AirC_太陽を水たまりに沈めて



「桐山さん!さっき捕まりました!」

その声を聞いた途端、ずっと気張ってた身体から力が抜けた。
不安と、恐怖と、どこにぶつけてええのか分からへんかった怒りが全部落ちて、素の俺にやっと戻れた瞬間やった。
ほっとした淳太くんが俺の背中をぽんって優しく叩く。

「捕まったってことは、もう大丈夫ってこと?」
「はい!桐山さんが頑張って耐えてくれたおかげです!家の前の防犯カメラに映ってたのが決定打でしたね!」
「ここって何時に出なあかんの?」
「え?えーっと、3時には出ないと次に間に合わないです」
「あと15分あるな。いけ照史!」

しげにバシって叩かれた背中が痛い。
でも、痛いくらい強かったからそのまま走り出した。
やっと解決した。
しんどかった。
誰かの視線にさらされ続けるのは想像以上にしんどかった。
なによりも、真夏を泣かせてることに心臓張り裂けそうやった。
真夏が涙を見せたのはあの1回だけやったけど、隠すのが上手かっただけ。
きっと、何回も泣かせた。

「照史?どうしたん?」
「15分!」
「なにが?」
「15分!俺にくれ!」

駐車場に向かってた望と流星が首を傾げてる。
俺の言うてること分からへんと思うから、後で来るメンバーに聞いてや。
地下駐車場の黒い車のドアを開けて乗り込もうとしてた真夏ともんち。
もんちの手にある車のキーを指さして、言葉になってない言葉を繰り返す。

「もんち!鍵!15分!」
「照史?何言うてるん?」
「ごめんやけど15分だけ!」
「あっ、」
「なに、うわあ!」

もんちから無理矢理奪った鍵、抱き上げた真夏、そのまま車に入ってドアも鍵も閉めた。

「ちょ、なに?…っ、」

周りの音が聞こえへん。
シートに下ろした真夏をそのまま押し倒して、手を握って、逃がさへんように頬に触れて、唇に噛みついた。
2人っきりになりたかった。
触れたかった。
熱を移したかった。
言葉なんかなくても、俺の“好き”を全部伝えたかった。
何度も何度も重なる唇に最初はびっくりして強張ってた真夏の身体からだんだん力が抜けていく。
息を吸うように開いた唇から舌を入れたら色を持った声が鼻から抜けて、さらに俺を煽る。
ああ、やっと触れられた。
唇を離してじっと瞳を見れば、潤んだまま笑った。

「うはぁ、」
「うはぁって、どんな声?」
「ちょっと待って、だって、さっきまで私のこと全然見てくれへんかったから、急に来るから、びっくりして」
「言うたやん。全部解決したら真夏のとこすぐ行くって」
「こんな、…めちゃくちゃキスされると思わへんかった」
「俺もぎゅってするだけのつもりやったんやけどな。なんか、我慢できへんかった」

身体を起こして乱れた髪を梳くと、やっと安心したように真夏の肩からも緊張がなくなった。
ずっと我慢してた。
触れること以前に、目を合わすことも、名前を呼ぶことも。
今はもう、大丈夫や。

「真夏」
「ん?」
「真夏」
「なに?」
「こっちきて」
「もうきてるやん」
「もっときて」
「恥ずかし、」
「キスさせて」

伝われ。
言葉なんかなくても、俺の気持ち、全部伝われ。
子供みたいな触れるだけのキスを繰り返して、指を絡ませて、噛みつくように触れて、唇を開いて。
溶けそうになる感覚のまま、もう一度、強く抱き締めた。
あと少し。
あと15分だけ、触れさせて。



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