あなただけという意味ですが。D



「疲れ過ぎちゃう!?隈ひどいで!?」
「そう思うなら寝かしたりって」

移動車の中で神ちゃんの肩にコテンってもたれかかって寝息を立てる真夏は、いつものストイックな顔とは全然違う疲れ切った顔やった。
淳太が差し出した上着を受け取ってそっとかけると、身動きできない神ちゃんが『ありがとう』って呟く。
もちもんちが隣同士で寄り添ってる光景はなんとも言えないほのぼのした気持ちになって、ブログでファンの人にお裾分けしようかなーなんて思って写真に撮ってついでにグループメールにあげたら、すぐに流星から悔しそうなスタンプが送られてきた。
車内には神ちゃんと真夏、淳太と照史、ウトウトしてるしげがいて、はまちゃんと流星は後で合流する予定や。
もちもちした真夏のほっぺたを突っついたのに起きる気配はない。
めちゃめちゃ疲れてるやん。

「体調悪いんかな?淳太に弱音吐いたりしてる?」
「全然。せやから大丈夫やろ。ほんまにしんどいんやったら真夏から連絡してくるし。まぁ、俺じゃなくてはまちゃんに連絡してるかもしれへんけど」
「撮影で大阪と東京行ったり来たりしてるみたいやで。まだ1本もクランクアップしてないって。全部同時並行」
「映画3本かー、ええなー」
「羨ましいよな。俺ももっと仕事欲しいわ」
「淳太くんこれ以上仕事増えたら死ぬで」
「そうやで」

まあ、淳太だけじゃなくて俺らみんな忙しくてギリギリのところまでスケジュール調整して仕事入れてもらってる。
これ以上増えたらやばいけど、出来る限り限界まで仕事してグループに勢いつけたい。
その思いはみんな一緒で、こうやって移動中に休むしかないんや。
ほら、ドラマ撮影中のしげも疲れてる。
ウトウトしてたしげがハッて顔して、後部座席を振り返った。

「そうや、真夏ちゃんさ、…あれ?」
「しー!」
「今寝てんで」
「あー、そうなん?」
「しげもめちゃめちゃ疲れてるやん」
「まだ着かんから寝とき?」
「うーん、真夏ちゃん起きたら俺も起こして?話したいことあんねん」
「あ、そうなん?なに?」

深刻な話じゃないと思ったから神ちゃんが振ったのに、眠そうなしげの声がワントーン下がった気がした。
目を擦るしげの指先がささくれてる。
ドラマの撮影とレギュラー仕事と、もう来年のライブの打ち合わせも始まってる。
メンバーといる時は割とふざけてるしげが真剣になるのは、決まって音楽の話をする時や。

「真夏ちゃんさ、まだ俺の曲の感想送ってくれてないんよ」
「え、まだ!?」
「しげが送ってくれたん、先週やろ?神ちゃんの方は?」
「俺はもう貰ったで?」
「ええー、なんでや?」

ジャニーズWESTの音楽を牽引する神ちゃんとしげはいつもすごい曲を作ってくれる。
今も2人はシングルやアルバムに収録する曲を作ってくれてて、デモが出来る度にメンバーに送ってくれて、それに対して俺たちは感想を送っている。
常にブラッシュアップ。
常に成長。
みんなでいいものを作ろうとしてるのに、真夏はまだしげに感想を送ってないらしい。

「忙しかったんちゃう?映画の撮影立て込んでるんやろ?」
「でも俺はその日に来たで?」
「神ちゃんの方が同期やから言いやすいんちゃう?しげって一応後輩やし、きつい指摘して嫌われたくないんかも」
「そんなことある?もうデビューして何年も経ってんやから今更後輩扱いせえへんやろ」
「そうやけど、」
「俺気づいてんねんけど、……真夏ちゃんって俺の作る曲好きじゃないねん」
「……は?」

空気が止まる。
寝てる真夏をじっと見つめるしげはふざけてる様子は微塵もない。
冗談でも卑屈でもなく、ただ事実を告げるように言葉にしたそれに、否定の言葉が喉まで出かかって飲み込んだ。
そうや、なんでや。
自他共に認める強火重岡担の真夏が、しげが作った曲をベタ褒めするところは見たことない。
言われてみればあまりにも不自然。
俺はしげが作る曲がめちゃめちゃ好き。
メンバーみんな好きやし愛してるし大切にしてるって疑わへんけど、しげ本人が言うってことはそうなんかな。
眠そうなしょぼしょぼした目で、しげが言葉を探してる。

「あー、いや、好きじゃないっていうか、苦手なんやと思う」
「歌いにくいってこと?」
「ちゃうちゃう、そういうんじゃなくて、なんて言ったらええのかわからへんけど…」
「……なんかもう嫌んなってきたな」
「照史?」
「しげが言うてること俺は分かる」

ぽつりとつぶやいた声に背筋を伸ばした。
これから照史が言うことを一言も聞き漏らしたくない。
その表情をすべて見ていたい。
呆れたように笑った照史は、俺とは対照的にシートに深く沈み込んだ。

「しげの曲はさ、終わりがあることを前提にしてるんよ。もちろん俺らはずっとジャニーズWESTで居続けたいけど、それは絶対じゃない。どんなに頑張っても絶対じゃないし、必ず終わりがある。最後がある。真夏はそれを1番嫌がってる」
「……そうやな。真夏は、そうやろうな」

いつだって終わりを想像してる。
終わりが来ることを拒んでる。
せやからストイックに今を生きて、少しでも終わりが来るスピードを落とそうと必死で、どうにかしてグループを守ろうともがいてる。
そして、終わりが来るくらいやったら始めたくないって思ってる。
とんでもなくストイックやけど、とんでもなくネガティブ。

「俺さ、あー青春してんなーってよう思うねん。みんなとグループ組めてみんなで笑ってさ、みんなで音楽作って。それがすごく大事やし好きやから、その時の気持ちとか見えてたものを少しでも残していきたいんよ。時間は戻らへんから後悔したくない。俺が作る曲って、そういうのが歌詞に出てきちゃうんよ。たぶんやけど、それが真夏ちゃんを苦しめてる」
「そんなことないって言いたいけど言えへんな」
「前から真夏ちゃんってなかなか感想くれへんのよ。メンバーの中で1番遅い。催促したのは今回が初めてやない。くれてもいつもの重岡担っぽく『ええな!』って表面的なことばっかり」
「え、そうやったん?」
「俺は、しげはわざとやってるんやと思ってた」
「え?」
「わざとじわじわ追い詰めてるんやと思うてたで。真夏がもうどこにも逃げられへんように」

神ちゃんがなにを言うてるんかわからへん。
わからへんけど、驚かないし不思議にも思わない。
終わりを考えて臆病になる真夏に『終わりは必ず来る』って何度も何度も突きつけるしげ。
それが苦手で苦しくて、それでも歌うしかなくてじわじわと追い詰められて。
逃げ場なんてない。
現実と向き合うしかない。
ふはって、静かに笑ったしげが振り返って照史を見た。

「俺はさ、真夏ちゃんにええ加減分かってほしいんよ。何しても”最後”は来るって」
「……」

じわじわと真夏を追い詰め、正門の存在を示唆して照史に発破をかけた。
俺はしげが怖い。
真夏からの愛をずーっと受け続ける一方で、しげはうんざりしてたのかもしれへん。
自分には無条件に向けられる愛とは裏腹に、未来に怯えて一度も口にできない想いに呆れてたのかもしれへん。
もう、限界やったんかもしれへん。
ニヤニヤした淳太がシートから身を乗り出した。

「なあ照史、ついに嫌んなってきたん?」
「なんで淳太くんが楽しそうやねん」
「こんなオモロいことないで。そもそもさ、照史ってそんな未来のこと考えるタイプちゃうやん。今を全力で生きる人やん。この先どうなるかとかじゃなくて、自分が幸せかどうかやろ。空の結婚式で真夏言うてたで?『ただ、終わりたくない』って。真夏の気持ちが理解できへんわけじゃないけど、照史は真夏に優しすぎるって思う。真夏の気持ちなんてもうどうでもええやん」
「…そんなん、知らんけどって話やんな」

ハハってこぼれた照史の声は呆れてて、何かを諦めたみたいに笑った。
しげが続けた言葉は冗談に聞こえたけどきっと本気や。

「あーあ、正門が一気に真夏ちゃんのこと奪ってくれへんかなー」
「何言うてんねん。そんなんさせへんし」
「せやでしげ。これ以上煽らんといて」
「俺は誰でもええねん。変わるならなんでもええ」
「俺は変わらんでもええと思うけどな。真夏も照史も幸せなんが1番やん」
「あははは、俺、これに関しては一生神ちゃんと分かり合えん」
「俺は一歩も引かんで?」
「のんちゃんは?どう思うん?」
「俺!?えー、なんやろ、俺は、……真夏が泣かへんねやったらそれがええな」

こんなにガヤガヤ話してるのに起きる気配がない真夏のほっぺをもう一回むにってしてみる。
年下で後輩の俺に決して弱味を見せたい真夏が、俺の前で泣く。
そんなこと、この先あってはならない。
そうならへんために、真夏には笑っててもらわんと困る。
ふはって噴き出した照史が、真夏をじっと見て目を細めた。

「……フラれたら皆慰めてくれる?」
「フラれんやろ。知らんけど」

関西人お得意の『知らんけど』言うてますけど、俺には確信の『知ってるけど』に聞こえた。




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