「小瀧」



「空が高いな」

そう呟いた言葉がすぐに理解できなくて首を傾げた。
隣に座ってた望も『は?』って顔して真夏ちゃんが見てる視線の先を追った。
スタジオの窓から見える空には雲ひとつない。
澄んだ水色が広がってて、真夏ちゃんはそこをぼーっと見つめてた。

「あの、次の質問いいですか?」
「あ、はい」
「なんでも聞いてください」

あかんあかん、インタビュー中やった。
窓からパッと視線外した真夏ちゃんは、記者さんにニコッと笑いかける。

「みなさん本当に仲良いなと思うのですが、喧嘩とかしますか?」
「喧嘩はあんまりないですね。意見のぶつかり合いはありますけど、それも必要なことなんで」
「あのー、そうですね、望が言ったみたいに喧嘩っていう喧嘩はここ最近ないです。関西ジュニアの頃にはようありましたけどね」
「みんな子供やったなー。くだらんことで喧嘩してたやん?」
「…あ!」
「なに?」
「なんか忘れ物?」
「このタイミングで?」
「いや、喧嘩といえば、関西ジュニアの頃に望と真夏ちゃんがようしてたなーって思って」

興味深そうに身を乗り出した記者さんとは対照的に、真夏ちゃんは眉を寄せた。
話したくはないって顔してるけど、それを見て望がニヤッと笑って話し出す。
あー、悪ガキの顔。

「関西ジュニアの頃は僕と真夏はよう喧嘩してましたね。まあ今も割と仲悪いですけど」
「その話するん?ええことないで?」
「聞きたいです!」
「聞いてくださいよ!」
「この2人めっちゃ仲悪いですから」
「そうなんですか!?」
「こら、誤解を招くようなこと言わない」
「事実やろ」
「俺めっちゃ覚えてるもん。真夏ちゃんが望に黙れガキって言ったの」

あ、怒ってる。
『は?』って顔で真夏ちゃんは睨むけど、記者さんのキラキラな視線に負けてため息を吐いた。

「……それは、言った」
「ほんっっっまに怖かった!」
「それはどういう状況だったんですか?」
「元々は小瀧が悪いんですよ」
「関西ジュニアの頃、真夏ちゃんってちょっと浮いてたんですよ。女の子っていうのもあったし、ずっと神ちゃんといて近づきにくかったし」
「神ちゃんもほんっっっまに怖かったんよ。いかにも先輩!って感じで!」
「そう?」
「そう!」
「ほんで、なんかの舞台で真夏ちゃんがソロもらったんやけど望が気に入らんくて、」
「調子のんなチビって言ってきてん」
「うわー、それはなかなかすごいですね」
「高校生くらい?で、私その頃めっちゃ小さかったんですよね」

望がぽろっと口にした言葉は、真夏ちゃんには悪いけど後輩達の総意やったかもしれへん。
女の子で、神ちゃんに守られてて、淳太たち先輩に慕われてる真夏ちゃんは妬みの対象でもあって。
今でも覚えてる。
ピリッとしたスタジオでめちゃくちゃ怒った神ちゃんを制した真夏ちゃんが、笑顔で望を手招きして。

「『小瀧、稽古つけたるわ』言うてめちゃくちゃ激しいダンス何十回も踊って。望体力ないからすぐバテてもうたのに真夏ちゃんずっと踊ってたな」
「体力あんねん私。全然勝負にならんかった」

それはきっとプライドや。
女やからって馬鹿にされたくなくて、守ろうとした神ちゃんが正しいって証明したくて、大丈夫やって淳太たちに見せたくて。
女の子やけど、昔から真夏ちゃんは負けん気が強い。
汗だくで倒れた望見下ろして言い放った一言を、望は一生忘れない。

「笑顔で『黙れガキ』って言われたんすよね」
「それもなかなかすごいですね。こんなに可愛らしい方なのに」
「見た目だけです。中身ただの男なんです」
「そんなことないわ!中身も可愛いわ!」
「急にファン感出さんといて!」
「あの時はきついこと言いましたね。一回かましとかな!って思って」
「まあでも言ってもらえてよかったですよ。人を馬鹿にしたらあかんなとか、この人の前では生意気なこと言わんとこうとか、色々教えてもらったんで」
「最近は言ってないやんな?」
「そんなことないわ」
「言ってないよ」
「言ってる」
「……お2人、仲良いじゃないですか」
「は、え、いやないないない!ほんまに仲悪いですから僕ら!」
「仲良いって言っとけばいいええのに。まあ本当のところ、仲の良さは普通です。小瀧以外は仲良いけど」
「仲間はずれやめて!俺だけ嫌われてるみたいやん!」
「あははは、ごめん。のんちゃんはみんなに好かれてるビッグベイビーだよー大丈夫だよー」
「急に名前呼ぶとかほんまに怖い」

望が本気で心配そうに瞳を潤ませたから真夏ちゃんがくすくす笑った。
仲悪い、わけがない。
俺らは仲良いし望と真夏ちゃんも仲良い。
ただ少しだけ、真夏ちゃんが望に厳しいだけ。
時々甘やかしてしまう俺らと違って、悪いことは悪いってストレートに伝えられるだけ。
きゃんきゃん騒ぐ望を尻目にまた真夏ちゃんが空を見る。
雲ひとつない空が真っ直ぐ広がってた。

backnext
▽sorairo▽TOP