臆病者の進化論



ハッピーハロウィン。
そんな言葉が1ヶ月くらい前から街に溢れてる。
今やバレンタインの経済効果を越したとされる、海外から少し曲がった理解で伝わったイベント。
各々好きな仮装をして、お菓子を配ってみんなで騒ぐ。
渋谷の大騒ぎを毎年テレビで見ながら、警察の皆さんお仕事お疲れ様です、って気持ちになる。
そんなイベントにあやかって俺たちアイドルもこのシーズンには仮装をした撮影が多くなる。
とはいってもそれ関係の撮影は先月終わらせたはず。

「なにこれ?」

楽屋に置かれたゾンビやら吸血鬼やらの仮装と小道具。
首を傾げた俺にスタッフさんから『前の撮影で使ったものが置きっ放しになってます。すみません』って説明が入る。
全然そのままでもええよ。
俺ら、ここでちょっと休んだらすぐ撮影やし。
メンバーのほとんどは撮影に呼ばれてて、楽屋には俺と真夏とのんちゃんしかおらんかった。

「なあ照史照史、こっちきて?」
「なに?」
「ええから、ちょいちょいちょい、こっち来てって」
「だからなによ」

ニヤニヤしたまま連れてこられたのは真夏の隣の椅子で、さっきまでしげが座っててお茶が置きっ放しになってる。
あの子、どうせ蓋閉めてないんちゃう?
閉めようと手を伸ばせば、台本読んでた真夏が顔を上げた。

「あ、それさっきともが閉めてたで」
「ほんま?さすが神ちゃんおかん」
「さすがやね。でもしげちゃんにもあとで言うとかな」
「真夏言える?言えへんやろしげには」
「言える言える。倒したら危ないしな」
「そうや、っなに!?は!?なにしてるん!?」

フツーの会話しとったら急に望に手首掴まれた。
こいつ力強いな!
ガチャって変な金属音に真夏もこっちを見たけど、その頃にはもう遅い。
真夏の右手首と俺の左手首を繋ぐ金属の丸。
これ、手錠?

「逮捕!なんてな」
「は?」
「なにしてん!?」
「小道具であった!面白いかなって」

とんだ悪戯してくれたな、ほんまに。
俺が左手を動かせばかちゃかちゃ音がして真夏の右手がくっついてくる。
なんやこれ、全然離れられへんやん。

「もー、小瀧、無駄なことでカロリー使わせんといて」
「だって待ち時間暇やん」
「次小瀧呼ばれるからええやん。大人しく待っといて」
「ほら、スタッフさんきたで」

しょうもない悪戯に怒る気力が勿体ないと言わんばかりに、真夏がため息吐いて台本に視線を戻した。
手首繋がれたくらいなんともないか。
別に手繋いでるわけちゃうから、俺もそこまで意識はせえへん。

「ほんなら撮影行ってきまーす」
「ちょい待ち。鍵は?」
「ん?」
「手錠の鍵。外してから行けや」
「んん?」
「んんん?」
「…小瀧、待ちなさい」
「行ってきまーす!」
「小瀧!!!」

これはさすがに怒るわ。
鍵がどこにあるかわからへん状態で逃げた望、手錠で繋がったまま動けへん俺ら2人。
これは、自分たちで鍵探さなあかんな。

「信じられへん」
「あの子、絶対戻ってこうへんから探そうや」
「ほんまに信じられへん!!」
「すぐ見つかるやろ」
「どこ?」

小道具がごちゃごちゃ入った段ボールの中を2人であさり出す。
たくさんある中から小さい鍵を見つけるのは至難の技や。
1個ずつ出して確認するけど、その間も真夏は膨れっ面。

「…ラッキーやって思わへん?」
「なにが?」
「手錠が外せへんから仕方なくーって言い訳できる」

誰に?
自分に?
メンバーに?
誰でもええか。
手錠つけたままそっと指を絡めたら、鍵を探してた真夏の動きが止まる。
一気に赤くなった顔が可愛いな。
こうして手を繋ぐことなんて滅多にないし、意図的に避けてる。
せやから、俺はずっと言い訳を探してる。
ずるいな。
でも言い訳してるって気付いてるくせに抵抗せえへん真夏やってずるい。

「……あ!鍵あった!」
「ほんまに?どこ?」
「あそこ」
「待っ、うわ、」

机とソファの間にキラって光る小さい鍵。
それを取ろうと真夏がしゃがみ込んだけど、手錠で繋がれてるから俺も引っ張られてバランス崩した。
ガタッて揺れた机からお菓子が床に溢れる。
真夏の上に俺の身体が落ちるのはやばいって咄嗟に右手をついたのは真夏の顔の横で、左手は真夏の手を握ったまま。
これはあかん。
床に散らばった真夏の髪と脚の間に着いた俺の膝、吐息がかかりそうな距離。
メンバーがおったら『ドラマかい!』ってツッコミが入りそうなくらい綺麗な床ドンに、真夏がシュッと息を吸い込んだ。

「あ…」
「ごめん」
「私がごめんや。手錠してたんやった」

すぐに起き上がろうと思えば起き上がれるけど、そうしなかったのは真夏が俺から視線を逸さなかったからや。
じっと見つめて、コクって喉が動いて、期待するように唇を開いたからや。
空いてる右手でスッと顔にかかった髪を退ける。
ふにって頬を撫でれば、真夏が諦めたようにため息を吐いた。

「お菓子貰ってへん」
「え?」
「私、照史からお菓子貰ってへん。だから、これは、ただの悪戯」
「っ、」

グッて引っ張られた襟元と一瞬だけ触れた唇。
小学生がするような可愛らしいキスなのに俺を熱くするには十分過ぎる。
そんなんじゃ足りない。
もっと欲しい。
もっと触れたい。
俺からもキスしようとしたら、当たったのは唇じゃない甘い感触。

「飴ちゃん、あげる」

床に落ちてたお菓子の中から拾い上げた棒付きキャンディ。
いつのまに包み紙を開けたのか分からんけど、真夏はそれを俺の口に突っ込んで、何食わぬ顔で起き上がった。
手錠は鍵で簡単に開いて、サッと俺から距離を取る。
なんでや、俺からもキスさせてや。
そう言いたいのに、真夏はシーって人差し指を口元に持ってきた。

「内緒やで」
「……お菓子貰ってもうたから俺からはできへんやん」
「当たり前やろ。いつも、私がやられてるやん。たまにはやり返したる」

返事をする間も無くスタッフさんが楽屋に入ってきて、俺たちの撮影が始まることを告げる。
危なかった。
俺からもキスしてたら絶対見られてた。
真夏はそれも全部分かってた?
飴咥えたままぽけーっとしてたら、真夏は悪戯が成功したみたいに笑った。

「照史、次はどんな言い訳にする?」

言い訳があれば、理由が有れば、俺たちはいつでも触れられる。


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