Air@_水深3ミリの海



視線というのは思いも乗ってるって、この事務所に入ってから嫌というほど実感する。
応援してるっていうプラスの感情も、消えればいいっていうマイナスの感情も、視線を通じて俺に突き刺さってくる。
違和感を感じたのは1か月前。
日に日に強く突き刺さる執着は、もう無視できへんほど俺を蝕んでた。

「ストーカー?」

意を決して切り出したのはレコメン帰りの車中。
淳太くんとマネージャーは眉間に皺寄せてこっちを見た。

「いつから?」
「1か月くらい前から。なんか見られてんなーって感じてはいたんやけど、家バレたみたいでずっとついてくんねん。白い車」
「え、今も?」
「僕が見る限り今はつけられてないと思います」
「マネージャーが送ってくれる時はおらんねん。頭ええみたいで…」
「結構ストレスやろ?」
「だいぶやで」

人に見られるこの仕事をしている以上、避けられへんことでもある。
関西ジュニアの頃にはもっとしつこい人もおったからそれに比べたら今はこうやって車で送ってもらえることもあってマシではあると思う。
でも、怖いことには変わりない。

「直接危害加えられたりしました?写真とかあります?」
「なんも。見られてるだけ。こういうのってなんかされな動けへんやろ?」
「うーん、そうですね。事務所として警告は何回も出してるんですけど…」
「他のグループも困ってるもんな」
「全然なくならないんですよね…」

SNSが発達したことも相まってか、アイドルへのストーカーまがいな行為は後を絶たへん。
俺らがブログで言ってもやめへん人はやめへんからな。
どうしようもない。
それでも今ここで打ち明けたのは、少しでも気が楽になりたかったからか。

「他のメンバーには?」
「まだ。言わへん方がええかなって。皆それぞれ仕事忙しいし。心配かけてまうやん。ここだけで解決できるならそれで済ませたい」
「メンバーやから心配させてやって思うけどな。まあ照史がそう言うなら黙っとく。でもなんかあったらすぐ連絡してな?すぐ行くわ」
「ありがとう」
「なるべく護衛つけたり犯人が分かるように僕らマネージャー陣も対策しますね」
「うん、皆忙しいのにほんま申し訳ない。お願いします」

悪意が俺に向けられてる。
それは俺が嫌いっていう悪意なのか。
俺が好きやからこその悪意なのか。
前者の方がまだいい。
後者の場合はほんまにやばい。
もしメンバーになにかあれば。
真夏に、なにがあれば。
膝の上でこねくり回す俺の指を見て、淳太くんが顔を覗き込んだ。

「大丈夫や。真夏には絶対なんもさせへん」
「…うん」

何も言わへんでもわかってくれる相方がこんなにも頼もしい。
俺の願いはただ一つ。
メンバーが安全に過ごせること。
それだけや。






護衛を強化した。
照史を1人にせんように気を付けた。
怪しい人がいればマネージャーが調査した。
できる対策は全部やった。
それでも、そいつの悪意は止まらへんかった。

「あーもー、なんやねん」

マネージャーから聞いた報告に照史が頭抱えてしゃがみ込んだ。
照史と共演した女優さんが夜道で襲われた。
近づいてきた白い車から女性が降りてきて『桐山照史に近づくな』って怒鳴られたらしい。
不幸中の幸いで転んでかすり傷で済んだけど、まさかこんな被害が出るなんて。

「あっちの事務所へは?」
「ストーカーの件含め謝罪しておいた。向こうも事情は分かってくれて、共演NGとかは特にない」
「ほんまに申し訳ない。俺からも後で謝りに行くわ」
「これどないする?もう無視してられへんやん」
「事務所としては警察に相談する方向で考えてる」
「迷惑かけてほんまにごめん」
「迷惑なんかじゃないって。照史なんも悪くないやん」
「そうやけど…」

はよ解決せな照史がしんどい。
人一倍気にしいでメンバー思いな照史やから、いつかメンバーになんかあるんちゃうかってずっと不安で仕方がないはずや。

「なあ、照史?」
「なに?」
「はまちゃんには話さへん?」
「……」
「照史、結構仕事忙しいやろ。俺も照史も一緒の仕事多いし、なんかあった時に2人とも動けへんってなったらやばいで」
「……真夏?」
「そう。せめてはまちゃんには話そう。はまちゃんやったら守ってくれるって」

犯人は女性、照史と共演した女優さんへの敵意。
狙われるとしたら絶対真夏や。
心配かけへんようにこの件を黙っておきながら守るのは限界がある。
でもはまちゃんやったら、プライベートで遊ぶことも多いから守ってくれるはずや。

「ええな?呼ぶで?」
「……」
「照史がなんて言っても話すわ。ちょ、はまちゃん呼んでくれへん?」
「わかりました」

強引に通した俺を見て、照史がため息を吐いた。
諦めや。
これがきっと最善や。






楽屋から出ていったはまちゃんは、淳太くんと照史と3人で戻ってきた。
マネージャーさんと打ち合わせって言うてたけどなんやろ。
表情を見る限り、ええ感じではない。

「あ、やっと戻ってきた。3人とも、番組からアンケート来てるでー。書いてや」
「ほんま?書く書く」
「皆はもう書いたん?」
「書いたー」

楽屋にある椅子はほとんどメンバーが座って埋まってる。
さっきまで私の隣に座ってたしげちゃんはメイクに呼ばれてここにはいない。
空いた椅子に誰か座るかな?って思ったのに、誰も座らなかった。
最後まで立ってた照史は私に視線も向けずに楽屋の奥に歩いていく。

「もんち、そっち詰めてー」
「え、なんでや、狭いやん」
「ええやんか」
「あっつ、なんでこっち来るん?そっち座りーや」

小さいソファにはともと流星が座ってるのに、照史が無理矢理身体をねじ込ませてる。
あれ?
なんやろ、何か変や。
確かに照史は私と距離を取ることはある。
理由がなければ絶対触れてこうへん。
でも、楽屋で隣に座ることを拒否するなんてことはない。
なんで?
私、なんかした?

「真夏、ペン取って、ってなんて顔してるん?眠いん?」
「え?あ、ううん、大丈夫」

気のせい?


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