あなただけという意味ですが。C



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!……はまちゃん撮らんといてよ!」
「何してんねん!!!」
「ごめん言うてるやん!」
「真夏、頭動かさんといて」
「間に合うんか?」
「分からへん…!」
「流星ー!流星P助けてー!」

RIDE ON TIME用のカメラをスタッフさんに借りて真夏に向けたら、ノールックで拒否された。
ドスの効いた声で望が怒ってるけどそれに構ってる余裕もないみたいやな。
LIVE TOUR『rainboW』の公演開始15分前。
メイキングやRIDE ON TIMEのカメラが入る中、鏡の前に座ってメイクする真夏とドライヤーで真夏の髪を乾かす神ちゃん。
異様な空気の楽屋に戻ってきた流星は目を見開いたけど、すぐに察してドライヤーを手に取った。
お、ドライヤー2台で乾かすつもりやな。
ケラケラ笑ってる望越しに、真夏をカメラの画角に収めた。

「小瀧さん、RIDE TIMEです」
「青い〜、すーいへんせんを〜」
「おおー、アカペラありがとうございます。あれ何してるんですか?」
「今、真夏がライブに間に合わない可能性があります。あと12分でメイクとセットと着替えをします」
「神ちゃんと流星がめちゃくちゃ頑張ってくれてますね」
「真夏の名誉のためにちゃんと説明しますと、遅刻じゃないです。直前まで仕事やったんですよ、真夏個人の。で、それが長引いちゃったみたいでギリギリなんです」
「グロス!グロスがない!?淳太くーん!」
「ポニーテールでええ?」
「なんでもええ!ありがとう!ねぇ淳太くんは!?」

叫んでもドライヤーの音でかき消されてるし、そもそも淳太おらんし。
rainboWのツアー中に発表されたんやけど、真夏は今年映画に出演することが決まった。
1本は医療系サスペンスの2番手、もう1本はアクションコメディのヒロイン、さらにもう1本はドロドロの恋愛ものでなんと主演。
名実共に映画女優の仲間入りってとこやな。
どの映画もこれまで真夏が培ってきた実力で決まった仕事。
真面目でストイックな姿勢は医者役に、Wtroubleで魅せた身体能力はアクションへ、そしてスタイルの良さは大人の恋愛ものへ。
発表された時のジャスミンの反応はすごかったし、俺らメンバーも嬉しくてしゃあない。
せやけど、お仕事が忙しくなればこうやって余裕もなくなる。

「こんなんでええんとちゃう?」
「神ちゃん、スプレー貸して」
「はい」
「ありがと。……うん、可愛い、完璧、めちゃめちゃ可愛い」
「褒め倒すなー、空色ジャスミン」
「2人ともありがとう。ほんまに助かった。小瀧あと何分?」
「あと3分」
「やばいもう行かな!うわー、RIDE ON TIMEさんここカットしてください!」
「あ、絶対使ってくださーい」

真夏をいじれる材料を手に入れた望はめちゃくちゃ楽しそうに笑ってる。
そらそうやな。
真面目ストイックで基本的には完璧にこなす真夏が開演直前までドタバタしてるなんてなかなかない。
それほどに仕事が詰まってる。
真夏だけやない。
俺としげちゃんはドラマ、照史と神ちゃんと流星と望は舞台、淳太はバラエティ。
大きな仕事が舞い込んできてて勢いを明確に肌で感じてる。
ここが正念場。
ここが頑張り時。
みんなそれを分かってるから、お互いにフォローしながら乗り切るんや。

「真夏」
「ん?」

ステージ裏、集中力を高めようと深呼吸した真夏を照史が呼んだ。
振り返った真夏と目を合わせて、『大丈夫なん?』『うん、大丈夫やで、ありがとう』なんて会話してニコって笑って、2人とも立ち位置に着く。
音楽に合わせてゆっくりステージが上がっていく中、真夏が少しだけ寂しそうに照史を見た。
なんとなく、これは俺の考えすぎかもしれへんけど、照史が変わった気がする。
真夏に触れる回数が減った気がする。






LINEのメッセージ画面を閉じたら、沈んだ自分の顔が写って余計に落ち込んだ。
大阪の夏のジメッとした空気がまとわりついて気持ち悪い。
ツアーが終わった夏、私は映画の撮影スケジュールが詰まってて地方と東京を頻繁に行き来していた。
今日は大阪で夜まで医療系サスペンスの撮影があって、終わったら東京に戻る予定やったのに撮影が延びて泊まることになってしまって。
朝イチ東京に戻ってグループ仕事や。
マネージャーさんがホテルまで送ってくれる車でボーッとしながらスマホを握りしめた。
今日、仕事終わったら照史とお酒飲む予定やったんやけどな。
ありがたいことに個人仕事がいっぱいで、メンバーに会える機会は減った。
当然照史と過ごせる時間は減るし、プライベートで2人で会う時間もどんどん減っている。
仕事終わりに照史がうちに来てお酒飲む、なんて習慣ができてたけど自然と無くなったし、忙しいって分かってるから誘いにくくなってしまった。
ああ、今日もホテル帰って1人晩酌かなーなんて思ってたら、スマホが鳴る。

今大阪来てるって聞いたんですけど、ごはん行きませんか?
お話したいです!

ストイックを貫き過ぎたせいか後輩から慕われることなんてほとんどなかったからこういうお誘いには当然浮き足立ってしまう。
ドラマで共演して以来正門は私に懐いてくれて、時々こうやって連絡をくれる。
可愛くて実力があって伸び代しかない特別な後輩。
ジャニーズWESTの中には後輩が3人いるけど、みんな成長して私を先輩として頼ることは減ったから後輩から甘えられるのは新鮮でくすぐったいけど素直に嬉しいな。
私が喜びを噛み締めてる間、返事がなくて不安に思ったのか、

忙しかったら今度でも全然いいんですけど!
でも美味しい和食のお店が今日席取れるみたいなので是非行きたいです!

なんて追撃してて。
気を遣いながらも必死な様子が目に浮かんで笑ってしまった。
こんなに誘うってことはなにか相談でもあるんかな?
私が出来ることはなんでもしてあげたい。
私だって先輩らしいことしてみたい。

「マネージャーさん、正門とごはん行ってもええ?」

断る理由はなにもなかった。






久々に会うた真夏ちゃんは少しだけ疲れた顔してたけど、俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
やっと予約が取れた和食屋さんの料理はどれも美味しいし、真夏ちゃんが選ぶお酒は全部美味しくてペースが早くなってまう。
真夏ちゃんのスケジュールを知ってたのは偶然じゃない。
たまたま別件で重岡くんと連絡を取ってた時に『そういえば、真夏ちゃんが大阪で映画の撮影してんで』って教えてくれた。
俺の誘いを受けてくれるかどうかは賭けやったし強引やったと思うけど真夏ちゃんは快くOKしてくれたし、俺自身も真夏ちゃんに気に入られてる自覚はある。
酔っ払わないギリギリ、自然と心を開けるような温度感を保って真夏ちゃんを見つめた。

「ん?なに?」
なんもないです。ただ見てるだけです
「あははは、なんやそれ。変顔した方がええ?」
そういうフリじゃないですってば。そのままでいてください。僕が見てたいだけなんで
「それ面白いん?」
面白いとかそういうことじゃないんですよ
「ほんなら私も見るわ」
やめてください、恥ずかしいんで
「なんで照れるんよ。アイドルなんやから見られることに慣れなあかんで。……あ、正門まだ飲める?グラス空いたやろ?」
水挟みます。さすがに飲み過ぎました
「せやな。私ペース早いから私に合わせたらあかんねんで?」
最初に言うてくださいよ!もう結構飲んじゃいました!
「あははは、ごめんごめん。お水飲んで休憩してや。すいませーん!」

店員さんを呼んで俺の水と自分のお酒を頼む真夏ちゃんの顔色はまったく変化がない。
ほんまに信じられへんくらいお酒に強いけど、お店に入った時より笑顔が増えたから少なからず酔ってるみたいや。
酔った姿も初めて見る。
まだまだ俺の知らない真夏ちゃんがいる。
穴が開くくらい見つめてもケラケラ笑うだけで、見られることに慣れ過ぎてるのを感じる。
新しいグラスに口をつけた真夏ちゃんを見て、ふと思った。

真夏ちゃんって昔からお酒強いんですか?
「ううん、全然。ハタチなってすぐは人並みやったで?」
ええー、そうなんや。あんま想像つかないっすね
「お酒強くなりたくて家でたくさん飲んで練習したんよ」
練習!?
「そう。酒に飲まれて飲まれて飲まれまくって、気づいたらこんなに飲めるようになった」
へぇー、ストイックやな……。あ、もしかしてあれですか?飲み会対策?お仕事増えるとスタッフさんとの食事会とか増えるから、その時のために?
「あははは、それが理由やったら私めちゃくちゃストイックやん。もっとしょーもない理由やで?」

スッて目が細められた。
酔っ払わないギリギリ、自然と心を開けるような温度感。
昔を思い出すように頬が緩んだけどこれはきっと過去の話じゃない。
今も思ってる話や。

「飲みに行って酔ってちょっとでも具合悪いとこ見せたらすーぐお会計されちゃうんよ。『具合悪くなる前に帰った方がええ』言うて、すーぐお開きになっちゃう。優しいから家まで送ってくれるんやけど、それが寂しかってんな。私だけ子供扱いされてんなー、いつまで経っても年下で後輩なんやなーって思って」
あき、っ、……ジャニーズWESTさんはみんな優しいですもんね
「うん、優しい。せやから自分が変わらなあかんって思って」
それでお酒に強くなったんですか?帰りたくなくて?
「んー?どっちも」
え?

真夏ちゃんが持ってるグラスが汗をかいてる。
1番美味しい飲み時を逃さないように残ってたお酒をぐいって喉に流し込んだ真夏ちゃんは、トンってテーブルにグラスを戻した。
ニヤって笑った口元と俺じゃない誰かを見た視線が、嫌でも真夏ちゃんを遠くに感じさせる。
年齢も、歴も、心の距離も。
まだまだ遠いんだぞって、頭を殴られる。

「帰りたくない時はお酒に強い私、2人で抜け出したい時はお酒に酔った私。どっちも私やけど、両方の武器が欲しかった。だって、どっちの場面もあり得るやん?」
っ、
「1秒でも長く一緒にいられる”言い訳”は多い方がええ」

この人はいつからこんなにも狡猾やったんやろうか。
自分が出来ること、自分が取り得る手段、自分がしたいこと。
いろんな可能性を考えてストイックに努力して手に入れてきた。
そしてそれを使ってきた。
“言い訳”しなきゃいけないのは、好きな人がメンバーだから。
“言い訳”してでも一緒にいたいのは、その人が好きだから。
“言い訳”を何年も続けてるのは、……”言い訳”がなかったら一緒にいられないからやろ。

「なーんてな。嘘やで、嘘。酔い過ぎて変なこと言うてもうたわ。そろそろ帰ろ、っ正門!?ちょ、それ私の、」

グラス持ってた真夏ちゃんの手ごと掴んでお酒を流し込んだ。
喉が焼けるように熱い。
飲んだこともない強いアルコールに頭がくらくらする。
“言い訳”せな一緒におられへんのやろ?
“言い訳”がなかったらただのメンバーってことやろ?
それって隙があるってこと?
俺にも可能性あるってことなん?

ぷはっ、あー、つよ、
「ちょ、正門大丈夫、っ、」

空になったグラスと手を掴んだままじっと見つめたら、真夏ちゃんが息を飲んだ。
困惑と驚きと、疑問。
頭の中で重岡くんの言葉がリフレインする。
何度も何度も繰り返される。

『俺らのことも、照史のことも気にせんといて』

俺も”言い訳”してみようか。
十分に酔った身体、2人っきりの個室、誘ったのは俺やけど承諾したのは真夏ちゃんや。
“言い訳”なんていくらでもある。
隙があるならつけ込みたい。

「正門、」
嫌や。まだ飲める
「へ?」
俺、まだまだ飲めるから帰らんといて。酔うてるけど具合悪くないし、まだ話したいこといっぱいあんねん。帰らんといてよ、真夏ちゃん

グラスがもっと汗をかいた。
2人分の手の熱さが伝わって、残ってた氷がどんどん溶ける。
喉どころじゃなくて身体が全部熱い。
嫌やな。
どんどん欲張りになる。
もっと知りたい、もっと触れたい、もっと俺を見てほしい。
距離なんか一瞬で消し飛ばしたい。
そう願ったのに、強引に変えた空気の中でも染み付いたストイックは剥がれない。

「敬語」
へ?
「先輩やで?敬語使いなさーい」
…はい、すみません
「酔いすぎやで、正門」

咎めるような視線と、スッと離された手。
タメ口で話してしまったことに対して本気で怒ってはいないみたいやけど、俺が意図したようなドキドキは与えられなかったみたいや。
帰ろうかーなんて言いながらスマートにお会計を済ませる先輩を見ながら悔しさでいっぱいになる。
うん、そうか、お酒は”言い訳”になるけど、逆も然り。
攻撃をかわされる”言い訳”にもなるんや。




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