あなただけという意味ですが。A



※Aぇの正門くん出てきます。会話文はこんな感じです。






ああ、これは後輩に嫌われるやろなーって確信するのに10分もいらんかった。

「あんな?何回も言うけどあの場面では謝罪が先や。謝った上でやらな」
はい…

注目のドラマ。
刑事もの。
コロナの影響でかなりのタイトスケジュールの中、撮影が始まって3日経つ。
このドラマでヒロインを演じるのはジャニーズWESTの望月真夏さんで、後輩の刑事役に選ばれたのは俺、Aぇ ! groupの正門良規。
ありがたいことに全国放送のドラマのメインキャストに選んでいただけた。
決まった瞬間は嬉しさ半分、不安半分。
その理由はこの人だ。

「正門?聞いてる?」
もちろん聞いてます!

ツンとした視線を隣の席から送ってきた真夏ちゃんは眉間に皺を寄せたまま。
車の窓の向こうから入ってくる明るい看板の光が余計に表情を鋭く見せた。
あかん、話聞いてないと思われたかもしれへん。
話は聞いてる。
聞いてるけど、身に染みてるかって聞かれたら正直微妙や。
撮影が終わったのが23時で、もうそろそろ身体が限界。
ジャニーズWESTのマネージャーさんは優しくて、こうやって真夏ちゃんと一緒に俺も滞在先のホテルまで送ってくれるんやけどその時間は望月真夏先輩の反省会やった。
だめやったとこ、直すべきとこ、明日には必ずできるようにならなければいけないこと。
約30分の移動時間の中で、パンパンに詰め込まれる。
さすが、ストイック真夏の異名は伊達じゃない。
ジャニーズWESTがデビューしてから柔らかくなったって言うても、俺らは昔から知ってるから怖い存在のままや。

「スケジュールやばいんは正門もわかってるやろ?ってことは、監督さんは基本的に、時間内で撮った中で一番マシなもの使おうってなんねん。気がすむまで撮影続けてたらスケジュール押してまうから。せやけど、」
「望月、そのへんにしとけって」
「あ、もう着きました?」
「うん」
「はーい。ほんなら正門、明日までにちゃんと今のとこ復習してな?」
はい。ありがとうございました
「うん、しっかり休んで。おやすみ」

さっきまで延々と聞いてた真夏ちゃんのピリピリした声と、ふわって笑ってバイバイした姿のギャップに、もう驚きはしない。
驚いてる暇なんてない。
言われたことを出来るようにならなければ次はないかもしれない。
ホテルのロビーに入る前に振り返ったら、車の中の真夏ちゃんの視線は自分の台本やった。
せやけどドラマの台本ちゃう、グループでやってるバラエティの台本や。
あの人、こっからまだ仕事するんかな…。
ストイック真夏、やばいて。
なんとかついていくだけでやっとや…。
東京の夜は大阪とは違う夜な気がして、いや、そうでもないって頭を振った。
余韻に浸る時間も実力のなさに嘆く時間もない。






「真夏、ボタン」
「へ?…あ!ごめん!」
「危ないなーほんまに。しゃんとせえって」
「ごめん、ちょっとボーっとしてた」
「なになに?見えたらあかんとこ見えてた?」
「インナー着てるし」
「なんやねん」

ぶーって唇を尖らせたら真夏にあほかってペシって叩かれた。
グループでやらせてもらってる『リア突WEST』の撮影前。
楽屋で揃いの衣装に着替えた真夏のシャツの1番上のボタンが開いてた。
そこから胸元が見えて、淳太が呆れ顔で指摘して。
こんなことあんまりないから珍しいなーって思ってたらもっと珍しいこと言うてきて目を見開く。

「小瀧ー、今日暇?」
「暇やけど、なに?」
「晩酌したいけど1人で飲んでたら寝そうやからリモート飲みしようや。途中で寝そうやったら起こして」
「もー、そんなんになるまで飲むなって。寝たらええやん」
「お酒は飲みたいねん。せやけど気抜いたら寝そうやねん」
「ドラマ大変なん?ちょっと顔色悪いで?」
「そう?」
「全然わからん」
「俺にはわかる。絶好調の望月真夏はさらに可愛い」
「流星は相変わらず愛が深いなー」

どうしてもアルコール摂取しようとする真夏に神ちゃんが呆れてるわ。
はぁーってため息吐いて目元がぽやぽやしてる真夏はちょっと眠そうで、そんな真夏越しに見た照史も同じ顔してた。
楽屋のソファに座ってぽやぽや。
隣でふざけてるはまちゃんとしげには見向きもせえへん。
ドラマ撮影中の真夏と舞台稽古中の照史はほんまに忙しそうやし、今までとは少し違ったピリピリを感じてる。
主演とヒロイン。
共演者に同じ事務所の後輩。
俺らもそんな歳になったんやなーって、ちょっと感慨深い。

「なあ、正門どう?仲良うなれたん?」
「ぜーんぜん。あんまり喋らへんし。結構タイトスケジュールやし、刑事ものやから現場ピリピリしてんねん」
「え、そうなん?」
「今はどこのドラマ現場もそうなんちゃう?照史もそんなんやったやろ?」
「あー、ゲキカラドウの時はそうでもなかったで?」
「え…」
「中村嶺亜くんが明るいしキャラ通り軽いしめっちゃ絡んでくるから、みんなで楽しくやってたわ」
「そうなんや…」
「ストイック真夏出てるちゃう?」
「出てるんかな…」
「ドリアイん時も後輩みんなに怖がられてたやん。だーれも話しかけてこうへん」
「怖がらせるつもりはないねんで!?」
「それは俺らやったら分かってるけど、後輩はわからへんやろ」
「うわ、空色ジャスミンの流星がフォローできへんくらい怖がられてるってことやん!」

からかってケラケラ笑ったけど、真夏本人は微塵も笑えへんようでうーんって難しい顔して眉間に皺寄せた。
後輩に心底嫌われてるわけではないけど好かれてはいない。
その状況が何か問題を起こすことはなかった。
今まで、問題になったことなんてなかった。
でもこれからはそうもいかん。
俺たちが後輩と共演することも増えるし、俺たちがドラマや舞台の軸として現場の空気を作っていかなあかんことも増える。
だからこそ、同じ事務所なんやから結束を固めるべき。
スタッフさんが撮影準備をしてくれてるスタジオに入ってお馴染みのパイプ椅子に座った時、真夏がポツッとつぶやいた。

「仲良くはしたいけど、なめられたくないやん」
「……真夏さん、後輩潰す気なん?」
「ちゃうちゃう。後輩になめられたくないんじゃなくて、周りになめられたくないんよ。ジャニーズってだけでも変な目で見られることもあるし、なんでこの人がキャスティングされたん?って思われることもあるやん?ジュニアなら尚更。そんな時に先輩が仲良くして『演技良かったでー』とか言ってたらバーターやなってモロバレやん」
「でもバーターには変わりないで?俺らやってそうやって先輩のドラマ出させてもらってたやん」
「正門は違う」
「……」
「あの子は実力で戦える子や。見てたら分かる。真面目で努力家で、楽しそうに笑う子。せやから私が甘やかして周りになめられて、正門がマイナスに見られたくない」
「珍しない?真夏が後輩にそんなこと言うなんて」
「せやな。…あ、私、こんなに長い間後輩と一緒におるん初めてやからか。いっつもみんな離れていくから。……はぁ」
「ちょ、自分で勝手に落ち込むんやめて」

暗い顔でため息吐いたけど、俺なんもしてへんからな。
自分で言うて自分で落ち込んでるやん。
撮影始まりまーすってスタッフさんの声を聞いて顔を上げた時、その横顔をじっと淳太が見つめてた。

「真夏が思うようにやったらええよ。間違ってないって思うことやったらええ」

淳太はその後に何も言葉を続けなかったけど、きっと言うたはず。
『100点取れなくてもええけど、真夏が正しいと思うことをやったらええ』って。






え?4時間待機ですか?
「はい、すみません」
いえいえ!

機材トラブルで撮影がストップした、再開見込みは4時間後とのことで急に空き時間ができてしまった。
出演者の皆さんがぞろぞろとセットから出て行く中、なにもすることがなくてぼーっとしてたら『正門』って呼ばれて、振り返ったら私物のキャップを被った真夏ちゃんが車の鍵をくるくる回してた。

「出かけるからおいで」

口調は問いかけてたけど、目を見たら拒否権がないことがなんとなく伝わってきた。
真夏ちゃんが本当に強制しようとしたのか俺がビビってるからそう見えたのかは分からへんけど、スタスタ歩いていく彼女の後を追うしかない。
スタジオの駐車場に止まってたのはwestのマネージャーさんの車やけど、運転席に座るのは真夏ちゃん。

あの、僕免許持ってます!
「そうなん?東京運転したことある?」
……いや、ペーパーで
「あはは、そう?大丈夫やで、私運転できるから。助手席乗りー」

いやいや先輩に運転させるわけには、って思ったけど、ペーパーの俺が運転して事故る方が一大事やって気付いて、お礼を言いながら助手席に乗り込んだ。
ドアを閉めたらシンとした空間に2人だけで、妙に緊張してしまう。

「シートベルトした?ん、OK。ほな行くでー」
どこ行くんですか?
「差し入れ買いに。スタッフさん、このままいくとごはん休憩取れへんかもしれへんから。片手でつまめるもの買いに行くで」
え、いいんですか?コロナ対策とか…
「さっき確認したら、個包装になってる食べ物はOKやねんて」
そうなんですね
「照史のゲキカラドウ現場もそうやったって。局によってっていうより現場によって違うみたいやから、次の現場で差し入れする時には気つけなあかんで?事前にスタッフさんに聞いたら教えてくれるから」
……え?
「ん?」
いや、僕が次の現場が決まることわかってるみたいに言ったんでびっくりして…

ウインカーがチカチカしてる音と対向車線を見つめる真夏ちゃんの視線が一瞬だけ俺を見て、また道路に戻っていく。
申し訳なさそうに慌てて出した声は上擦ってて、こんな真夏ちゃんは、少なくともこのドラマのお仕事が始まってから初めて見た。

「変な誤解させたんやったらごめん!正門に次の仕事決まってることを私が知ってて内緒にしてたとかそういうことじゃないんよ!」
あ!それは大丈夫です!分かってます!
「あ、ほんま?あれやねん、次の現場には事務所の先輩おらんかもしれへんやん?そん時は自分で行動せなあかんでって話」
それはもちろんです!でも、なんていうか…
「なに?」
真夏ちゃん、俺に次の仕事が決まるって思ってくれてるんですね
「当たり前やん。え、もしかして、次の仕事取る自信なかった?」
そんなわけないです!
「せやろ?その気持ちがあれば取れるって」

煽るような口調でそう言った真夏ちゃんは、にこって笑ってハンドルを切った。
なんやろう、いつもより空気が柔らかい気がする。
真夏ちゃんと車に乗るのは初めてじゃない、むしろほとんど毎日帰りの車で一緒に反省会してるのに、今は全然違う空気。
ふと気づく。
そういえば、真夏ちゃんと2人っきりになるのは初めてやなって。
マネージャーさんもスタッフさんもメンバーもいない、誰にも見られていない空間で2人っきりは初めてで、感じたことのない空気に少しだけ緊張する。
特に会話がないから話しかけようと話題を探していると、その気配を感じたのか真夏ちゃんが先に口を開いた。

「正門、なんか話題探してるやろ」
え!?あ、はい、まあ
「私が気遣わせてるやん、ごめん。音楽かけてもええかな?運転集中してるからあんまりまともな会話できへんかも」
音楽どうぞ。というか、集中してるのにすみません
「運転得意やねんけど、後輩乗せることなんて滅多にないから緊張してまう。大事な後輩乗せた車で事故ったらあかんからさ」

ちょうど赤信号で車が停まる。
ちらっと運転席に座った真夏ちゃんを見るとほんまに緊張した顔してて肩が上がってる。
下手したらドラマの撮影中より緊張してるかもしれない。
そんな顔初めて見たから珍しくてじっと見てたら、にこって笑った。

大事な後輩って、そんな、真夏ちゃんの方が大事っすよ。ジャニーズWESTさん、今めっちゃ忙しいじゃないですか。今真夏ちゃんが事故ったらまずいから僕運転するんやめようって思いましたもん。ガチでペーパーやし。先輩に運転させるん申し訳ないです

カーステレオから音楽が流れ出す。
さすがジャニーズWESTマネージャーさんの車や。
プレイリストはジャニーズWESTさんの曲でいっぱいで、ランダム再生で最初に流れてきたのは最新曲『サムシング・ニュー』やった。
その音楽を感じながら身体を揺られせば、まっすぐに前を見て運転してた真夏ちゃんの消えそうな声が聞こえた。

「…そうやな、みんなすごい。主演舞台やって主演ドラマやってテレビにも出て個人でお仕事ももらえて。グループのためにみんな頑張ってる」
真夏ちゃん?
「私も私の仕事で成果出さなあかんし、自分のこと考えてる場合ちゃうし、ジャニーズWESTのスピード落とすようなことしたらあかんねんな……。余計なこと考えてる場合ちゃう」
それどういう、
「エアコンちょっと強いから弱めるな?」
あ、はい…

今の、なんやった?
声色が変わった。
一瞬、真夏ちゃんが誰かわからへんかった。
後輩に厳しいストイック真夏でも、柔らかい空気を見せた真夏ちゃんでもない、全然違う別の人。
たぶん、ほんの一瞬だけ零れた、素の望月真夏や。
エアコンを操作するついでに、真夏ちゃんは次の曲を再生して『サムシング・ニュー』を遮った。






腕いっぱいに抱えた花束は、ドラマスタッフさんが気を遣ってくれたのかメンバーカラーの青色でいっぱいやった。
コロナ禍で通常よりもロングスケジュールやったけど、無事に今日、クランクアップを迎えられた。
っていうても真夏ちゃん含め、何人かはまだ撮影が残ってる。
クランクアップの挨拶は状況を考えて短めで終えて、早々に楽屋に戻ってきた。
刑事の役やったからずっと締めてたネクタイが苦しい。
とりあえずそこを緩めてワイシャツのボタンを外した時、コンコンって扉がノックされた。

「あ、着替え中やった?」
いえ、大丈夫です

まだ刑事役が抜けてないのかピシッと背筋伸ばした真夏ちゃんは静かに楽屋に入ってきた。
俺のクランクアップのタイミングでお昼休憩になったからそのタイミングで来てくれたみたいや。
スーツに合わせたパンプスがコツコツ鳴ってる。

「お疲れさまでした。大変やったけど、頑張ってくれてありがとう」
いえ、そんな。僕の方こそいろいろ教えていただいて感謝してます
「ありがとう、お世辞でも嬉しい」
本音です。後輩にこういうこと言われて信じられへんかもしれへんけど
「あははは、そうやね。私、後輩に怖がられ過ぎやから。自業自得やけど」
否定はしませんけど、怖いだけじゃないって僕は知ってますよ
「こら、否定せえや」

なんて言ってむすっとしたけど、自業自得だっていう自覚はあるんだろう。
冗談抜きで、関西ジャニーズジュニアにとって望月真夏先輩は怖い存在やった。
他人に厳しい、自分にはもっと厳しい。
でも仲間は全力で愛する。
それはきっと、エイトさんがデビューした後の関西ジャニーズジュニアで生き残り、照史くんや淳太くんたち仲間を守るために必死やった証拠。
噂や印象は尾ひれがついて肥大するから俺も最初ビビってた。
でも今は違う。
真夏ちゃんが、厳しいけど愛のある人やってちゃんと知ってる。
むすっとした表情を直した真夏ちゃんは真っ直ぐに俺の目を見つめた。

「…正門」
なんですか?
「私、せっかく共演するんやったら正門に全部吸収してほしいって思って、今までで一番厳しくしてた。アドバイスとか反省会とか、たぶん引くくらい厳しかったと思うし、ストイックにやってきた。私が先輩方に教えてもらったことは全部正門にも教えたつもり。次は先輩のバーターじゃなくて、正門良規として仕事とれると思う」
…はい
「よくできました…!」
っ、
「想像以上!はなまる100点満点!このドラマ絶対良いものになるし、正門の次の仕事が今からめっちゃ楽しみ!」
真夏ちゃん…
「ほんまに、撮影めっちゃ楽しかった。一緒に仕事する後輩が正門でよかった!」

ほら、また知らない顔する。
頭の中に沸々と後悔が沸き上がってくる。
他人に厳しい、自分にはもっと厳しい。
引くくらいストイック。
後輩から怖がられてて、好かれてはいない。
そんな真夏ちゃんでいてほしかった。
ふとした瞬間に寂しそうな目をすることも、こんな笑って褒めることも、厳しい指導の中に愛が詰まってたことも、全部、知りたくなかった。
だってこんなの、……欲が出る。

ありがとうございました
「私の方こそありがとう。またどっかで一緒に仕事できたら、」
っあの!
「ん?」
……連絡先、聞いてもいいですか?
「え…」
真夏ちゃんが差し支えなければ、
「っ差し支えないです…!え、え、え、ほんまに!?ええの!?私で!?」
え、あ、はい、真夏ちゃんの連絡先が知りたくて、
「スマホ持ってくるから待ってて!ほんまに待っててな!?戻ってきたら正門おらんとかやめてな!?そんな悲しいことせんといてな!?」
そんなことしないです、ちゃんとここにいますから
「すぐ持ってくる!!!」
ここで待ってます

慌ただしくパンプスがコツコツ鳴ってる。
俺の楽屋から出たのに『後輩から連絡先聞かれた…!』って興奮した声が聞こえて、バタバタ走る音も聞こえて、この状況を咀嚼するまで数秒かかった。

…あははは、なんやあれ

楽屋の鏡に緩み切った自分の顔が映って、恥ずかしくなって頭をかいた。
あんな分かりやすく喜ぶ?
あんな真夏ちゃん見たことないで?
また新しい真夏ちゃんを知ってしまった。
あとどのくらいあるんやろう。
どのくらい、俺が知らない表情を持ってるんやろう。
ジャニーズWESTさんは全部知ってるんやろうか。
……ジュニアの頃から距離感がおかしかった照史くんは、知ってるんやろうか。
交換した連絡先に俺から連絡することは、悪いことなんやろうか。




backnext
▽sorairo▽TOP