あなただけという意味ですが。B



「おお!」
「痛っ!」
「あ、ともごめん」
「何すんねん」
「勢いよすぎた」

スマホ見て勢いよく立ち上がったら、椅子が倒れてもうて反対側にいた神ちゃんに当たった。
ごめんごめんって謝ってるけど真夏ちゃんの顔はゆるゆるで、視線はチラチラスマホを見てる。
なんかええことでもあったんか?
楽屋に置いてあったポットでお茶入れようとしたら、既に何個か飲み干したカップが置いたまんま。
誰や。
楽屋に残ってるのは俺と神ちゃんと真夏ちゃんだけ。
今雑誌撮影中の他のメンバーやな。

「もちもんち、お茶いるー?」
「いる、ありがとうしげ」
「あ、しげちゃんもう一杯淹れといてくれへん?」
「ええけど、2杯も飲むん?」
「ううん、来客用。私ちょっと外すな?」

え、誰か来るん?
そんな質問をする間もなく真夏ちゃんは上着羽織って楽屋から出て行こうとしてる。
マネージャーさんの名前呼んで『鍵どこー?』って言うてるから車やな。
なんか忘れもんか?
神ちゃんと顔見合わせて首傾げてたら、引き返してきたのか廊下から楽屋にひょこって顔だけ出して真夏ちゃんが笑った。

「正門来たらちょっと待つように言うといて」
「はーい、え、正門!?」
「なんで!?」
「よろしくー」

ああ、浮かれすぎた真夏ちゃんは俺らの声なんか届いてない。
どういうこと!?
淹れたてのお茶4杯を机に並べてたら、同じようにびっくりした表情の神ちゃんも椅子に座り直して身を乗り出した。

「これはどういうことや!?」
「正門って、あれやんな!?Aぇの正門やんな!?」
「なんで?え、楽屋に挨拶来るんは分かるけどなんで真夏に連絡してんの?真夏以外にも連絡先知ってるやつおるやん!」
「神ちゃん知ってる?」
「知ってる」
「ますます怪しい。望月真夏なんて関西ジュニアからしたら連絡したくない先輩1やで!?」
「言い方ひどいな。しげに言われたら真夏死ぬんちゃうか。…あ、ドラマで共演してたから?」
「共演したら余計に怖がりそうやけど、」
失礼します!
「あ、」

やいやい言うてる間に本人来てもうた。
ノックの後に開いた扉から入ってきたのは数カ月ぶりに会うた後輩。
広い楽屋の机に2人で小さくまとまって内緒話してる俺らはおかしく見えたんやろう。
困惑した正門が眉を寄せた。

Aぇ!groupの正門良規です。お疲れ様です
「おつかれ!」
「おつかれー、どうしたん?同じスタジオで撮影やった?」
はい、下の階で撮ってまして。今日は僕1人の撮影なんですけど、ジャニーズWESTさんも撮影してるって聞いてきました
「ありがとうな。ここ座り?お茶あんで?」
あー、すみません、ありがとうございます

礼儀正しくぺこぺこする姿はなんか懐かしい。
一緒に仕事したこともあるけどAぇが結成されてから頻度は減ってたから、こうやって同じ机に並んでゆっくりするんはほんまに久しぶりや。
俺が淹れたお茶を一口飲んだ正門は、そわそわしながら楽屋を見渡した。

あの、真夏ちゃんはー…
「車に用事あるみたいでさっき出ていったんよ。すぐ戻ってくると思うからちょっと待っとってくれへん?」
わかりました
「時間大丈夫?」
全然大丈夫です!僕より皆さんは大丈夫ですか?
「休憩中やから大丈夫」
「……なあなあ、正門って真夏ちゃんと仲良いん?」
仲良いと言うか、えー、うーん、仲良くさせてもらってるって感じですね
「ごはんとか行くん?」
このご時世やから行けてないですけど、よう連絡くれます。今日みたいに仕事で会えることもあるので。あ、この前真夏ちゃんが1人で関西テレビに来た日に仕事被っててAぇの楽屋に差し入れしていただきました
「……」
「……」
…え、なんですか?僕変なこと言いました?
「変ちゃうよ?変ではないんやけど…」
「なんて言うか、“後輩に嫌われてない望月真夏”が俺ら初めてなもんでして…」
「どんな反応してええのかわからへん…」

正門が嬉しそうに真夏ちゃんとのエピソードを話してる時に表情が固まってしまった俺と神ちゃん。
反対に戸惑う俺らを見て固まってしまった正門。
お互いに未知の体験。
でも俺と神ちゃんは全然大袈裟じゃない。
ほんまに、真夏ちゃんって信じられへんくらい後輩ウケが悪い。
憧れの先輩として名前が挙がったことなんて一回もないし、後輩からプラスの意味で名前が挙がったこともないし、真夏ちゃんが自ら後輩に絡んでいくことなんて滅多にない。
あのなにわ男子からも気遣われてる始末。
(同期の丈が上手いこと笑いに変えてくれてるけど)
そんな真夏ちゃんが自ら絡みに行く唯一の後輩。
正門、お前何者や。

皆さんが思ってるより、真夏ちゃん、後輩から好かれてますよ?
「嘘やん!あ、いや、嘘やんも真夏ちゃんに失礼やねんけど」
ほんまですって!少なくともAぇは皆真夏ちゃんのこと好きですよ?そりゃ鬼みたいに厳しいですし真面目過ぎるし頭固いしストイックすぎるし怖いし近づきにくいですけど
「全部悪口」
あ、すみませんそんなつもりじゃ、
「大丈夫やで、全部事実やし。俺も思ってるし」
「もー、しげやめたって。しげにそんなん言われてるって知ったら真夏立ち直れへん」
…でも、愛のある人ですよね
「え?」
厳しいのも真面目なのも頭固いのもストイックなのも近づきにくいくらい真剣なのも、全部、愛やなって思ってます。それはジャニーズWESTさんへの愛だったり、僕ら後輩への愛だったり、僕らAぇを応援してくれるファンの方への愛だったり
「……」
僕らに愛を持って厳しいこと言うてくれてるってちゃんと伝わってますから、真夏ちゃんのこと怖いなんて思うてないですよ。そりゃ昔は怖かったですけど、今はもう、顔見たらわかります。ああ、この人は愛してくれてるんだな、って。それに、真夏ちゃん、厳しいこと言いますけど最後にはちゃんと笑ってくれるんですよ。ほんまに、たくさん笑ってくれます
「正門、お前、」
あ、生意気なこと言うてすみません。こんなこと、メンバーの皆さんは知ってるに決まってますよね。…メンバーの皆さんの方が、“そういう”真夏ちゃんをいっぱい知ってる

一瞬、見逃さない。
俺も神ちゃんも、こういう一瞬を見逃さない。
先輩への尊敬と配慮と謙虚と、ほんの少しだけ見せた嫉妬。
俺も見たい、もっと見たい、もっと深く知りたいっていう、欲。
喋ろうと息を吸った時、楽屋のドアが開いて真夏ちゃんが笑った。

「正門!」
あ、お疲れさまです!お邪魔してます!
「お疲れさま!ごめんゆっくり話したいねんけど撮影呼ばれてもうてん!はいこれ!」
え?なんですかこれ?
「フルーツ大福。このあと新幹線で帰って大阪でラジオやろ?良かったらAぇのメンバーと食べてな?」
いやいや!挨拶来ただけでこんなええもんいただけません!
「ええから食べて。そのかわり面白いラジオにしてな?あとで感想送るわ」
ああ、感想という名の赤ペン先生や…
「アドバイスって言うて。あ、雑誌で言うてええんはフルーツ大福の件だけな?そろそろ怖い先輩ランキングから脱却したいねん」
あははは、分かりました。雑誌でちゃんと言います
「うん、頼むで?」
「賄賂やん」
「ともも大橋に賄賂渡して雑誌で言うて貰おうや」
「あいつは賄賂分も含めてええくらい食うてるんよ」
「真夏ー、はよ来て、あ、正門や」
お疲れさまです
「お疲れさまー、今度ゆっくり話そうなー」
「ほんならまたな?しげちゃんごめん!お茶あとで飲むから置いといて」

バタバタと忙しなくフルーツ大福の紙袋を渡して手を振りながら楽屋を出て行く真夏ちゃんは、正門に会えた嬉しさを1ミリも誤魔化すことなく全身で表現してた。
それが可笑しかったのか照れてしまったのか、正門もふはって噴き出して笑って、貰った紙袋を大事そうに抱えてた。
真夏ちゃんが初めて心を許した後輩。
人一倍厳しく、人一倍甘やかしてる後輩。
惜しみなく愛を与える後輩。
あと、一瞬だけ見えた欲。

「……見つけた」
「しげ?」

やっと見つけた。

「正門?」
はい?
「真夏ちゃんのこと好き?」
え?重岡くん何言うて、っ、
「……好きなん?」

真夏ちゃんを追ってた視線が俺に向けられて、俺の顔を見て、正門が目を見開いて止まった。
そう、よう気づいたな。
先輩として好き、人として好き、同じアイドルとして好き。
そんな答え、求めてない。
そんなんいらんねん。
一瞬見えた欲が本物か、衝動か、幻か。
俺の声色の違いに正門の目から笑いが消える。
こういう時に先輩の圧を使うのは嫌やけど、使えるもんは使いたい。

…わかりません。でも、真夏ちゃんの笑った顔が好きです
「……」
もっと見たいなって思います。メンバーの皆さんはええなーって、ほんの少しだけ羨ましいです
「ほんの少しだけ?」
っ、
「ほんの少しだけ、なん?」
……
「……」
……いや、違います。すごく羨ましいです。俺が知らない真夏ちゃんを知ってるメンバーの皆さんが、…っ、照史くんが、めちゃくちゃ羨ましい
「……俺らのこと気にせんといてな。正門は正門の気持ちに正直になってな?」
え?
「俺らのことも、照史のことも気にせんといて」
「しげ」

咎めるような神ちゃんの声を無視する。
やっと見つけた、真夏ちゃんを真っ直ぐに好きになってくれる人。
真っ直ぐで、真剣で、綺麗で、それでいてはっきりと正直に伝えられる人。
照史から、真夏ちゃんを引き離せる人。
俺はこのチャンスを絶対に逃さへん。






「しげ」

正門が楽屋から出て行った後、咎めるような声でもう一度神ちゃんが俺を呼んだ。
今度は無視させてくれへん。
正面に回ってじっと見つめられたから、俺も見つめ返した。

「あんな風に正門焚き付けて、何考えてん」
「正門が真夏ちゃんのこと本気で好きになってくれへんかなーって思って」
「何言うてるん?本気で好きになったらどうするんよ。後輩に本気で好かれたらえらいことやで。俺らもAぇも、」
「神ちゃんはさ、俺らメンバー全員のことを考えてくれてるすごい人やと思う。でも俺は、この件に関しては自分の我儘を優先する」
「しげ?」
「真夏ちゃんが愛のある人なんて、そんなん、知ってるに決まってるやん。知ってるわ、あほ、俺ら何年一緒におんねん」
「しげ、」
「そんな愛のある人を、一回も好きって伝えへんような照史とこの先一生今のまんまなんて、俺は嫌や」
「っ、」

照史が真夏ちゃんを好きになったのはいつ?
真夏ちゃんが照史を好きになったのはいつ?
俺は知らへん。
気づいたら照史は真夏ちゃんを見つめてて、気づいたら真夏ちゃんは照史に手を伸ばしてた。
2人がお互いを大切にして、守って、触れて、それで、それで?
どうなった?
どうなりたい?
なんも変わらへん。
昔からずっと変わらへん。
変わらへんのはええことなん?
周りは変わっていくのに?
年を取っていろんな景色を見てたくさんの人の考えに触れて。
人は成長する。
大人になる。
変わる。
なのに2人の関係は変わらないまま?
変えないまま?
俺は知ってる。
サムシング・ニューを歌う真夏ちゃんが、時々浅く息を吸うことを。
頭の中に渦巻くいろんな感情を、必死に飲み込んでいることを。
俺は知ってるんやで。

「だからって、正門の気持ちはしげには変えられへんで?」
「そんなん分かってる。卑怯なことはせえへんよ。ただ、もし正門が自分の気持ちに正直になる時に俺らや照史の存在が邪魔になるんやったら『それは違うで』ってちゃんと伝えたい。俺らが邪魔になるのは違うやん」
「そうやけど…。もし正門が本気で好きになったとしても真夏は照史のこと好きなんやから、」
「神ちゃんがそう思いたいだけやん」
「は?」
「神ちゃんは照史と真夏ちゃんにこのままでいてほしいんよ」
「そりゃそうやろ。あの2人が今までどんな想いでおったんかしげだって分かってるやん」
「この先真夏ちゃんがどんな想いで照史と一緒におらなあかんか、神ちゃん分からんやろ」
「それはしげだって分からんやろ!?」
「せやから!!!……やっと見つけたんや」
「っ!?」
「照史と真夏ちゃんの関係を壊せる人を、やっっっと見つけた」

正門が本気になるか分からへん。
真夏ちゃんがどんな応えを出すのか分からへん。
照史が何をするのか分からへん。
それでも、今のまんまが続くよりずっといい。
なぁ、神ちゃん。
神ちゃんは真夏ちゃんの同期で、対等で、そばに居て、俺よりずっと長く真夏ちゃんと同じ時間を過ごしてる。
真夏ちゃんが照史に向ける想いを肌で感じてる。
せやから、このまま2人一緒にいてほしいのかもしれへんな。
俺は違う。
愛に溢れた大切な人を、好きって伝えられへん人に渡したくない。

「2人がそういう喧嘩するん、珍しいな」
「っ、のんちゃん…」
「正門の気持ちはしげには変えられへんで、のあたりから聞こえてた。偶然聞こえてもうたけど、隠れてるのも違うと思うから」
「……照史も聞いてたん」
「……」

コンコンってノックで、楽屋の扉が開いてたことに気づいた。
険しい顔した小瀧と、瞬きもせずにじっと俺を見る照史。
その顔はなんや。
俺への批判か?正門への不信感か?
それとも、焦りか?

「照史?Aぇの正門が真夏ちゃんのこと気になってんで?」
「おい、しげ、」
「どうするん?このままやと正門、本気で真夏ちゃんのこと好きになるかもしれへんな」
「……」
「真夏ちゃんも正門のこと大事にしてる。今は真夏ちゃんのこと怖がらへん貴重な後輩やから大事にしてるだけかもしれへんけど、いつ気持ちが変わるか分からへんな」
「…なんなん、これ。しげは俺に何が言いたいん?」
「分かるやろ。なあ、そんなん、分かってるやん、分かってる顔してるやん」
「……」
「発破かけてんねん。ずーっと好きだった人が後輩に獲られんで?って。照史が告白せえへん間に、一瞬で後輩に獲られんで?ええの?って」
「っ、」
「で?どうするん?このまま指咥えて見てるん?なあ?照史、」
「しげ、それ以上煽るんやったら俺がその喧嘩買うたるわ」
「神ちゃん!?」

その目、久々に見た。
鋭くて強くて尖ってて、俺はこの目がずっと怖くて。
ジャックナイフだった頃、神ちゃんはようこの目してたな。
今でも時々、神ちゃんも真夏ちゃんもこの目をする。
ストイック同期コンビ、もちもんちの殺気立った目。
身体がびくびく震えるのを感じて口を噤んだ。
言いたいことはもう全部言った。

「照史、のんちゃんも、変な会話聞かせてごめん。でも真夏と正門が仲良くなってるのは本当。好きかどうかは分からへんから、変に騒ぐんはやめたってほしい」
「分かった…」
「真夏が初めて仲良くなった後輩やから、その関係性は俺も大事にしたいって思うてるから」
「……」
「照史?大丈夫?」
「…大丈夫」

真夏ちゃんの本当の気持ちも、照史の本当の気持ちも、正門の本当の気持ちも、分からへん。
当然や。
皆違う人間で、考えてることも抱いてる想いも、完全に理解することはできへん。
だから自分の気持ちを優先する。
唯一理解できる自分の気持ちを、俺は優先する。
こんなに煽っても照史は何も言わへん。
俺にも神ちゃんにも、何にも言わへん。
改めて思うよ。
何年経っても、何度でも、思う。

ああ、なんて、無謀な恋をする人。




backnext
▽sorairo▽TOP