夢を見ないひと



ふわふわ、わくわく、うきうき。
適度にお酒を楽しんだ後の浮遊感が本当に大好きで、特にツアー中のお酒は本当に美味しい。
顔真っ赤にした小瀧の大きな身体を、顔色ひとつ変わってない淳太くんがなんとか支えてホテルの廊下を歩いてる。

「おりゃ!」
「おっまえ、ほんまにやめろ!押すな!お前も支えろ!」
「じゅんたー!」
「くっつかんといて!」
「俺も運んでー!」
「みんなうるさい!ここ廊下や!静かにせえ!」
「お前が1番うるさいねん!」

声の音量も分からへんし、淳太くんに軽く叩かれただけで足がもつれる。
飲みすぎてもうたかも。
でもええか。
楽しかったもん。
メンバーの中でも普通にお酒飲めるメンバーが集まって飲んだら大抵こんなんやで。
あーあー、他のメンバーも来たら良かったのに。
ともとか。
潰したる。

「あれ?私の鍵は?こたきー!返してやー!」
「えー、俺持ってたっけー?」
「持ってたー!返してー!」
「うーん、たぶんこれちゃう?」
「ほなおやすみ!」
「真夏ちゃんおやすみー」
「また明日なー」
「もー行くで。ほんまにええ加減静かにせな、」
「淳太くんおやすみ!!!」
「うるさい!おやすみ!」
「あははは!また明日!」
「もう今日や…、1時や…」

ほろ酔いはいい気分。
嘘。
めちゃくちゃ酔ってる。
ライブ終わってからシャワー浴びたし、すっぴんやし、もうこのまま寝てもええかな。
覚束ない手でやっと鍵開いた。
あれ?
真っ暗や。
真っ暗で出たっけ?
うーん、まあええか。
ベッドにダイブや。
冬なのにお布団がめちゃくちゃあったかい。
最高や。
幸せ。
おやすみ。

「……ねむいー」
「……え、」






まだ覚醒してない頭を無理矢理エンジンかけてフル回転。
加湿器が蒸気を出す音と真夏の寝息が聞こえる。
布団の中に潜り込んできた小さい身体は本能的に熱を求めたのか、仰向けに寝てた俺の腕に抱きついてきた。
ちょ、え、は、待って!?
なんで!?

「も、望月さん?」
「ん、」

あかん、完全に寝てる。
氷みたいに身体を硬直させたまま頭の中で円周率を唱え始める。
歌の歌詞にあるところまでしか分からへんけど。
これ、どういう状況?
今回のツアーは全員が1人部屋を貰ってる。
この部屋の鍵は俺が持ってるし、真夏の部屋は隣のはず。
そもそもどうやって入ったん?
淳太くん達と飲んでたんちゃうの?
まさか、望の悪戯?
でもどうやって?

「うーん、」
「っ、」
「さむい……」

真っ暗闇の中で真夏が俺に擦り寄る音だけが聞こえる。
寝息が首筋にかかって、たぶん俺が思ってる以上にくっついてる。
身体、柔らかい。
いつも見てるだけやった真夏の身体の柔らかさがダイレクトに伝わってきて、これはほんまにやばいかもしれへん。

「真夏?」
「んー?」
「起きてー、真夏さーん」
「……」
「お願いやから自分の部屋戻ってくれ……」

俺の問いかけは効果なし。
起きる気配はない。
ほんまにどないしよう。

「……あきと?」
「っ、」
「が見えるー、夢やわ」

え、今のなに?
ひとりごと?
寝言?
起きてる?
どっちなん!?
この状況で何もせんほうが無理やろ!

ギシッ、

身体を起こして真夏に覆い被さる。
少しでも動けば唇が触れるこの距離で、俺はグッと唇を噛み締めた。
触れるか、触れへんか。
今触れても誰も気付かへん。
世間も、メンバーも、真夏も。
もし触れたとしても真夏はきっと拒絶せえへん。
そもそも真夏から入ってきたんやし。
だからほんまに、これは、俺次第。

「んー…」
「……」
「……」
「あーもー、……キスしたい」

ゴロンって身体をベッドに戻してため息を吐く。
いけるわけないやんいっていいわけないやん。
ここでいけんねんからいまだに好きって言えてへんねんあほ。
暗闇でも流石に目が慣れてきた。
目閉じて口開けたまま、真夏がすやすや寝息を立ててる。
ふにふにのほっぺたに人差し指を軽く突き刺して、少しだけ八つ当たり。

「……起きろや」
「うー…」
「起きて逃げてくれ、頼むから」
「……」
「……襲ってまうで」

ほっぺたに突き刺してた俺の指に、真夏の細い指が触れた。
暗闇の中で視線が交わる。
とろんとした目で、俺を見て、たしかに笑った。 
え、起きた?

「ええよ?」
「っ、」
「いま、ねてる、これは夢やもん」
「……」
「夢やから」

指先から流れ込んでくる熱に一瞬で身体が熱くなった。
熱くなって、欲しくて、ここでいかなければもう二度といけへんかもしれへん。

好きや。

口から飛び出そうになる言葉を全身で塞き止めた。
伝えるなら、触れるなら、真夏が望んでくれるなら。
夢にしたくない。

「おやすみ」

真夏の頭を撫でて首元まで布団を被せ、スマホだけ持って部屋を出る。
さっきのはやっぱり寝ぼけてたんか、真夏は布団に包まったまま。
オートロックの扉は俺が扉を閉めたらもう外からは開けられへん。
これでええ。
夢の中でも、現実でも、真夏には誰にも触れさせへん。

「うーん、淳太くんか望なら起きてるか……」

無理やったらロビーで寝たらええか。






朝から扉を強く叩く音に頭がガンガンする。
誰やねん。
まだ6時やん。

「はい、」
「はまちゃん!!!」
「なんや真夏か」

髪ボサボサやしすっぴんやし明らかに起きたばっかり。
ホテルのスリッパも履いてなくて裸足やし、今にも泣きそうでカードキー握り締めてる。
なんかあったんやろうけど、にこやかに対応できるほど寝起き良くないねん。

「今何時だと思ってんねん」
「ど、どないしよう!昨日のこと覚えてる!?」
「は?昨日しげたちと飲んでたやん。俺先に戻ったから知らんし」
「そうなんやけど!私!お、起きたら照史の部屋におってん!」
「は、え、あー、照史とヤっ、」
「ないから!!!しばくぞ!!!」
「声でかいわ。冗談やん」

廊下でギャーギャー騒ぐわけにもいかへんから真夏を部屋に招き入れる。
混乱した様子の真夏を落ち着かせるために話を聞くと、テンパってる時の俺より支離滅裂や。
淳太としげと望とお酒を飲んだ。
酔った望がカードキーをカードゲームみたいにして遊んでた。
お開きになった時に望からカードキーを受け取って部屋に入った。
起きたら照史の部屋やったけど照史はおらんかった。
置いてあるスーツケースと荷物で照史の部屋って気付いて、テンパって俺の部屋へ駆け込んだ。

「どないしよう、てか、そもそも照史は?どこにおるん?」
「わからへん。何があったんか確認したいやんな?」
「無理かも。確認するん怖いし会いたくないわ…」
「そもそもなんで照史の部屋に入れたん?これ真夏の部屋のカードキー、ん?んんん?」
「なになに?」
「……これ、たぶんマスターキーや」
「え!?」

なんかあった時用にマネージャーさんがホテルから借りてた?
望が酔ってどっかから拾ってきた?
どこで手に入れたかはわからへんけど、マスターキーやったから照史の部屋に入れたんやろうな。

コンコン、

「2人とも、扉開けっ放し」
「え!?」

真夏が珍しくテンパっててそれに俺も引っ張られてた?
開けっ放しやった扉をコンコン叩いた照史は、いつもよりクマが濃いような気がする。
サーっと青い顔した真夏は正座してお腹に手を添えた。

「切腹する」
「なんで!?」
「だって照史ぐっすり寝れてないやん。私のせいやん絶対。絶対そうやん」
「否定はせえへんけど手刀で切腹はやめてくれ」

くすくす笑いながら部屋に入った照史は今度こそしっかり扉を閉めた。
照史の表情見てたら昨日何もなかったことがよう分かる。
正座した真夏の前にしゃがみ込んで、優しく覗き込んだ。

「まあ、昨日のは事故や。ちょっとびっくりしたけどな。もちろん何もしてへんし何もされてへん」
「ごめんなさい。ほんまに、ごめん」
「よう眠れた?」
「うん、布団めっちゃあったかくてぐっすりやった」
「ほんなら良かった」
「照史は?昨日どこで寝たん?」
「望が起きてたから部屋入れてもらったんやけど、ウザ絡みがすごくてあんまり寝られへんかった…。淳太くんの部屋に行けばよかった…」

事故とはいえ2人で過ごせるチャンスやったのに一線を越えることはなかった。
謝り続ける真夏を笑って宥める照史が、真夏に触れることはない。
2人がちゃんと自分の気持ちを伝えられて、触れられるのはまだもうちょっと先みたいやな。

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