あなただけという意味ですが。@



「はぁ…」
「……?」

楽屋から出てきたマネージャーさんはこの世の終わりみたいな深いため息を吐いてトボトボ廊下を歩いて行った。
声かけられる雰囲気でもなかったから首を傾げながら楽屋に戻ると、苦笑したはまちゃんと目が合う。
いつもなら騒がしい楽屋も、マネージャーさんの雰囲気に引っ張られたのか静かや。

「なんかあったん?マネージャーさん、死にそうな顔しとったで?」
「真夏がまーたやりおったって電話きた」
「は?また?」
「取材先で揉めたんやって」
「またかい。真夏が謝ったらええやん」
「スケジュール押してるから真夏はもう出たって」

そらマネージャーさんも頭抱えるわ。
今月入って何回目や。
あいみょんさんに作っていただいたシングル『サムシング・ニュー』の情報が解禁されて、一気に取材ラッシュが始まった。
ウェディングをテーマにしてる曲やから”結婚”に関するインタビューや質問を受けることは当然で。
今日もそれ関連の取材受けたし、1人で女性誌の仕事に行ってた真夏も受けてるはず。
そもそも俺らアイドルやねんから、昔から恋やら愛やら結婚やらに関連する質問は受けてきた。
それがこの歳になって結婚がよりリアルに見えてきて、ましてや真夏は今年30歳。
節目の歳。
質問の内容も本気度も注目度も上がってきた。
そろそろですかー?なんて無神経に聞かれることもある。
もうとにかく真夏に対して結婚に関する質問が多くて多くて、正直側から見ててもいい気はせえへん。
でも、

「でもストイックおばけにしては珍しいな。真夏が怒って取材がストップするなんて今までほとんどなかったやん」
「それだけ嫌なんちゃう?」
「そら嫌やろ。俺も『望月さんと結婚したらどんな夫婦になると思いますか?』なんて聞かれたくない」
「メンバーや!って言うてるのにそこに無理矢理恋愛の要素入れてくる奴嫌い」
「滲み出てるんちゃうの?照史と真夏のラブラブ感が。だからみんな聞いてくる」
「いや、質問されるのはしげとの仲が圧倒的に多いらしいで」
「ええー、しげなんや。まぁでもそらそうか。真夏のしげ愛って年々増えてるもんな」
「重岡さんと結婚したらって質問に、『私は重岡大毅のファンだからそもそも結婚しないです。結婚は望みません。勝手な想像しないでください。重岡大毅は人類の宝なので、誰のものにもなりません』ってキレてるらしいで」
「なんやそれ」

メンバー内に男女がいれば避けては通れない質問は山のようにある。
それをいつも真夏は持ち前の明るさと真面目さでうまーくかわしてきてファンの人からも受け入れられてきたけど、どうやら今回は限界みたいや。
“結婚”ねぇ。
本人も気にしてるんかな。

「もし真夏が結婚したらどうする?」
「死ぬ」
「っ、びっくりした」
「流星しげおつかれー」
「たしかに流星死にそう」
「俺死ぬ」
「もー、変な想像すんなって小瀧」

取材終わったんか戻ってきたしげと流星はどっから話聞いてたんかわからへんけどかなり不機嫌やった。
ドカって椅子に座った音が大きいし、眉間に皺寄ってて目鋭くて怖い。
俺、そんな悪いこと聞いた?

「流星が嫌がるんわかるけど、しげも嫌がるってなんで?真夏の結婚、反対なん?」
「絶対反対やわ」
「ちょ、そこの空色ジャスミン黙っといて?しげに聞いてんねん」
「俺も絶対反対やな」
「なんでー?俺はええと思うけどな。真夏と照史が結婚」
「真夏ちゃんが結婚するんはええよ。めっちゃお祝いするし幸せになってほしい。でも相手が照史は嫌や」
「……おっとー?これはー?」
「思ってたんと違う答えや」

まさかしげがそんなこと言うとは思わへんかった。
真夏と照史が、付き合ってはないけど両想いなのは全員が気付いてる。
結婚するなら2人やろなーって思って疑わへんかったのに、どうやらしげは猛反対なようで。
でも、その理由を聞いた時に妙に納得してしまって、誰も何も言えへんかった。

「照史、真夏ちゃんに好きって伝えたことないやん。自分の気持ち伝えられへん人と真夏ちゃんが結婚するん、俺は絶対嫌や」
「しげ…」
「嫌」

それ以上話をする気はないって顔でしげはスマホを覗き込んだ。
俺たちも話を切り上げた方がいい空気を感じて、最後にはまちゃんが曖昧に笑ってこの空気を閉じたわけやけど、なんとなく、頭の中に引っかかることはある。
お互いに好きだってわかってる2人は、付き合っていないのに特別な距離感でここまでやってきた。
結婚したところで変化はないと思うけど、変化がないのは俺たち8人だけで。
ファンもスタッフさんも世間も、一気に見る目を変える。
だからそんな簡単に踏み込める話じゃないってことはわかってる。
何よりしげの言う通り、あの2人は付き合ってすらいない。

「大丈夫かな…」

心配の声が出てしまったのは、今、照史と真夏と淳太が結婚式に行ってるからやった。






「はい」
「ううん、大丈夫。私より照史に必要やって」
「たしかに」
「あとで渡したって?」

淳太くんが差し出した白いハンカチを笑って断ると、視線はボロボロ泣いてる照史に向いた。
キラキラした披露宴会場で新郎の手を取って号泣するアイドルはなかなかに目立つけど、親族と親しい友人しかいないこの会場内では騒がれることもない。
スタッフさんから受け取ったグラスを淳太くんが差し出してくれたから受け取って、2人で会場の壁に寄りかかった。

「…綺麗やな」
「せやなー。結婚式ってやっぱりええな」
「人生の中で最も自分が主役になれる瞬間やもんな」
「今日の結婚式は親も主役って感じやったけどな。望月家って感じやわ」
「お父さん、あんなに泣くと思わへんかったわ。まあでも、…よかった」
「空、幸せそうやな」

望月空。
私の双子の片割れ。
ジャニーズ事務所に入ったのに勉強が忙しくなって私と入れ替わり、勉強し、弁護士になり、それで今日、愛する人と結婚した。
コロナの影響を考えてPCR検査後に陰性だった人だけが集まったこじんまりした式だったけど、空本人もお相手の方も、真ん中で幸せそうに笑っている。
本当はジャニーズWEST全員が来る予定やったけど難しくなり、結局照史と淳太くんがきてくれた。

「淳太くん、一緒に来てくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。…って、これはあとで空にも言うとくわ」
「うん、喜ぶと思う」
「真夏は泣くと思ってた」
「私もそう思ってたんやけどな。なんでやろ。嬉しいねんで?空が好きな人と結婚できてよかったなって思ってんねんけど、泣かんかったな」
「現実味がない?」
「それはあるよ。ここ何日か、結婚の話しかしてへん」
「それはお仕事やからやん」
「せやから頑張ってんねん」

連日の結婚関連のインタビューには嫌気が刺してるし、あんなに聞かれたら不本意ながら結婚について考えざるを得ない。
そのタイミングで参加した身内の結婚式。
自分にとっての“結婚”を考えるには、十分すぎる。

「ほんっっっまによかったな空!一緒に振付師さんに怒られとった空が今じゃ弁護士で家族持つなんてさ!信じられへん!くぅ!泣いてまう!」
「もう泣いてるやん。照史、昔から全然変わらへんな」

照史の目からは、拭っても拭っても感動の涙が溢れ出てくる。
その奥にある真意を見たくなって鋭く目を細めてしまって、自分が恥ずかしくなってやめた。
私、今、照史の気持ちを探ろうとしている。
“結婚”についてどう思ってるのか、知りたいと思ってしまった。

「真夏は結婚したいん?」
「っけほ、」

危な、シャンパン溢すところやった。
咽る私を『なにしてんねん』って目で見ながら、淳太くんはまた同じ言葉を問いかける。
結婚したいのか、どうか、その相手は照史がいいのか。
私が照史の気持ちを探ろうとしていることに気付いて、今度は淳太くんが私の気持ちを探ろうとしている気がする。
嘘なんて吐けないし、吐く理由もなかった。

「結婚がしたいわけじゃない」
「じゃあ何がしたいん?」
「……分からへん。ただ、私は、終わりたくないだけ」
「……」
「私が照史を好きな気持ちも、照史が私を好きでいてくれる気持ちも、終わりたくない。終わりを想像したくない。“最後”は嫌や」

いつだって終わりが嫌やった。
好きな漫画が終わってしまうことが嫌。
美味しい物を食べ終わってしまうことが嫌。
ライブが終わってしまうことが嫌。
でもそれを止めることは出来へん。
何事もいつかは絶対に終わる。
始まったら終わる。
だから、“始めない”。
照史への好きって気持ちは“始めない”。
そうしたら終わることはないから。
だから、今まで照史に『好き』と伝えたことは一度もないし、照史から聞いたこともない。
目や指先や唇から感じたことはあるけど、言葉にはしていない。
全部全部、“最後”が嫌やから。

「選択肢の1つは結婚なんちゃう?」
「……」
「法律上、照史は真夏のものになって真夏は照史のものになる。お互いがお互いの、たった1人になれる」

淳太くんの言う通りや。
書類一枚書くだけで夫婦になれる。
でもそれで、私は納得するんやろうか。
照史は、幸せになれるんやろうか。

「あー、泣きすぎてやばい!やっぱり結婚式ってええな!こっちまで幸せな気分になるわ!」

じゃあ、私といることで照史は幸せになれる?
照史の幸せって、なんなんやろ。




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