息すらしたくないような夜



企画書がきた段階から真夏ちゃんはそわそわしてた。
アイドル誌じゃない雑誌のある特集に、俺と真夏ちゃんが参加させてもらえることになったのが2週間前のこと。
それから今日まで、俺の耳に入った限りでは美容院に2回、エステに3回行ってる。
大事な仕事の前にはそうやって入念にメンテナンスを行うことはあるけど、それ以上に熱が入ってるのは誰が見ても明らかやった。
もしここにメンバーがいたら、小瀧はいじるし神ちゃんは諦めるし流星は睨んでくるんやろうな。

「望月さん入られまーす」
「よろしくお願いしまーす!しげちゃん、お待たせ」

背中が大きく開いた大人っぽい服にキラキラの目元。
夜に合わせて着飾った真夏ちゃんは誰が見ても綺麗で、この企画に俺が選ばれてちょっと役得やなーなんて思ってしまった。
特集のタイトルは『少しだけ背伸びする秋』
騒がしい俺らには珍しい、大人のデート特集や。

「ちょっと待って、緊張してきた」
「早い早い!まだ2分しか経ってないって!」
「無理やってほんまに。しげちゃんめっちゃかっこいい」
「あははは、ありがとう」

いつもと雰囲気の違う服装をしてても中身はいつもの真夏ちゃんや。
真夏ちゃんからの『かっこいい』も『好き』も、何回言われても嬉しいけど何年も言われ続けたら耐性はつく。
そわそわする真夏ちゃんを自然とエスコートするくらいには平気。
お洒落な木製のカウンターに腰掛けると、真夏ちゃんに膝が当たりそうやった。

「じゃあ撮影していくので、普通に会話しててください」

夜景が綺麗なバーは照明が暗めで落ち着いてる。
撮影が始まればストイックおばけが出てくるから順調に進むけど、今日の真夏ちゃんはやっぱりテンション高め。

「やばい、ほんまにやばい、しげちゃん今日のビジュ最高やね、顔面が強いもん、本気出した重岡大毅はやっぱり最強やわ。私この雑誌5冊は買う」
「真夏ちゃん、ちょっと言動がおかしいて」
「うわ、ごめん、また出てもうた。赤色濃いめジャスミン」
「特濃やろ」
「特濃!せやね、そうかも」

真夏ちゃんが俺に見せる表情は赤色ジャスミン感が強いから、時々分からなくなる。
目の前にいるのは、俺のことを大事にしてくれる先輩か、キラキラアイドルの望月真夏か。
キラキラアイドルの本気を見たら、俺もやばいかもしれへん。

「お2人とも、もっとデートしてる感じが欲しいです」
「え、今出てないですか?」
「出てないです。ずっと好きだったアイドルに遭遇したファンにしか見えないです」
「その通りや!」
「待って、だってカップルってむずいで?」
「真夏ちゃんさ、もし俺と付き合ったらどうする?」

面白そうやから聞いてみよう。
恥ずかしがってなんも言えへんくなるんちゃうかな?
真夏ちゃんはいつだって俺のこと好きって言うてくれるけど、付き合ったらって考えたことはなかった。

「私にとってのしげちゃんはそういう対象じゃなくて手の届かない最高峰のアイドルやから考えたことないけど、もし付き合うなら……めっちゃジムいく」
「なんで!?」
「しげちゃんの隣に並んでも遜色ない女になる。ジムも行くしエステも行くし、絶対太らへん」
「ストイックおばけが強くなってるやん」
「そらそうやで!しげちゃんに好かれたいもん」
「っ、」
「好きになってもらえるように全力で努力するし、ずっと好きでいてほしいもん」

もし、真夏ちゃんを好きになってたらどうなってたんやろう。
この『好き』を全身に受けて、応えて、大事に育てていくんやろうか。
これは絶対にありえへん未来や。
だって真夏ちゃんの好きな人は別におって、そいつも真夏ちゃんのことめちゃくちゃ大事にしてる。
たかが雑誌の企画やけど、今だけは真夏ちゃんは俺の恋人。
ありえへん未来を想像する場所。
緊張で冷たくなった手が、テーブルの上に置いてた俺の手に重なる。
その『好き』は、ほんの少しだけいつもの声色から背伸びした。

「うーあー、やばい、しげちゃん、……大好き」
「っ、あー!それはあかん!めっちゃ照れる!その目やめて!」

俺のこと男としてほんまに好きやったら、真夏ちゃんは言葉にせえへん。
好きやから好きって言えへん人やのに、この『好き』はそういう意味ちゃうって分かってんのに、心臓飛び出るかと思った。
殺す気か。
これは俺のことを大事にしてくれてる先輩の真夏ちゃんやったけど、キラキラアイドルの真夏ちゃんより数倍威力があった。






発売された雑誌をじっと見た流星は、痛いくらいの視線をしげに注いだ。
引くくらいの殺気に言葉をかけるしかない。
今、車の中には3人しかおらんし。

「流星、顔怖い」
「しげほんまにありえへん」
「なに?」
「これなんやねん!大人のデートって!ずるい!俺もやりたかった!」
「そんなん俺に言われても知らんし!マネージャーに言え!」
「しげがデレデレしてんのが1番むかつく!なんやこの顔!」
「そっ、れはしょうがないやん!真夏ちゃんが悪いねん!」

誌面に写ってる2人は大人のデートにぴったりの落ち着いた雰囲気でめちゃくちゃ素敵。
でも撮影のメイキングが載ってるページのしげは同一人物とは思えへん。
顔が緩みっぱなしで、めちゃくちゃデレデレしてた。

「珍しいな、しげがこんな顔するなんて。真夏から好き言われるの慣れてるやろ」
「この日の真夏ちゃんはほんまに神がかっててん!殺す気やったもん!」
「ずるい!!!俺にもこういう仕事くれや!!!」
「いーやーじゃ!俺だけに来た仕事やで!」

デレデレしたしげはともかく、本編の特集はめちゃくちゃ良い。
真夏、何冊買ったんやろ。
ニヤニヤしながらレジに持ってく姿が目に浮かぶわ。



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