AirA_泥水の底で



最近の照史は、明らかに真夏を避けてる。



「望月さんと桐山さん、これで仕事終わりです。送りますね」
「あ、俺メイクさんに用事あるから先に真夏送ってあげて?」
「待ってるで?今日なんも予定ないし」
「あー、どのくらいかかるか分からへんから」
「そう?……ほんなら先帰るな?」



「雑誌のペアって決定ですか?僕と小瀧入れ替えできます?」
「え?できますけど、読者様から桐山さんと望月さんのペアが見たいってアンケートが多くて、」
「小瀧と望月、最近姉弟みたいに仲良いんですよ。めちゃめちゃええ写真撮れると思います」
「そうなんですか?じゃあ…」



「仕事終わりにごはん行く人ー?」
「ごちそうさまでーす!」
「誰も奢る言うてへんわ」
「俺も行く」
「照史は?お肉食べに行こうや」
「俺はええや」
「なんで?もう仕事ないやろ?前も断ってたやん」
「ダイエット中やねん。ほな、おつかれー」
「…おつかれ」



真夏が照史を見てる時は頑なに目合わさへんくせに、真夏が別のとこ見てる時にはじっと真夏のこと見てる。
眉を下げて、心配そうに、見守るように。
そんな照史をはまちゃんも淳太も気づかうように見てるから、お兄ちゃん組しか知らへん何かがある気がしてならへん。

「…なあ、とも?」
「んー?」
「私、照史になんかしたんかな?」

メイク室に作られた簡易パーテーション。
楽屋の中で俺らに交じって着替えられへんからって真夏用に作られた着替えスペースから聞こえたのは、衣装に着替える衣擦れの音と真夏にしては珍しい消えそうな声。
それを聞くのは『時間ないからメイク進めて!神ちゃんは真夏のこと女として見てないから絶対大丈夫!』って淳太にここに押し込まれた俺だけ。

「知らん」
「知らんって!冷た!」
「だって俺照史ちゃうし」
「そうやけどさ…」
「着替え中に出てくんなや」

鏡越しにパーテーションから顔だけ出した真夏と目が合う。
ふくれっ面っていうよりほんまにイラついた顔してて、睨んでる目が怖い。
イラつく気持ちも分かる。
照史はほんまに隙を見せへん。
真夏に声をかけられへんように徹底して避けてる。
今日の収録やって真夏と照史が隣に座るはずやったのに、直前で俺が隣に変更になった。
なんでこんなに避けるんやろ。
付き合ってるわけではない。
好きって言ったわけでもない、たぶん。
それでも2人が特別なのはメンバー全員が知ってる。
俺やって見てて辛い。
照史に理由を聞かな、

コンコン、

「神ちゃん、ちょっとええ?」
「はーい、ええよ?」
「話あるから楽屋戻ってくれへん?」
「OK」
「待って、私もすぐ行、」
「真夏は着替え終わったらそのまま撮影な?」
「え!?なんでや!」
「もうカメラさん準備してくれてるから頼むでー」
「話ってなに?グループの話やったら私も、」
「ちゃうちゃう、そんな真剣な話じゃないねん。しげちゃんがふざけて神ちゃんの服に水溢してん」
「はあ!?しげ、ほんまにあいつ!!!」

って真夏の前ではキレて見せたけど、メイク室出たところにいたはまちゃんの表情見て嘘やってすぐに気づいた。
真夏抜きでメンバーで話したいって、なんとなく予想はつく。
照史が真夏を避けてる理由がやっとはっきりするのか。






真夏ちゃんがおらん楽屋の机の上に置かれた写真に、怒りよりも心配が勝った。
俺もドラマの打ち上げで行ったことがあるごはん屋さんの前の路地を歩くモデルさんと、彼女の手を取った照史。
見たことある私服に眼鏡、完全にプライベート。
恋人に見えなくもないけど、絶対ちゃうって分かってるし疑う余地もない。
照史が真夏ちゃんを悲しませることをするわけない。

「うん、わかった。俺スタジオ戻るわ」
「まだなんも言うてへんやん!?」
「誰か戻った方がええやろ?いつまで真夏ちゃん1人にするん?」
「しげちゃん、その通りやねんけどちょっと待って。照史の話聞いて」

話ってなに?
なんもないやろ。
仕事関係でごはん屋さん行った。
モデルさんと写真撮られた。
それが週刊誌に載るけど事実無根やから無視しろ。
そんだけの話やろ。
めんどくさいなって顔したのは俺と流星と小瀧。
年上3人とさっきまで真夏ちゃんと一緒におった神ちゃんは、怖い顔して立ったまま。

「……あんな、淳太くんとはまちゃんには言うたんやけど、俺、2ヶ月くらい前からストーカーされてん」
「は!?」
「え、マジ?」
「そういうことか…。それは今も?」
「今も」

一気に楽屋が殺気立った。
メンバーを傷つけるやつは誰であろうと許さへん。
俺らはメンバー愛が強い方や。
だからこそ、肌に刺さるような殺気を誰も弱めようとはせえへんかった。

「2週間前くらいに、俺と共演した女優さんがそのストーカーに襲われた。俺に近づくなって脅されたらしい。この写真撮られた日もなんかあったらあかんと思って、このモデルさん、タクシーまで送ってん」
「その時に撮られたってことか」
「事務所はなんか動いてんの?」
「犯人は捉えていますが、まだ捕まえられていません。証拠がないとなんとも…」
「ストーカー捕まえるんって難しいっていうもんな」
「で?照史はなんで真夏ちゃんに黙ってんの?」

真夏ちゃんをここに呼んでないってことは黙ってるってことやろ?
それはなんで?
言うた方がええと思うけど。

「心配かけたくないやん」
「心配するなって言う方が無理やろ」
「真夏のあの性格やで?ストーカー見つけて直接なんか言うかもしれへんやん」
「だからって黙ってるんはちゃうやろ」
「真夏、照史になんかしたかなって気にしてたで?」

照史の考えてることはなんとなくわかる。
真夏ちゃんにストーカーのことを言えば真夏ちゃんはそいつにキレるやろう。
正義感とメンバー愛で、ストーカーから全力で照史を守る。
昔、照史に敵意を向けた先輩から守ったように。
でも照史はそれを阻止したい。
俺らがどんなに真夏ちゃんにも伝えるように言うても、照史は首を縦には振らんかった。
苛立ちを前面に出した小瀧が、持ってた紙コップをぐしゃって握りつぶす。

「俺は絶対言うた方がええと思う。黙っててもええことないやん」
「犯人はもう分かってんねん。あと証拠おさえて捕まえたら終わり。あと少しで終わんねん」
「そっちもそうやけど、この記事はどうするん?」
「これはもう止めた。こんなん出たらモデルさんが危ない。ストーカーに狙われるやろ」
「だったら、」
「真夏にはこの記事のことは説明する。週刊誌に狙われてるから照史とは距離を置くように伝える。それでええやろ」
「それは真夏のためになるん?あいつ、絶対しんどいで?」
「俺は嫌やねん!真夏がメンバー守ろうとして自分が攻撃されるかもしれへんのに戦おうとするのが!」
「ストーカーの件は言わへん。それでええやろ」
「は?ないわまじで」
「照史の気持ちも考えたりって!」

悪意のある視線。
そんなものに怯むような人じゃなかった。
俺らの誰かが怯えようとも、前を向いて笑顔で走り出すのが望月真夏っていうアイドルやった。
だから、全部を話して真夏ちゃんがとる行動なんて簡単に想像できる。
どんな手段を使ってでもストーカーを見つけ出し、怒り、葬ってでも照史を守る。
真夏ちゃんはそういう人や。

「…はあ、こんなん話し合っても埒明かんわ」
「望、」
「俺は賛成できへん」
「俺も無理やわ。確かに真夏ちゃんは戦うかもしれへんけど、黙ってる方が辛いと思うで」
「照史、ごめん、俺もしげとのんちゃんと同じ。真夏にも話した方がええと思う。ストーカーの件話さずに週刊誌の話するって無理やろ。納得せえへんって」
「俺から説明するわ。真夏も分かって、」
「真夏のこと舐めとるんか!?週刊誌載った!ほんまじゃない!でも狙われてるから距離置け!?そんなんで隠し通せるわけないやん!絶対おかしいって気づくわ!週刊誌に狙われるなんていつもことやのになんで今回は、」
「っ怒鳴んなや!!落ち着けって!!」
「淳太も落ち着いて」
「女がおるって怪しまれてもおかしないで。だって照史、好きって伝えたことないやろ」
「っ、」
「しげ!それは言うたらあかんわ」
「そんな奴にこの写真は嘘やって言うて避けられて、それでも真夏ちゃんが黙って照史のこと好きでいてくれると思ってるん?ほんまに舐めてるやん。自惚れんなや」

好きやから、大事やから、壊したくないから。
だから、その想いを言葉にできへん2人やから。
ずっとずっと、言葉じゃないところで通じ合ってきた2人やから。
こんなことで崩れるはずないって信じてるのに、小さな歪みで壊れてしまうほど繊細やって疑わへん。

「照史?」
「……」
「真夏は照史のことほんまに好きやと思う。俺らから見てもそれはわかってる。でも、言葉にしてないっていうのは事実や。それに、……真夏は辛くても隠すのが上手いで?」
「…分かってる」
「俺らに分からへんところで、きっと、1人で泣くで?」

伝えたい気持ちと伝えたくない気持ち。
両方がぶつかって、混ざって、何度もぶつかって、綺麗にはならへん。
皆照史のこと助けたいのに。
真夏ちゃんを守りたいのに。
答えが出ないまま楽屋がシンと静まり返る。
パンって大きな音を立てたのははまちゃんで、叩いた手のひらを開いてにこって無理矢理笑顔を作った。

「はい終了!望の言う通りや。このままやと埒が明かへん。真ん中の案をとる」
「真ん中?」
「真夏には俺と淳太から週刊誌の件もストーカーの件も伝える。で、真夏がストーカーと戦わへんように全力で止める」
「そんなんできるん?」
「そこはもう皆力貸してや。ストーカーは照史に付きまとってるんやろ?せやから強制的に真夏と照史を離す。真夏を止めるし、真夏を守る」
「だからそれは、」
「分かってる!分かってるで望!それは絶対真夏はしんどい!照史やってしんどい!そこで俺らメンバーの出番やろ?」
「俺らで2人を守る?」
「そう!さすが神ちゃん!2人が離れたらお互いにしんどいと思うけど、俺らで守ろうや。その間にストーカーは事務所に任せよう!」
「…それしかないか」
「…せやな」
「照史、それでええ?」
「……うん、はまちゃんありがとう」
「はい!これで決まり!あとは文句なしな?ギスギスするんもなし。ほな淳太、真夏のとこ行こう」
「うん、行くか」

緊迫した空気を少しだけ緩くしたはまちゃんは、淳太を連れて楽屋を出ていった。
あとに残った照史は力が抜けたように椅子に腰かけて、顔を覆って深いため息を吐いた。

「しげ、ごめん」
「いや、俺がごめんやわ。嫌なこと言うた」
「ちゃうねん、俺が真夏に好きって言うてないのは事実やから」
「……なんで言わへんの?」

好きになったのなんて何年前や。
ずっとずっと好きやった。
他の女の子に心が向いたことなんてない。
ただ1人だけをずっと大切にして、理由をつけて触れて、理由がなければ触れることもせず。
照史はどうしたいんや。
真夏ちゃんとどうなりたいんや。

「…真夏は、終わりを考えてしまう人やから」
「…それ、わかるわ」
「始まった、より、いつか終わるんやろうなって考えて、手に入れたものより足りないものを見つけて、だめやな、もっと上にいかなって考えてしまう人やから」
「ライブでもよう言うてるか。……『最後の1秒まで』って」
「俺が好きって言うたら、始まるけど、それはいつか終わるってことやん。最後の1秒まで一緒におるためには、伝えたらあかんねん。…終わってしまうから」

そんなん、ぶち壊してしまえばええのに。
全部無視して言うてしまえばええのに。
そう思うのに言葉には出来へんかった。
誰も照史を否定出来へんかった。
俺も小瀧も流星も分かってる。
真夏ちゃんがそういう人やって、痛いほど分かってる。


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