まだ知らない朝は美しい



「つかっ……」

疲れたって言いそうになって寸前で言葉を飲み込んだ。
ルームミラー越しにマネージャーさんと目が合って、車内にくすくす笑いが溢れる。

「疲れたって言ってもいいんじゃない?」
「我慢する。言うたらほんまになる気がする」
「疲れてるのは本当じゃん。生放送続きはさすがの望月でもしんどいな」
「全然しんどくないんでまた入れてーやー」

しんどくないなんて嘘やけど。
それでも毎日へとへとになるくらいお仕事入れてもらえたら嬉しい。
だって頑張りたいやん。
全ての仕事が好きかって言われたらそういうわけじゃないけど、私が頑張ることでファンのみんなが笑ってくれたりメンバーが喜んでくれたりジャニーズWESTがもっと大きくなれるなら、いくらでも頑張りたい。
日付を跨ぎそうな東京の夜。
窓の外をビルの灯りがぐんぐん通り過ぎていく。
チカチカ瞬く光が眩しくて目を細めた。

「で、これなに?」
「なんの話?」
「隣の席に花束置いてあるんやけど」

車に乗り込んだ時に気づいてたけど、忙しなく帰る支度をしてくれたマネージャーさんに話しかけるタイミングがなかった。
私の隣の席に置かれた花束。
小さいけど、しっかりと存在を主張してる。

「ああ、それ藤井から望月へ」
「流星が?私に?」
「そう、さっき預かった。仕事終わったら渡してくれって」
「えー、なんでやろ?電話しよ。出るかな?」
「もう家だから出ると思うけど」

窓の外からの明かりにかざすと、いろんな赤色の花が束ねられた可愛らしい花束やった。
包み紙も赤で、赤はそういう意味なのか?って考えを巡らせる。
私の好きな色。
2コールしないうちに電話は繋がった。

『真夏ちゃん?』
「出るの早いな!ごめん流星、寝てた?」
『全然起きてたで、大丈夫。どうしたん?』
「花束今貰ってん。これ私に?」
『花束?なんの?』
「え、流星ちゃうの?車に置いてた赤いやつ」
『っあ!あれな!俺俺!』
「びっくりした」

電話越しに聞こえる声はいつもより少しだけ低くて少しだけかすれてる。
眠いって声で分かるけど、そのまま問いかけた。

「ありがとう。すっごい嬉しい」
『ほんま?よかった。赤好きやろ?』
「好き好き。めっちゃ好きやで」
『赤色が、やろ?しげの話ちゃうやろ?』
「それはまあ、な?…でもどうしたん?まだ誕生日ちゃうで?」
『あー、そういう花束ちゃうから』
「そうなん?じゃあなんの花束?」
『お疲れさま的な?めっちゃええ匂いせえへん?』

大きく息を吸えば甘くて爽やかな花の香り。
あ、私、こんなにゆっくり息吸ったの久々かもしれへん。
1人の生放送でずっと緊張してて、ずっと身体に力入ってたかも。
座席に身体を沈み込ませたら、じんわり疲れが身体に染みる。
染み込んだらあとは、元気になるだけ。

『真夏ちゃん、疲れてるやろ?』
「え、いや、そんなこと、」
『あるって。空色ジャスミンの目は誤魔化せへんで。俺朝から生放送見てるけど、そろそろ絶対疲れてるやろって分かってるんよ』
「それで花束?」
『ちょっとは元気になれるかなって。……かっこつけすぎ?』
「ううん、そんなことない。嬉しいし、流星めっちゃ似合うで」
『ほんなら良かった』

目を閉じでもう一度大きく息を吸い込む。
照れ臭そうに花束差し出す流星が目に浮かんで、自然と頬が緩んだ。

『真夏ちゃん、お疲れ様』

私の頑張りをちゃんと見てくれて、認めてくれる人はいるんやな。
そう思うだけで、疲れが消えていくようやった。
流星の低い声が聞こえるだけでなんだかくすぐったい。
明らかな好意を前に、身体がふわふわしてくる。

「……流星ってほんまに私のこと好きやね」
『なんで知ってるくせに聞くん?』

うるさいな。
知ってるけど、聞きたくなる時もあるんよ。
流星の”好き”に、私は救われるんよ。


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