あなただけという意味ですが。E



マネージャーさんから聞いた通り、テレビ局の楽屋にいた真夏はソファで丸くなってた。
映画撮影の合間に出演が決まったバラエティ番組の収録は俺のヒルナンデス終わりと同じ時間帯で、同じ局内に真夏がいることは把握済み。
ついでに、マネージャーさんが忙しくて真夏が1人やってことも知ってる。

「真夏?」

声をかけても返事はない。
そっと中に入ると右手に赤ペン、左手に付箋だらけの台本。
正面にしゃがみ込むと、足音に気付いて顔を上げた。

「照史…?」
「ごめん、起こしたな」
「ううん、寝てへんよ、集中しすぎてた。ヒルナンデス終わったん?淳太くんは?」
「別の仕事あるって先に帰ってもうた」
「あー、そうなんや」

ソファと赤ペンと台本と眠そうな目になんだか懐かしい気持ちになる。
あれはいつやったっけ?
そうや、デビューしてすぐ、真夏が初めて恋愛ドラマに出た時と同じや。
初めてのキスシーンに苦戦してた頃から何年も経って、今真夏の手にあるのは大人の恋愛映画の台本。
濃くて深い赤色のその台本に視線を落とすと、真夏が気まずそうに笑った。

「これ、恥ずかしいから完成しても見んといてな」
「ええー、なんでや。皆で見に行くで」
「嫌や。めちゃくちゃドロドロやで?」
「ドロドロねぇ…。でも真夏頑張ってんねやろ?」
「結構頑張ってる。あ、淳太くんには見てほしいな。たぶんええ点数貰えると思う、あ、いや、あかんかも……、ベッドシーンって難しいねんな」

あははって眉を下げて笑ったから、あー、そういう映画かって腑に落ちる。
アイドルやからそこまで過激じゃないにしても、真夏にそういうオファーがあっても不思議じゃない。
真夏のそういうところに魅力を感じてるファンもいるし、そこが評価されたんやったらそれはそれで嬉しいことや。
仕事の幅は広い方がええ。

「…お仕事って割り切ったらええんちゃう?」

あの時と同じことを言えば、真夏も思い出したのか笑った。
ソファに寝転がったまま俺を見上げたその顔は、あの時とは全然違う大人の顔。
真夏も大人になったし俺も大人になった。
キスシーンやベッドシーンで動揺するような年齢やない。
これから先、ジャニーズWESTのためになるんやったらどんな仕事でも受ける覚悟がある。
せやけど。
それでもあの時のことを、真夏は大切にしてくれてる。

「割り切ってるで?ベッドシーンでもどんなシーンでも、なんでもできる。だって私、最強やもん」
「っ、」
「照史がキスしてくれたから、どんなお仕事がきても120点取れんねんで」

……ほんまに、もう嫌や。
真夏はいつやってそうや。
『好き』って始めさせてくれへんくせに、『好き』って意味を表してくる。
言葉なんかいらない、触れたらわかる、せやけど確信は与えない。
それが嫌やったけど、真夏が望むんやったらそれでよかった。
せやけどもう、そういうんええか。

「…あはは」
「照史?」

真夏の笑顔がこの世界で一番可愛いって本気で思う。
真夏を守りたいから触れたい。
真夏を壊したくないから触れられない。
そうやって距離を保って、真夏が俺を求めてくれるならいつだって手を広げて抱きしめたい。
それだけや。
それだけやった、昔は。
今はもう違う。

「真夏?」
「なに?」
「……結婚しよっか」

俺は、始めたい。

「……」
「……」
「……」
「…え?」

目を見開いた真夏の手から赤ペンと台本が落ちる。
床に落ちるかしゃんって音と一緒に瞬きした目から涙が出そうやった。
真夏と出会って十年以上経つけど、こんなびっくりした顔見たことない。
口開けたまま止まった真夏にポケットから出した紙を差し出した。

「え、…は、え?」
「開けて?」
「っ、」

紛れもない俺の字で書かれた名前と住所、証人には淳太くんとはまちゃんの名前。
あとは真夏が書けば完成する。
これがなにか知らんとは言わせへん。
真夏は証人としてサインしたことあるやろ?
空の時に書いたやん。
婚姻届、分かるやろ?

「これ、真夏に預ける。いつ出してもええよ?真夏が出したい時に出して?今すぐでもええし、10年後でもええ」
「照史、待ってや、それってどういう意味?」
「終わりたくないって真夏が思ったら、出して」

空の結婚が決まって、サムシング・ニューのプロモーションで結婚の話題が増えて、それに比例してストレスが増えていく真夏を見て俺やっていろいろ考えてん。
なにが真夏の幸せなのか、なにが俺の幸せなのか。
しげに発破かけられてやっと気づいた。
他人の気持ちなんてわからん。
どんだけ考えても真夏の気持ちはわからん。
それは当たり前のことで、人は人の気持ちを全部理解することはできへん。
せやから、俺は俺の気持ちを考えて答えを出した。
笑って頭を撫でたら、真夏が唇を噛んだ。
きゅって強く、泣くのを必死に我慢してた。

「真夏?始めることってそんなに怖い?終わることってあかんことなんかな?俺さ、そんな未来のことまで考えられへんわ。もし終わってしまうんやったら、また始めたらええんとちゃう?」
「照史、」
「始めてみいひん?」
「っ、」
「始めてみて、終わりそうやったらそれ出してまた始めようや」

しげの言う通りや。
何しても“最後”は来る。
絶対に来る。
それを真夏が拒むなら。
嫌だと願うなら。
また始められる未来を用意したい。

「っ、ぐす、」
「顔見して」
「嫌や、こんなん、ずるいやん」
「見してー」
「かっこよすぎるやろ」
「ほんま?ほんなら大成功やん」

真夏が顔を伏せたのは一瞬やった。
ほんの一瞬、眉を寄せて涙が出そうやったけどそれをぐっと堪えて笑った。
泣くようなことじゃない、むしろいっぱい笑ってほしい。
その思いが通じたのか真夏は笑った。
大きく手を広げたらそこに真夏が飛び込んでくる。
楽屋の床に尻餅ついたままぎゅうって痛いくらいに抱きしめたら、自然と言葉が出てくるんや。
不思議やね。
ずっとずっと言いたくて言えへんかったのに、触れたらこうして溢れてくる。

「好きや」
「うん…!」
「真夏のことめちゃめちゃ好き」
「うん」
「真夏は?」
「……好き」
「っ、〜〜〜ああ!もう!可愛いなぁ!」
「照史?」
「ん?」
「これ、どういう意味?」
「もう分かってる顔してるやん!」
「分かってるけど言うてほしいやんっ!」

俺の背中に回してた腕を解いた真夏と目が合う。
あまりにも嬉しそうに笑うから、可愛くて愛しくて何度も頬を撫でた。
早く言うて、はっきり言うて、ここで言うて、言うたらキスして。
そう強請ってくる目が、堪らなく好き。

「真夏だけという意味ですが、どうですか姫?」
「っ、大興奮で最高潮に幸せです…!」

求めるなら、何万回だって。
何万回だって始めようや。




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