こんなときだから、笑うんだよ



「望月さんが倒れました!」

朝一、リハが始まる前にスタッフさんから告げられて、神ちゃんがシュッと息を吸い込んだのが聞こえた。

「倒れたってどういうこと?真夏今どこですか?」
「ストレッチルームにある簡易ベッドで安静にしてもらってます。ここについてすぐダウンしちゃったみたいで。今近くの病院に連絡取ってて、許可が下り次第マネージャーさんが連れていくことになっています」
「リハってどうなりますか?」
「予定通り行うつもりです。開場直前になんとか時間作るので、望月さんにはそこで覚えてもらうしかありません」
「わかりました。他のメンバーにも伝えます」

とにかく今は冷静になるしかない。
真夏が抜けるって決まったわけじゃない。
あいつは絶対戻ってくる。
でも最悪抜けた時のことを考えて備えるのもプロの仕事や。

「神ちゃん」
「ん?なに?」

さっきシュッて息吸い込んだ人と同じ人とは思えへんくらい冷静な顔。
同期が倒れたこの状況で、ここまで表情を変えへんのは逆にありがたい。

「俺他のメンバーに連絡してくるから真夏の方お願いしてもいい?」
「いや、淳太が行ってや」
「でも神ちゃんのほうが、」
「淳太のほうがええわ。俺が行っても真夏は嫌がると思う」
「……わかった」
「他のメンバーに話しとく。あとリハもなんとかする」

一瞬で鋭くなった瞳がたくましくて、絶対大丈夫って思えた。
同期やから心配とか、同期やからないがしろにしてるとか、そんなんじゃない。
戻ってくるっていう信頼なのかもしれへん。






淳太くんから受け取った資料をひたすら頭に叩き込む。
復活してもリハの時間はほとんどない。
点滴打ってる間に全部頭の中へ。
イメージが持てたらあとは身体がついてくる。
何年この世界にいると思ってるん?
いけるやろ。

「真夏、嘘吐かんと正直に言ってほしいんやけどいける?」
「いけるとこといけへんとこがある。踊ってるほうが楽、立ちっぱなしがふらつくから、そこだけ補助ほしい」
「スタンドマイクとか?」
「ふらついてるのが分からへんように誰かも身体揺らしてくれると助かる」
「わかった。みんなに伝える。あとは?」
「絶対倒れへんからメンバーが心配そうな顔で見るのは禁止」
「あははは、それ1番難しいやん。照史は絶対無理やで」

始まる前に釘さしておこう。
ジャスミンには絶対に気づかせへん。
私もプロ。
この世界に立たせてもらってるんやから、泣き言は許されへん。
まだ時間あるのか、淳太くんは私を見て深いため息を吐いた。

「ほんまに、真夏と神ちゃんって強いよな」
「とも?なんで?」
「今日さ、真夏が倒れたってスタッフさんから聞いても神ちゃん顔色一つ変えへんかったで?心配でバタバタ動き回ってる照史と流星と両極端やったわ」
「あははは、ほんま?ともはあれやろ?お前いけるやろ!気合い入れろ!ってことやで、きっと」
「同期強いなー思ったもんな!」

同期っていうのは不思議な関係や。
先輩後輩はどんどん増えていくけど、同期ってずっと変わらへん。
ましてや関西ジュニアは元々人数が少ないし、辞めていく人も少なくなかった。
同期が同じグループにいるって、ほんまに奇跡みたいや。

「ともとはいろんなことありすぎて、性格が似すぎてしまったところはあるよね」
「2人とも昔はキレッキレやったもんな」
「今もその時の感覚残ってるもんな。……辛い時こそ、笑って踏ん張る」

私はそんなに強くなかった。
負けそうになったこともある。
でも不思議なもので、そんな時に隣に人がいるだけで頑張れるんだ。
ピンチの時だってチャンスの時だって、笑って踏んばる横顔を見るだけで。






開演前、神ちゃんが真夏の背中をポンって軽く叩いた。
ノールック、なんにも声掛けへんし真夏もなんも言わん。
それなのに、真夏の背筋がすっと伸びる。

「あ、小瀧、今心配そうな顔したやろ」
「してへんし」
「心配してくれるのは嬉しいけど、幕上がったらあかんで。私も気合い入れるから」

俺だけじゃない、メンバー全員に向けた言葉。
ずっと不安そうな顔してた照史がやっと肩の力を抜いた。
関西ジュニア時代から感じる、この2人の闘争心とストイックさ。
これにビビることもあれば救われることもある。
先輩としても同じグループとしても、信頼しかない。
円陣組んだ真夏の身体が熱い。
ふらっとしそうになった肩をグッて掴んだ。
その姿が見えてるはずやのに、それでも、神ちゃんが笑った。

「大丈夫やで、のんちゃん」
「……」
「こんなときだから、笑うんよ」

笑顔とギラギラした瞳に、俺の不安が殺された。
残ったのは『絶対大丈夫』って確信だけや。
だから、思いっきり声を張り上げた。

「盛り上がれんのか!?」
「「「俺ら次第や!!!」」」




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