「可愛い」と彼女



「っあー!しげちゃん待って!私も乗る!」

仕事終わり、移動車のドアを閉めようとしたら聞こえた声に手を止めると、バタバタとこっちに走ってくる真夏ちゃんがいた。
撮影用の濃いメイクはそのままで、綺麗に束ねられたポニーテールが揺れてる。
片手で『ごめん!』ってポーズしながら車に乗り込んできて、マネージャーさんが車を出してくれた。

「セーフ。よかったー、もう出てもうたかと思ってた」
「どうしたん?この後仕事やったっけ?」
「ううん、今日はもう終わり。寄りたいところあるんよ。しげちゃんの”かりそめの自宅”の近くやからこの車乗りたかってん」

ニヤニヤして言われた”かりそめの自宅”とは、本当は俺の住んでるマンションじゃないけど新人マネージャーさんに伝えてる自宅のこと。
プライベートを知られたくないから自宅も私服も”かりそめ”。
時々面倒臭そうな顔をされるけど、なんやかんやメンバーはこの”かりそめ”をネタにして楽しんでる。
真夏ちゃんもその1人で、『重岡な?ほんまは家無いんよ。ホームレスやねん』なんて運転してくれてる新人マネージャーさんに嘘ついてる。
赤信号のタイミングでナビを弄った真夏ちゃんは、やっとシートに背をつけた。

「私そのお店で降りるんで、お願いしまーす」
「メシ?」
「うん。小瀧にサプライズ」
「小瀧?一緒に来たらええのに」
「それはサプライズにならへんやん。今から誘うから」
「そんな急に誘って来るか?……あー、来るか」
「来る来る。美味しいお酒飲みながら美味しいごはん食べようやーって言うたら絶対来るて。あー、お腹空いた。めっちゃお酒飲みたい」
「飲み過ぎ注意やで」
「誰に言うてん」
「ザルやったな」
「ザル通り越して輪やで。輪っか」
「小瀧潰したれ」
「いっつも潰しとるけど、今日はお祝いやからさすがに楽しく飲むよ」
「お祝い?」
「ドラマお疲れさま」
「あー。ええの?流星誘ってへんやん」
「今日は主演だけ特別。それに、流星は誘ってもなかなか2人でご飯行ってくれへんねん。緊張するんやって」
「なんやそれ!」

そういえば、小瀧が主演させてもらってるドラマはクランクアップを迎えた。
そのタイミングでのご飯って、そういうことか。
俺も真夏ちゃんも、このコロナ禍のドラマ撮影がいかに大変か身に染みている。
主演ともなればプレッシャーも大きいし冬の撮影は体力勝負。
おまけにアルバムの発売準備もあってかなり忙しかった。
よう乗り切ったと思う。
俺も今度労ったろう。
自分にもメンバーにも、特に最年少の小瀧には厳しい真夏ちゃんも、仕事を頑張った後にはこうして優しくしてくれる。

「ん、見て?来るって」

ニコニコ笑って見せてくれたスマホの画面には、『行く』って即答してる小瀧からのメッセージ。
嬉しそうに笑った真夏ちゃん自身もテンション上がってるのか、打ってる文字を声に出してた。

「しごと、おつかれさま、スイ、めっちゃかっこよかった、でー、っと」

おつかれさま、と、かっこよかった。
当たり前に交わされる言葉やけど、頑張った後に言われると嬉しくなる言葉。
真夏ちゃんに言われると尚一層嬉しくなるってことは、まだ俺の中に”ストイックおばけ望月先輩”の色が強く残ってるからなのかもしれねんな。
厳しい人やから、褒められると何倍も嬉しい。

「……真夏ちゃんもやで」
「んー?」
「真夏ちゃんも、仕事おつかれさま」
「ありがとう。え、しげちゃん急にどうしたん?」
「言いたくなってん、俺も。そういうやつ」
「そういうやつって、」
「あと、真夏ちゃんは今日も、……」
「え?なんて?」
「……かわいーで」
「っ、」
「痛い!いった!?な、なんひゃ、」
「お前、重岡大毅ちゃうやろ」
「は?」
「”かりそめ”の重岡大毅やろ!?重岡大毅はシャイやからかわいーとか言えへんから!なあ!?かりそめやろ!?そうであってくれ!お願いや!本物の重岡大毅にかわいーなんて言われた日には私はチリとなってこの地球の資源になる!!!」
「ちょ、真夏ちゃ、おひふいて、」
「チリや!私はチリ!この地球の風に流されるチリ!!!」

ぎゅーって引っ張られる頬が痛いけど、おかげで真夏ちゃんの顔を遮るものが何もなくてよう見える。
嬉しい!でも信じられない!夢なら覚めないで!なんて声が聞こえてきそうな顔で、俺が言ったことを1ミリも受け入れてなかった。
そらそうやろ。
俺のキャラちゃうし。
でも、言わな伝わらへんし、伝わらへんかったら思ってないのと一緒やし。
真夏ちゃんが小瀧や俺みたいな後輩に厳しくしつつも優しくおつかれさまをくれるところや、何度もかっこいいって言って自信を持たせてくれるところ、俺はすごく好き。
それが少しでも伝わったらええな、なんて、思う。





【次の日】

「しげ、昨日ありがとな。しげが真夏にかわいーって言うてくれたおかげで真夏上機嫌でメシ奢ってくれたしお土産も買うてくれたし帰りのタクシー代まで出してくれたわ」
「お前、それは出して貰いすぎやろ。今度俺に奢れや!」
「なんでや!」




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