ホメチギリスト



「え、寒ない?」
「ほんまや」

広いスタジオは空調効いてるはずやのに少しだけ肌寒い。
俺らの衣装のせいか。
白い脚を惜しげもなく出した真夏ちゃんは、法被から出た腕をさすった。
慌ててスタッフさんが持ってきてくれた上着を2人で着込む。
他のメンバーは全然平気なんか、衣装のままでダンサーさんと喋ってた。

「しげちゃんしげちゃん、カメラ来た」
「真夏ちゃんなんか喋ってや」
「一緒に映ろう」

朝が強い真夏ちゃんはメイキングカメラにキラキラ笑顔を向けた。
朝早いからなんとなく気が乗らん俺のことも、気づいてるはずやのに腕を引っ張る。
ここでテンション上げとかなあとが辛いって分かってるから、エンジンかけさせようとしてるんかもしれへん。

「今回のMVの見どころは?」
「見どころ。せやね、まずは法被のしげちゃん。意外とがっちりした腕と脚に注目してください。次はスーツのしげちゃん。弊社一のイケメン社員。一緒に満員電車に乗ってる姿を想像して妄想してください。リュックで通勤してるのもポイント高いです。最後は女装のしげちゃ、」
「やめてやめて!なんのインタビューやねん!」
「情熱大陸。強火重岡担当の一日」
「そんなん誰が見んねん!視聴率低いで!?」

こそばゆいわ!
一気に体温上がった!
真剣にカメラに語る真夏ちゃんを必死で止めると、それを見てたはまちゃんが近寄ってくる。

「なになに?メイキング?」
「MVの重岡大毅の見どころ語っとったのに止められた」
「当たり前やん!全員の見どころ話してや!」
「まずは自担からでしょ」
「ええんちゃう?しげも嬉しいやろ?」
「他の話題にして!」

こんなん、メイキングに残されたらたまらんわ。
スタッフさんから声がかかって撮影が始まる。
上着を脱いで位置に着くころには身体がぽかぽかしてた。
撮影始まる前に声出し過ぎた。






床に貼られたテープにつま先を合わせる。
視線は真っ直ぐ前のレンズを見つめて、頭の中で歌詞をもう一度整理する。
1人のシーンはいつも緊張する。
他のメンバーと被らへんように、何をしよう。

「真夏、いけ」
「えー、ほんまにやるん?」
「いけるいける」
「もー、今回だけやで?……はい、じゃあ藤井さんの撮影始めまーす」

え、嘘やん。
さっきまで監督が指示出してたのに、真夏ちゃんに変わってる?
本人は騙せてるつもりかもしれへんけど一発で分かるから!

「藤井さん、いいですね!イケメンです!褒め方も上手い!もっとクールに!もっともっとクールに褒めてみましょう!いいですね!ジャニーズWESTで一番イケメンかもしれません!」
「なんでかもやねん。しげのこと忘れろ」
「流し目して!横に視線ずらして!こっち見て!こっち見つめて!そう!いい!イケメン!かっこいい!」
「ちょ、待って!俺もう無理やって!」
「はいカットー、OKでーす」

口元が緩んだままや。
なにがクールキャラやねん。
いつもはしげが褒められてるのに、こんなに真っ直ぐ褒められるとこんなに照れるもんなんか。
まだばれてへんと思ってるんか、ニヤニヤした望を無視して涼しい顔した真夏ちゃんが俺の横を通って位置に着く。
なんやねん、その顔。
ちょっとは照れてくれてもええやん。

「流星めっちゃ良かったで」
「これ、望の案?」
「そうそう。さっき淳太にやったらおもろかったから」
「俺もやるわ」
「え、ほんまに?」

監督は笑って了承してくれた。
マイクを持ってできるだけ声を変えるように意識する。
さっきの仕返しや。

「望月さん、前髪直したら撮りまーす」
「流星?え、流星やろ?」
「はいいきまーす。……いいね!もっと褒めて!そのキラキラな目でカメラの方見て!」
「やりづらい……」
「可愛い!その目線めっちゃ可愛い!横顔見せて!綺麗!可愛い!今日の髪型可愛い!鉢巻も世界で一番似合ってる!」
「はい、OKでーす」
「やりづらい!!!小瀧!!!」
「ええ!?なんで俺怒られるん!?」
「小瀧が発端やろ!」
「真夏も楽しそうに流星にやってたやん!」

撮影終わって俺の横を通り過ぎた真夏ちゃんはさっきの涼しい顔とは全然違う、照れた顔で望に怒ってる。
自然と口角が上がってまう。
真夏ちゃん、俺が褒めちぎったらめちゃくちゃ照れてるやん。






スーツって眼鏡かけたほうがええの?
どっちやろ?
とりあえずメイク室から持ってきてもうた眼鏡をいじりながらスタジオに入ると、もんちと真夏が並んで座ってた。

「桐山先輩!お疲れ様です!」
「え?ああ、おう、おつかれ。望月と神山、しっかり営業してきたか?」
「対応早!」
「してきました!売上一位です!」
「ほんまになれそう」
「これから同期の神山くんとランチ行くんですけど、桐山先輩もどうですか?」
「俺も行ってええの?」
「はい!」
「ってそこは同期の設定なんや」

もちもんちやもんな。
よう似たスーツ着て、ほんまに仲良しやん。
パンツスーツ着てスッと背筋伸ばして、真夏はめちゃくちゃ仕事できそうやし、神ちゃんは金髪なのにばっちりスーツ似合ってるやん。

「桐山先輩なんて呼んだことないわ」
「俺も呼ばれたことない」
「真夏ってなんて呼んでたっけ?」
「ほんまに最初って桐山くんちゃう?」
「たぶんそう。俺やって望月って呼んでたんやで?」
「ええー、全然イメージない」

関西ジュニアの最初の頃は望月って呼んでたな。
いつから真夏って呼び始めたんやっけ?
全然覚えてないわ。
俺が持ってた眼鏡に気付くと、自分でかけてこっちに顔を寄せた。

「似合う?」
「似合う似合う」
「仕事できそうやけど、怖い同期って感じやで」
「えー、私同期にはめちゃくちゃ優しいOLやで?後輩には厳しいけど」

望が指導されてる姿が目に浮かぶわ。
眼鏡気に入ってたんかずっとかけてたけど、スタッフさんから撮影再開するって声かけられて俺に差し出した。

「返すわ。ありがとう」
「かける?真夏が使うんやったら俺はええで?」
「ううん、照史が使ってよ。スーツに眼鏡見たい」
「っ、」
「絶対かっこええと思うで」

眼鏡を渡す一瞬、真夏の指が俺の手に触れた。
にこって笑ってセットに向かっていく。
それだけで喉元にぐっと何かが詰まる。
言いかけた言葉は分かってるのに、その一言では伝えられなくて、また体の中に戻っていく。

「照史?どうしたん?」
「びっくりぽんやわ」
「は?」

とりあえず、ふざけて笑っておこう。






うわ、のんちゃん男って分からんて。
先にメイクを終えて椅子に座ったのんちゃんと真夏。
ふわふわした部屋着を着て女子になりきっているのかきゅるきゅるした目でこっちを見てくる。

「淳太ー、私たちレベル高くない?」
「れ、レベル高くない?」
「ほんまに高いな。男って分からん。真夏は無理してぶりっ子すんな」
「立つとアウトやで。のんちゃん背高いし、骨格が男やから」
「やだー、私女だよー。真夏とはズッ友なの!」
「ずっとも?」
「ずっともってなに?」
「嘘やろズッ友知らんの?ジェネレーションギャップ?」

あ、いつもののんちゃんや。
脚も開いて男に戻ったな。
頭の上でお団子にまとめられた真夏のおくれ毛をのんちゃんがいじり始めた。

「女の子って大変なんやな。この顔になるのにめちゃくちゃ時間かかった」
「いうてものんちゃんが一番早かったけどな。しげとか今も戦ってるで?」
「しげちゃん男顔やから」
「あれ?真夏メイクしてる?」
「すっぴんっていうていでメイクしてる」
「ていって。すっぴんって言えばええのに」
「すっぴんじゃないからあかん」
「こういう服着て女子会とかするん?」
「たまにな」
「ねえ真夏ー、真夏は最近彼氏とどうなの?」
「急にスイッチ入ったやん」

脚閉じてきゅるきゅるの瞳。
また女の子モードになった望の向こうから、やっと変身が終わったメンバーがスタジオに入ってくる。
って、しげとはまちゃんおらんやん。
まだ変身出来へんのか。

「彼氏どう?優しい?」
「うーん、まあ、優しいかな」
「直してほしいところとかある?ほら、真夏の彼氏って太ってるじゃん?」
「太ってる?」
「ダイエットが趣味って言ってるけど、全然できてなくなーい?特技のリバウンドばっかりしてなーい?」

のんちゃんが誰のことを言うてるかなんて明らかや。
これは空想上の会話。
真夏とのんちゃんが女の子で、ずっともやった場合の話やから。
真夏は少しだけ目を伏せて、指先をこすり合わせた。

「直してほしいところは、大切にしすぎるところ」
「……」
「私のことを、大切に思い過ぎてるところかな。自分のことを一番に考えてほしいのに」
「……」
「……なんてな!ずっともだけの秘密やで!」

それは本人には言えへん気持ち。
メンバーにだって言えへんけど、のんちゃんが作り出したこの空間だから出た本音。
スタジオに入ってきた照史が「ん?」ってこっちを見て首を傾げた。
真夏が笑ってって言えば、照史も笑うんやろう。
真夏が一緒に泣いてって言えば、照史も泣くんやろう。
それだけ、照史は真夏のことを想ってる。

「うわ、望レベル高ない?」
「ほんまやね。真夏と並ぶとアイドルみたいやん」
「やっぱりー?私たちレベル高くなーい?って照史それ大丈夫?女の子に見えへんで?」
「大丈夫や!肩隠せばいける!」
「肩ごつ!男やん!」
「全然女や!ほら見てみ!真夏と並べば美少女2人、……嘘。無理やわ。真夏美人やったわ」
「確かに、並ぶとゴツさが目立つで」
「OK。照史に近づかへんわ」
「待ってよ!それはそれで嫌やん!」

キャーキャー騒ぎながら女装した男がスタジオに群がる。
よう見たら変な光景やな。
みんな女の子スイッチ入れたんか、いつもより真夏へのボディタッチが多いのは気のせいやろか。
そんな空気なのに全く触ろうとしない照史。
女の子になりきれてない何よりの証拠やで。

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