証拠



「ワンカメってめっちゃ緊張するな」
「ほんまやな。ミスれへんもんな」
「流星は別の意味で緊張しそうやけどな」
「ストン!」
「ほわ!?真夏ちゃん!?」

皮張りのソファの肘置きに腰掛けてた真夏がストンって滑り落ちたら、ソファに普通に座ってた流星の膝の上にぽすんって収まって、流星が目を見開いて両手を上げた。
何やそのポーズ。
『俺はなんもしてへんで』ポーズしても、照史からはここ見えへんから意味ないで。
呆れた神ちゃんが真夏に向かってため息を吐いた。

「真夏、流星からかうんやめーや」
「だって面白いねんもん。今日の流星めーっちゃ緊張してんねん」
「バスの中で真夏が『流星のAメロめっちゃ好きー』言うたからやん」
「そんなギャルみたいな言い方してへんわ」
「してたわ」
「ちょっと言うてみて?」
「流星のAメロめっちゃ好きー」
「おんなじやん」
「あははは!ほんまや!」

ゲラゲラ笑うてる場合ちゃうで。
流星ほんまに彫刻みたいに止まってしまったやないかい。
真夏が笑うたびに膝に乗った身体が揺れて、それに合わせて流星の心拍数が上がってるはず、たぶん。
スタッフさんがくすくす笑う中で、真夏は元の位置に腰を戻した。

「っはー、ほんまに俺大丈夫かな。ワンカメもやばいし真夏ちゃんと2人で歌うんもやばい」
「やばいしかないやん」
「もうやばいって」
「ボキャブラリー少な!」

でもなんか珍しいねんな。
今回のシングル、真夏がしげに湧くっていう通例行事が少なくて、どちらかというとフラットな目で全員を見てる。
ただ単に大人になったからか、しげへの愛が落ち着いたか。
真夏も大人になったんやな、って感慨深くなってたのに、そうじゃなかったみたいや。
しげがこっちに来た途端、パァって顔が明るくなった。

「あ!しげちゃ、」
「さっきかっこいい言うたから今日はもうなし!」
「……はい」
「…え、なにあれ?」
「最近、しげが真夏にうんざりしてるんやって」
「神ちゃん言い方!うんざりやなくてちょっと距離を置いてほしいの!」
「同じや」
「あれやね、私の愛が大きい証拠やね。証拠だけに」
「は?全然上手ないで?」
「重いの間違いちゃう?」
「っ流星ぇぇぇ!」
「やめて!俺の方来てくれるんは嬉しいけど複雑やねん!」

全く大人になってへんやん。
あー、あの噂はほんまやったんやな。
今回の曲は全員で丸くなって歌うのに、直前になって真夏の立ち位置が変わった。
しげの真正面から、しげの2つ隣へ。
歌うときに穴が開くほどガン見するからやん、絶対。
しげが歌いにくいってクレーム出したんやろ。

「…円になって歌うって素敵やと思ってたけどこんな弊害があるとは」

重い愛も、ほどほどにせなあかんな。






M田カメラ!
休憩中のメンバーを突撃します!

「これカレー風味?」
「美味しい。これは食べ過ぎてまう」
「あ、真夏さん、僕のも食べます?」
「は?いや、大丈夫です、」
「そんな遠慮せんと!さあさあ!先輩じゃないっすか!」
「ちょ、小瀧、」
「これもどうぞ!美味しいですからね!」
「いらんて!自分で食べや、」
「そう言わずにー」
「やめえや!なんでそんな太らそうとすんねん!」
「痛っ!」

真夏のお皿に無限にのせられるかと思った白いご飯は鳩尾チョップでストップした。
なんだかんだ仲良え2人は、休憩始まってからずっとこんなん。
ぷりぷり怒ってるのに、結局真夏は望が隣に座ることを許してる。

「今ダイエット中やからあんまり白米食べたらあかんの」
「え?ダイエット中なん?知らんかった」
「もうちょっと絞ったほうがええかなーって思って」
「今ぷにぷにやもんな」
「小瀧、二の腕触んな」
「ええやんかー、お、いい触り心地!美味しいごはんいっぱい食べてる証拠やね!」
「全然上手ない」

注意してもやめへんってわかってるからか真夏はされるがまま。
二の腕、背中、お腹、っていろんなところ触り過ぎて、そろそろ本気で怒られそうやけど大丈夫?

「MV用に髪色変えたん?」
「うん、メンバー内で被らんように」
「へー、いい色やん。トゥルトゥルやし」
「トリートメントもしてもらった」
「可愛い」
「ありがとう」
「あ、”色が”可愛い」
「言い直さんでええやん。いい気分やったのに」
「はまちゃん!面白動画撮ろうやー」
「はまちゃん、しげちゃんとこ行ったって?」
「はいはい」

カメラがなくても望はずっと真夏に構ったまま。
なんやあれ、可愛いなー。
望が甘えてべったりなんか、真夏が構ってちゃんを構いたい気分やったんか。
どっちか分からへんけど、仲良い証拠やな。

「淳太くーん、小瀧考案の腹筋地獄レースやらへん?」
「なんやそれ!やらへん!」
「えーなんでや!やろうや!」

あー、ふざけだした。
これは騒がしくなるで。






「すごい、ドラムすごい」

休憩から戻ったら、セットのドラムを叩く演奏者さんをキラキラした目で見て話しかける真夏がいた。
なかなかドラムは身近にないから珍しいんやろ。
近くに寄ると俺にもニコって笑った。

「なあなあ照史も見て?ドラムめっちゃ上手いねん」
「そらそうや。プロの方やもん」
「いやいや、全然ですよ」
「ドラムできる人ってほんまにすごいと思います。大倉くんが叩いてるんも謎やもん。手足違う動きするって不思議やな」
「手足違う動きせな叩けへんもんな」
「ドラムの人っていろんなバンドに引っ張りだこってほんまですか?昔から大人気?」

おお、思ったより興味津々やん。
質問されて嬉しかったのか演奏者さんもニコニコ答えてくれてる。
この後始まる撮影までのええ気分転換やな。
2人で話始めたから俺はどっか行こうかなって思ったのに、ぐいって引っ張られたダウンコートのせいで動けへん。
え、なに?
きゅって握ってたのは真夏の指先。
俺をここから逃がさへんって強い力でコート掴んでた。
なんやねん、それやったら俺と話せばええのに。
真意は分からへんけど、このままされるがままなのはなーんか面白くない。
地面に伸びてたマイクコードを拾って真夏の手首に巻きつける。
ついでに自分の手首にも巻きつけて、きゅっと結んだ。

「へ!?なにしてん!?」
「可愛え証拠見つけてもうたから捕まえといた」
「は?」

きょとんってするんやめや。
確信犯やろ。



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