賞味期限切れの恋慕



「あー、ともの黒髪ほんまに好き」
「そんなに?」
「そんなに。ともの黒髪は2年ぶりくらいちゃう?」
「…真夏ってほんまにやばいオタクやなって感じること最近多いな。普通メンバーの髪色なんてそんな細かく覚えてへんやろ」
「髪色はとも限定やで」
「きしょい」

俺と真夏が話しながらストレッチしてると望も会話に入ってきた。
いつも通りきしょいって言ってきた望を鏡越しにムッとして怒るかと思ったら、真夏はショックやったみたいで開脚したままぐでーって床に身体を倒す。

「やっぱり?そうやんなー、同期でこんなんきしょいなー」
「真夏、そのストレッチ意味ないで?ちゃんとやりなさい」
「はい」
「しげに対する意味不明な愛はもう慣れたけど、神ちゃんへのそれは未だにほんまに意味わからん」
「好きな髪色ってあるやろ?絶対」
「まあ人それぞれあるけどさ、真夏の黒髪命はハンパないやん。インナーカラーとか嫌いやろ?」
「嫌いやね」
「デビューの時の照史やん!どんまい!元気出しや!」
「そこ!間接的に俺を傷つけるな!」
「別に照史って言うてへんやん」

ダンススタジオの外で荷物下ろしてた照史、可愛そうに。
望がニタニタしてるわ。
髪色なー。
確かに神ちゃんは明るい色が多いから、黒髪はレアなんかな。
やっと身体を起こした真夏は今度は反対向きに身体を倒した。

「真夏は神ちゃんだけじゃなくて黒髪全般好きやん?望の黒髪も好きやろ?」
「小瀧、黒髪似合うねんな。でもアッシュの時が一番イケメンちゃう?」
「え、そう?背中押したろか?ストレッチ手伝おうか?」
「露骨に機嫌よくなったやん」
「そりゃそうやで!」

褒められたら誰でも嬉しいやん。
呆れた顔した真夏の背中を望が無理矢理押してたら、痛い痛いーって言われてもうてる。

「で?神ちゃんは?」
「なにが?」
「真夏のどの髪色が好きとかある?」
「ずっと神ちゃんの話してんのにここまで無反応なのはすごいで」

俺らがストレッチ始める前からスタジオにいた神ちゃんは、望の問いかけにやっとこっちに視線を向けた。
さらって黒髪が揺れる。
セットされてなくて少しだけ汗が滲んだそのゆらめきに真夏の表情が緩んだ。

「俺ー、はないけどな」
「ないんかい!」
「せめてなんかあれ!」
「ええよ、別になくても。私がともの黒髪好きなだけやし」
「真夏が気付いてたかはあれやけど、関西ジュニアの時に真夏のロングヘアーがめちゃくちゃ評判よかってん」
「嘘!?全然知らん!」
「やっぱり知らんかったんか。みんな好きやったんやで」

そんな話あった気がする。
関西ジュニア時代の真夏は俺の印象では長い黒髪で、ダンスリハが始まるときゅって一つに結んでたな。
今では色は変わってもうたけど綺麗な長い髪で、それを真夏の隣に腰を下ろした神ちゃんが優しく撫でる。

「みんなチラチラ見てたんやで?真夏の髪綺麗やなーって。いっつも真面目な顔してたからクールビューティーな感じに見えてたらしい」
「く、クールビューティー!?真夏が!?あっはははは!」
「小瀧爆笑せんといてや。私が1番爆笑したい」
「俺が入った頃にはそんな感じなかったやろ?」
「その頃にはストイックおばけやったな」
「神ちゃんも見てたん?」
「ん?」

神ちゃんの手に残ってた真夏の髪がさらさら抜け落ちていく。
それをじっと見ながらふとした疑問を投げかけた。
関西ジュニアの中で話題になってた真夏の黒髪はたしかに俺も覚えてる。
まっすぐでさらさらで綺麗で。
それに憧れたジュニアもおったわけで。
ジュニアの中でも1番真夏の隣におった神ちゃんはどう思ってたんやろう。

「めちゃくちゃ綺麗やなって見てた」
「ほんまか!嬉しい!」
「真夏ってまじで髪綺麗。ほんまに羨ましい」
「それはともの自業自得やで。ブリーチしすぎやねん」
「何回も色抜かな好きな色にできへんからな」
「一生黒髪でいてやー」
「嫌」

真夏の髪が神ちゃんの指先でくるくる回る。
同じように神ちゃんの黒髪に真夏の指先が触れて、その距離はメンバーも友達も超えてるように見える。
でもこれが普通なんかな。
どうやろ。
分からへん。
これがもちもんちの距離感なんか?

「ほんまに綺麗やな。長いといろいろアレンジできるからライブの時とかほんまにええと思う」
「それはほんまにそうやけど、衣装変えの度に髪型も変えるの大変やで?裏ではバタバタやもん」
「あー、WESTVは辛かったな」
「藤井P、厳しかったもんなー。舞台出る3秒前くらいまで真夏の髪セットしてたやろ?」
「全部やってくれたから私は楽やったけど」
「ファンの目線に立ったプロデュースやから反応めちゃくちゃ良かったやん。真夏もやったら?しげプロデュース」
「重岡大毅は生きてるだけで最高オブ最高やねんからどうプロデュースしても最高やねん」
「きっしょ」

あ、今度はムッとして嫌そうに望を睨んだ。
それなのに望の興味はもう真夏に向いてなくて、俺の肩にのしかかってきたからなんとか倒れへんようにバランスを取る。
大きい子供やな。
まるでプロレスごっこみたいに望がじゃれてくる腕の間からもう一回真夏と神ちゃんを見ると、まだ2人で髪を触ってた。

「あ、ここ傷んでる」
「嘘やん、結構ケアしてんで?」
「シャンプーなに使ってる?もっと栄養与えてあげた方がええで?」
「えー、でもこのシャンプーめっちゃええ匂いやもん」
「…あ、ほんまや。ええ匂いする」
「せやろ?」
「……あの2人、ほんまに付き合ってないんやろ?」
「お互いを異性として見てないからな」
「神ちゃん、すごすぎる」

真夏に憧れてた関西ジュニアに今の2人を見せてやりたい。
あんなに近い距離で触れて、あんなに楽しそうに見つめられて、それでも好きにならへんなんて。
まあ俺もその1人やねんけど。
憧れて、近づきたくて、触れたくて。
そんな感情を飛び越えて、親友になってしまった1人。



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