それはまた素敵な理屈



綺麗なものを見ると人は思考が止まる。
脳と口が直結して、考えたことが脊髄反射のように言葉になる。
そこに在るのは心からの感情だけで、計算も策略もなんにもない。

「顔がええな」
「…真夏ちゃんさ、久々に俺に会うたら毎回それ言うんやめてや」

リハ室へ続く階段を上ってきたしげちゃんは黒いマスクをずらして苦笑した。
肩にかけたトートバックが重いのかシャツに皺が寄ってるしセットされてない髪はちょっとぼさってなってるけど、私にとってはそれさえも重岡大毅を魅力的に見せる要素に思えてくる。
ほんまに毎日顔がええなって思ってるけど、久々に会うと余計にその綺麗さに目が眩む。
っていうても先週会うたけど。

「ほんまに変やで?汗だくで階段座ってスマホ弄ってる人から急に顔がええって言われるって」
「こればっかりはもう無理やって。だってかっこええんやもん」
「年々キャラ変わっていくな。真面目ストイックで皆に厳しい望月真夏はどこいったんや?」
「年々爆速で魅力的になっていく重岡大毅のせいちゃう?昔のジャックナイフ望月真夏に戻ってほしいんやったらこれ以上かっこよくならんといて」
「無茶苦茶や…」

なんて言うくせに、絶対半分は照れ隠しや。
にっこーって笑えばマスクを口元に戻して視線を逸らした。
ストレートな愛情に照れてしまうのはしげちゃんの照れ屋で可愛いところ。
ツアーに向けたリハはまだ始まったばかり。
全員が集まるまではまだ時間あるけど、何曲か振付を担当する私とともと、全体の演出をする流星は1時間前からここにいる。
リハ室では今も2人が踊ってるはずで、そのことをしげちゃんにも伝えたのにそこを動こうとしなかった。

「どうしたん?リハ室行かへんの?」
「脚どうしたん?」
「あー、ちゅるった」

階段に投げ出してた右膝は擦りむいて皮が剥けて血が滲んでる。
転んだ拍子にちゅるちゅるにワックスかかった床で擦ってしまったからできた傷で、なんて表現したらええのかわからへんから『ちゅるった』って言い方になってしまう。
ヘラヘラ笑う私とは対照的に、しげちゃんの眉間に皺が寄ってる。

「痛そうやん。消毒した?」
「このくらいなら大丈夫やって。あ、そうや、絆創膏貼ろうとしてたんやった」
「なんで忘れてん」
「しげちゃんが来たからあまりの顔の良さに忘れ、」
「あーもー!それはもうええて!このくだり何回するん?……ちょお待ってて。まだ絆創膏貼ったらあかんで。リハ室にええの置いてあんねん」

なんやろ。
片手で私の動きを制したしげちゃんはリハ室の中に入っていった。
しげちゃんとの会話に夢中やったから気づかへんかったけど、今さら傷がじんじん痛んでくる。
こういう小さい怪我はダンスやってたらしょっちゅうやからあんま気にせえへんけど、痛いもんは痛いねんな。
固まり始めた血をじっと見てたら、荷物もマスクも置いてきたしげちゃんが戻ってきた。

「はい、脚出して?これ見たことある?めっちゃ痛いねんけどめっちゃ効く消毒液やねん。跡も残らずに治るらしいからこれ使おうや」
「え、めっちゃ痛いってところがめっちゃ気になるんやけど」
「大丈夫やろ。前に淳太に使ったことあるけどちょっと泣いたくらいやから」
「泣いた!?淳太くんが!?それやばいやつやん!淳太くんって痛みに強い人やで?」
「でも跡残るほうが嫌やん」
「そうやけど、」
「いきまーす」
「ちょ、しげちゃん待っ、…っ!?いったー!!!」

なんやこれめっちゃ沁みるやん!!!
こんなん消毒液ちゃうやろ!!!
無理!!!
これは無理やわ!!!

「頑張れ!耐えるんやストイック真夏!大丈夫や!いける!」

暴れないように脚を抑えるしげちゃんの力が強くて男らしさを感じる。
って無理矢理考えて痛みを感じないようにするけど全然意味ない。
声が出たのは最初だけで、あとは痛みで声も出えへん。
良薬は口に苦しとはこのことか。
しげちゃん、こんなんどこで買うたん!?

「これくらいでええんちゃう?絆創膏貼って、はい!おわり!」
「はぁー、はぁー、はぁー」

あかん。
なんも喋ってへんのに喉潰れたんちゃう?
痛みに耐えられたくて出てきた涙がほっぺたに流れそうやったから拭おうとしたらそれより先にしげちゃんの指が触れた。

「あははは、そんな泣く?」
「っ、」
「やっぱりこれ痛いんやな。ごめんな?でもこれではよ治るって」
「……死刑や」
「は?」
「ときめき過剰供給罪で現行犯逮捕や」
「え、なんて?」
「今のだいっきゃんスマイル、もう一回もらってもいいですか?」
「スマホ仕舞えや、ムービー起動すな」

今の笑顔、円盤で売ってくれませんか?
自担のためやったらいくらでも出すんで。



backnext
▽sorairo▽TOP