指っていうのはこうして絡ませるために変化したの



「ぎゃああああああ!!!!」
「なに!?」
「なんの声!?」

スタジオの外まで響き渡った絶叫に淳太くんと顔を見合わせた。
ヒルナンデス終わりに合流した俺ら以外のメンバーは全員雑誌の撮影に入ってるはず。
今日ってそんなに絶叫する撮影やったっけ?
スタジオに入って見えた光景に、『ああ…』って納得のため息が出た。

「む、無理、ほんまに、嫌、」
「大丈夫やでー、真夏ちゃん、怖くないでー」
「嫌や、帰りたい」

流星に抱きしめられて、っていうかまるで子供みたいに抱き上げられた真夏は涙目でイヤイヤって首を振ってる。
流星の足元には可愛らしいチワワがきゃんきゃん吠えてる。
鳴き声がスタジオに響くたびに真夏がびくって肩を震わせた。
流星が抱き上げてるからかろうじて触れてないけど、少しでも下がれば真夏のつま先とチワワの鼻先が当たりそう。

「今日の撮影って犬と一緒やったっけ?」
「急遽変更になったらしいで」
「真夏ちゃん、さっきからあんなんやから全然撮影進まへん」
「待って、真夏より流星の顔が気になるわ」
「でれっでれやであいつ。たまたま真夏ちゃんの近くにいたってだけやのに」

あー、ほんまや。
真夏を抱き上げた流星は満足げにこれでもかってくらい顔溶けてる。
真夏はもう泣いてしまいそうなくらい限界なのに、追い打ちをかけるように望がトイプードルを抱き上げて近づいた。

「真夏ー、可愛い可愛いトイプーやでー」
「やーめーてー!私トイプーが一番無理やって!嫌!こんといてよ!小瀧!まじで!ほんまに!来たらしばく!」
「どうしよう、真夏がぜーんぜん怖くない」
「小瀧!しばく!嫌やー!小瀧ほんま嫌い!流星助けて!」
「大丈夫やって、犬はなんも怖くないよー」
「怖いってば!!!」
「ほーれ、ペロッと舐めたり?」
「いやー!!!あんたら何年同じグループのメンバーやってん!?知ってるやろだめなことくらい!!!」

真夏の犬恐怖症は一生治らへんかもしれへんな。
ストイックおばけのイメージに反することになっても、周りからどう見られてるかわからへんくらい取り乱す真夏は犬の前くらいや。
流星と望がからかってなんとなく笑いに変えてくれてるけど、ずっと騒いでるとスタッフさんにも迷惑がかかる。
急遽撮影プランが変わることは珍しくないし真夏やって仕事やからしっかりやりたいのはほんまやろうけど、こればっかりはな。
子供の頃から苦手なものをいきなり克服せえっていうのは無理がある。
どうする?ってもう一回淳太くんと顔を見合わせた時、神ちゃんがスタッフさんに話しかけた。

「今日いるわんちゃんで一番大きいのってどの子ですか?」
「え?あのゴールデンレトリバーです」
「じゃあ望月の撮影はその子にしてもらってもいいですか?」
「いいですけど、望月さん大丈夫ですか?大きい犬の方が怖いんじゃ?」
「逆です。小さいほうが苦手なんで」

そうそう、たしか小さい時にトイプードルに追いかけられて苦手になったんやっけ。
大きい子なら大丈夫なんかな。
スタッフさんから受け取ったゴールデンレトリバーのリードを神ちゃんはなぜか俺に渡した。

「え、俺?」
「撮影の組み合わせ見た?今日はきりもちやで」
「そうなん!?まだ見てない!」
「せやから、はい。頑張ってな」
「うわー、まじか…」
「望、そろそろやめたってや。真夏がほんまに泣いてまうで」
「流星もそろそろええやろ。照史に返したり」
「えー、あとちょっと」
「撮影するでー」
「調子乗って触り過ぎや」
「お前に俺の気持ちは一生わからん」

不満そうな顔した流星にそっと下ろされた真夏は犬を避けながら一目散に俺の元へ走ってきて背中にしがみついた。
え、なにこのおいしい展開。

「あ、照史、私ほんまに無理やねんけど!」
「…大丈夫やで」

おいしい展開が来たなら、桐山照史、逃しません。






7歳の私、小学1年生。
近所の友達が連れてきたトイプードルに興味深々で、触ろうとしたらめちゃくちゃ追いかけられた。
雨の日で、ぬかるんだ道を靴下のまま全力で走った。
靴はいつのまにか脱げてたし、全身汗と雨でびしょびしょだった。
その時から犬は本当に苦手。
できるなら近づきたくない。
そんな私の苦い思い出を知ってる照史は、私の左手をぎゅっと握ってくれた。

「真夏、大丈夫やから。触れるって」
「待って、ほんまに怖い、心臓止まりそう」
「止まらへんから大丈夫」
「えー、もう無理やって、怖い怖い怖い」
「大丈夫、俺がおるから。怖いって思うから向こうも怖がんねん。好きって思ったらいける」
「急にバッってきたりせえへん?」
「もしきたら俺が守ったるから大丈夫やって」
「くる前に止めてや…」

カシャカシャ鳴るシャッター音が遠くで聞こえる。
いつもやったらもっと広い視野とキャパで仕事できるはずやねんけど、今はめちゃくちゃ狭い。
座ってるソファと、手握ってくれてる照史と、目の前の犬しか見えへん。
大きい犬一匹ってことが唯一の救い。
他の犬もメンバーも、他の部屋に行ってもうて犬の鳴き声はこの子だけ。

「わん!」
「びっ!、くり、あ、もう無理やって」
「真夏、こっち来て?」
「なんで?」
「ええから」

言われた通りに移動すると、膝が照史に当たる。
セットのソファは広いはずやのにぴったりくっついた私の左側。
横を向けば触れてしまいそうな距離に別のドキドキが私の心臓を壊そうとしてくる。

「あ、照史、」
「俺がこの子と仲良くなるから、真夏はそこで見てて」
「え!?この距離で犬来たらほんまに無理!」
「大丈夫やって。この子が俺に夢中やったら真夏のほうにはいかへんから。な?」
「でも、」
「ちょっとだけ!ちょっとだけ頑張ってみようや」
「…うん」

私やっていつまでも犬苦手なままでいたいわけじゃない。
克服できるならしたいもん。
照史に夢中になってる犬にゆっくり手を伸ばした。

「いける!真夏!頑張れ!」
「さ!触る!」

震えてた指先は柔らかい毛に触れた。
そのまま手を伸ばせば、暖かい感覚と生きてる音。
私、犬に触れた!

「よっしゃ!やったやん!できたやんか!」
「や、やった…」
「もう大丈夫やんな!?」
「この距離ならなんとか、あ!お願い!それ以上は近づかんといて!やめて!待って!舐めんといて!吠えるのはもっと嫌!」
「一回触れたんやからもういけるやろ」
「待ってよ、ちょ、距離の詰め方が流星並みに早い」
「真夏」
「ん?」
「よう頑張ったやん、えらい」

握った手、私の汗でべちょってしてた。
それに気づいて、でも照史は笑ってて、身体熱くなるくらい恥ずかしくて、今すぐにでも離したい。
なのにできなかった。
離そうと少しだけ空間ができた瞬間に、照史が指を絡めてきて、きゅって、まるで恋人みたいに繋ぐから。
そんなことするから、離せなくなってしまった。

「えらいで、真夏」
「照史のおかげやで。ありがとう」
「じゃあ約束。また犬と仕事あった時は、絶対俺と一緒に撮ろう。他のメンバー禁止」
「なんで?」
「さっきは我慢してたけど、流星にちょっと妬いた」
「っ、」
「約束やで」

その約束はきっと果たせない。
だって、いつどんな状況で犬と仕事あるかわからへんもん。
照史やってそれを分かってるのにこうやって言葉にしてくれた。
それが嬉しくて、私もきゅっと指を強く絡めた。

「約束」

約束破ったらまたこうやって手を繋いで、もう一度約束しよう。


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