「照史」



「ビールってなんでこんなに美味しいんやろう」
「急になんやねん」
「美味しいなーって思って」

ジョッキに注がれたビールと泡の境目をじっと見つめる顔はいつもと変わらへん。
でも少しだけ声が高くて、真夏も酔ってるって分かる。
コンサートの打ち合わせが終わったのが21時。
そっからスタッフさんとごはん行って、お酒飲んで、ちょうどいい気持ちになってきた今。
朝から雑誌の取材受けてラジオ収録してコンサートの打ち合わせして、体力ある言うても真夏はくたくたや。
いつもは凛と伸びた背筋が少しだけ丸くなってる。

「あ、ともからメールや」
「なんて?」
「振付の件」
「返事明日にしたら?」
「そうしようかな。今日もう寝たい」
「寝ろ寝ろ。疲れたやろ。もう12時やで」

いつからか振付を考えるのは真夏と神ちゃんの得意分野。
今日の打ち合わせ内容を神ちゃんに共有してもらって、きっとめちゃくちゃええもん用意してきてくれるはずや。
俺もスマホを見ると、照史から連絡が来ていた。

「中間くん、そろそろお開きにするけどタクシーでいい?」
「ありがとうございます。じゃあ2台、あ、1台お願いします」
「はいはーい」
「淳太の家が先でええよ?」
「なにが?」
「え?タクシー1台やろ?一緒に乗ろうや」
「俺が乗るわ。真夏は別」
「えー、ひどい!私のタクシーも呼んでやー」

不満と怒りが表情に現れてる。
ぐっと怖くなった顔の前にスマホをかざすと、ぱちくち瞬きを繰り返した。

「もうすぐ照史来るって」
「なんで?」
「照史今日休みやったやん?用事終わってこっち参加したかったらしんやけど、もうお開きやから真夏連れて帰ってって頼んだ」
「な、え、なんで?!」
「ちょうどここ通り道やし、2人家近いやん」
「それ、は、そうやけど!待って!あと何分で着く!?」
「5分くらいちゃう?」

バッグ掴んでぴゅっと席を立った。
帰り支度を始めるスタッフさんの間を抜けて駆け込んだのはおそらくトイレ。
あー、この感じ久々やな。
偶然、今日はメンバーが俺しかおらんからわかりやすく気持ちを表に出す恥ずかしさが薄れたのかもしれへん。
俺も帰る準備せなあかんから荷物まとめてると、車のキー持った照史がお店に入ってきた。

「桐山?」
「お疲れさまです」
「なんだよ、来るなら言ってくれよ!2軒目行く?」
「今日車なんです!また誘ってください。淳太くんお疲れ」
「お疲れ。ごめんな、ここまで来てもらって」
「全然ええよ。ここから家近いし。真夏は?」
「たぶんトイレ」
「中間くん、タクシー来たよ」
「すぐ行きます」

タクシーの到着を告げるスタッフさんの向こうから、真夏が戻ってきた。
忙しなく前髪を触る手つきがはまちゃんにそっくりやな。
照史を見つけて申し訳なさそうに眉を下げて両手を合わせた。

「照史ごめん!来てくれてありがとう!」
「ええよー。結構飲んでるやろ?顔赤い」
「嘘やん」

汗ばんでた頬はさらさらに。
色が落ちてた唇はぷるぷるのチェリーピンクに。
ぐしゃっとなってた髪はまっすぐに。
極めつけにお気に入りの香水の香りがふわっと広がった。
明らかにさっきとちゃうやん。
トイレでばっちり化粧直ししてるやん。

「なに食べた?美味かった?」
「鍋!めっちゃ美味しかった!」
「鍋!?ええな!俺も食べたかった」
「今度行こうや」
「俺もおすすめのとこあるからそこも行こう」
「……」
「淳太くん?なに?」

真夏が照史を見上げて照史が真夏を優しく見つめて。
この空気、久々やなーって嬉しくなってもうたわ。

「照史、ええこと教えたろか?」
「なに?」
「照史が迎えに来るって言うたから、真夏、慌ててメイク直し行ってたで?」
「は、」
「っ淳太くん!!!」

カッと頬が赤くなった真夏が俺の腕がバンバン叩く。
全然痛くないし。
照史は照史で口元隠した。
絶対にやけてるやん。

「ほんならまたな。タクシー来てるし」
「う、うん、お疲れ様」
「淳太くん!ほんまにありえへんから!」
「あははは、何点?」
「マイナス200億点!!!」

ありえへん点数やな。
ちょっとからかっただけやん。
他のメンバーがおったら滅多に出さへん、女の子な真夏。
お兄ちゃん組がいれば時々見せてくれる可愛い表情。
たまには俺にも見せてよ。
お店から出る直前に振り返ると、ぷんぷんした真夏の頭に照史が触れた。
そっとつぶやいた声は、微かに俺の耳にまで届いた。

「そういう可愛いこと、普通にせんといて」
「……普通ちゃうし、頑張ってんねん、あほ」
「っ、あーもーほんまに可愛いやつやな」

お店の外に出れば黒い空が広がってる。
あれ?
いつもより星多いんちゃう?
キラキラ光って、綺麗やな。
照史と真夏も、気づいてくれたらええな。

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