に出した。
口に出したら本当になる気がした。
夜の闇はもうすぐ明ける。
屋上から見えるビルの隙間が少しずつ白くなり始めていた。
虹。
空にかかる7色の光。
久しく見ていないその光は、実際には存在していないただの光の屈折。
存在しないから、叶わないから、だから欲しくなるのかもしれない。

「うお、…ここにおったんか」
「やっほー流星、寒いから中入ったら?」
「真夏に用事」
「なに?結婚?」
「せん」

ダウン着て寒そうに白い息を吐きながら階段を上がってきた流星は座り込んで隣をとんとんって叩いた。
座れってことだなって分かって隣に座ると、んって手を差し出される。
え、もしかして、指輪?

「ん?」
「ちゃう、右手」
「えー、左手がええのに」
「右手。怪我してるやろ」
「え、なんで分かったん?もしかして私のこと、」
「さっき『手怪我してもうたー』ってめっちゃアピールしてたやん」
「バレたか」

そう、わざと。
こうやって流星が来てくれへんかなーって淡い期待を込めてアピールしてた。
まさか本当に来てくれるとは思わへんかったけど。
せんばさんを助ける時に掠っただけやけど、血が滲んでじんじん痛い。
流星はそこに絆創膏を貼ってくれた。

「…相変わらず真夏は強いな」
「せやろ?毎日頑張ってんねんで」
「今は、…強い自分は好き?」
「……」
「あの時より好き?」

強さとはなんや。
喧嘩が強いことか。
弁が立つことか。
味方が多いことか。
強さとは、きっと、己の能力の扱い方を知っていることや。
そしてその強さを発揮する時を、正しく選択することや。
そう思えたのはここに来てから。
流星に連れられてここに来てからや。
私の強さとはなにか。
なにに使うべきか。
誰のためにあるべきか。
答えはまだぼんやりとしていて、時に変化し、時に変わらず、切っても切り離せず、私と共にある。

「っ、」

流星が私の脚に触れた。
私の強さ。
私のすべて。
私の足枷。
でも、これが私。

「…好き」
「……」
「誰かを守れるこの脚が、私は好き」

ありがとうって言ってくれた。
私が守った人が、私に笑いかけてくれた。
誰かを救えた。
私にも出来ることがあるんだと。
ここにいる意味があるんだと。
私が、私を好きでいられるものはここにあるんだと。
そう、思うんだ。

「…俺も好き」
「へ、」

パシャって音とフラッシュに目が眩む。
反射的にぎゅっと目を瞑ってしまえば流星の顔は見えない。
見えなくて、伝わらなくて、なにも分からないまま。
聞こえた言葉の意味はなにか、なにを伝えたかったのか、そもそもそんなこと言っていたのか、それさえ分からなくなる。
空が白くなってきた。
4時の街の微睡の中じゃ、流星の言葉か私の願いか、もう、分からなかった。






現像された写真を光に透かす。
ここにいるはずもないのに『結婚しよ!』が聞こえた気がして口元が緩んだ。
結婚しよって何回言うねん。
挨拶と同じテンションで言うな。
そのくせ、欲しがってた言葉を言えばまるで幻を見たように口を開けて。

「あほやな…」

机の引き出しの奥。
封筒を開けばあの日の写真が入っていた。
2枚の写真を並べて、もっとよく見たくてサングラスを外して、でも目が眩んだ。
現像してすぐに封をしたのは瞳の熱に写真が焼けてしまいそうやったから。
そんなことありえへんのに。
ひとつは何もかも蹴散らしてしまう強い瞳。
もうひとつは何もかも守り切るんだって強い瞳。
どちらも同じで、どちらも違う。
ただ、口からこぼれ落ちるんや。

「…綺麗や」

その熱があまりにも熱い。

「照史ー!プロテイン!あれ?」
「まだ誰もおらんで」
「え、そうなん?なんやー、ほんなら自分で作ろ」
「…真夏」
「んー?」

蛇口を捻る音とシェーカーの蓋を開ける音。
ランニング用のウインドブレーカーがシャカシャカうるさいけど、それよりも真夏の声の方が何倍も大きい。

「あ!まだ言うてなかった!おはよう流星、結婚しよ!」
「…それ何回目」
「えっとー、999回目やな!なんかなー、しげが面白がって机に正の字でメモってんねん!昨日998回やったから、」
「しよ」
「……へ?」
「結婚しよか」
「……え、」

ウインドブレーカーのシャカシャカとプロテインシェーカーの蓋のくるくる。
音が止まる。
止まって、ごくんって喉が動いて、スルッと手から抜けたシェーカーが床に落ちた。

「おはよ、っあああーーー!?なにしてんねん!?床!床がプロテインの海や!」
「ぷ、ぷろぽーず、」
「それはいつもやろ!おい真夏!なんで零してんねん!雑巾雑巾!って俺が買った絨毯が!これめっちゃええ出会いやったんやで!?」

ぱくぱくした口がかろうじて空気を取り込んだ。
吸って、吸って、さあ、言葉を紡げ。
999回プロポーズして、1,000回目は俺が言った。
だから聞かせてくれ。
1回目の『好き』を。
最強の君からの『好き』を。
今、その大きな声で聞かせてくれ。



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