Wtrouble



・Wtroubleの世界観でのお話
・メンバーが演じてる






芸術なんて、嫌いや。

「そこのトラック!止まりなさい!今すぐに!早く!」
「いやいやいや!?お前が止まれって!ちょ、あかんて!」
「これが最後の警告や!止まれ!止まらな無理矢理止めんぞ!」
「っ望月!待って!あか、」
「舌、噛みますよ?」
「は?……うわぁっ!?!?!?」

都内の車道をスピード違反信号無視したまま走り続け、危うく民間人を轢きそうになってた派手なデコトラ。
芸術的だと思ってるんか知らんけど派手な装飾とバカでかく垂れ流されたクラブミュージックが私をイライラさせて余計に運転荒くなってもうた。
こんな茶番みたいな逃走劇をずっと続ける気はさらさらない。
併走してたデコトラよりスピードを上げてハンドル切って無理矢理車体を衝突させれば、ドン!って大きな音と一緒にエアーバッグが展開される。
さすが警察車両。
事故に対するサポートばっちりやね。
二台の車はお互いに結構ダメージを受けて車道をゴロゴロ転がり、ブレーキ痕を残してやっと停車した。

「署に連絡お願いします」
「いった、え、腕折れた!?めっちゃ痛いねんけど」
「動いてるから折れてないです。ただの打撲ですよ」
「打撲!?怪我やん!」

横になった警察車両の助手席に上司の大倉さんを残して自分は窓からさっさと脱出した。
ドアは潰れて開かなかった。
スーツに合わせたオックスフォードシューズを踏み鳴らしてデコトラに近づくと、2人の男が気絶してる。
脈ある、うん、死んでない。

「21時25分。スピード違反とかまあその他色々で逮捕。あと、デコったトラックにクラブミュージックの垂れ流しで、芸術の所持を確認。オンラインクラウドセンターへ引き渡します」

芸術が禁止された世界。
どんな人であろうと芸術を私的に所持、楽しむことは禁止されている。
そんな世界になってもう何十年も経つけれど、こうやって芸術を自分のものにしようとする連中は吐いて捨てるほどいる。
だからこうやって見つけて、追いかけて、逮捕して。
キリがなくてもやるしかないんや。
だって芸術が禁止されたからこそ犯罪は減り、人々は安全になった。
警察官の人数も減ったし、なりたい職業ランキングで見かけることもなくなった。
それは、良いことなんや。

「望月!お前何台車壊せば気済むねん!」
「あ、大倉さん、舌大丈夫でした?」
「舌より腕と服やって!あーもーなんでコーヒー残してたん?これお気に入りのワイシャツやったのに全部溢れたやん!」
「えー、私のせいですか?」
「絶対そうやろ!もっと上手く運転せえや!」
「そんなこと言われても…。スタバのコーヒー溢さずにドリフトするのって結構難し、」
「っ!」

びっくりした。
手錠かけた犯人の男はいつのまにか意識が戻ってた。
私の身体を蹴ろうと足を上げたけどその前に大倉さんの蹴りが飛んできて、無防備だったお腹に当たって犯人はまた倒れる。
荒い運転にびびって可愛らしくぷんぷんしてた顔から一変した刑事の顔に頭の奥がビリビリした。

「くそっ!いってえな!」
「悪足掻きすんなや、みっともない」
「俺はWtroubleだぞ!今に見てろ!仲間がお前らに復讐を、」
「はい嘘。お前はただの模倣犯やろ」
「違う!俺が本当の、」
「ただの偽物」
「何言うても無駄やって。Wtroubleが最初に事件を起こしたのは?」
「1年前の4月23日です」
「正解。で、その時からずーっと望月はWtroubleの事件を追ってる。犯行の特徴も犯人像も分かってんねん。その望月が模倣犯って言うてるんやからお前は偽物や」

そう、こいつはただの模倣犯。
アート集団、Wtroubleとはセンスが違う。
彼らはもっと緻密で、狡猾で、センスがあって、何より。
……燃えるように熱い。

「あー、やっときた。……この車両見たら横山くんに怒られそうやな」

遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
夜の闇に消えそうなデコトラは芸術の成れの果て。
衝突の衝撃で壊れたのか、止まってたクラブミュージックがまた流れ出した。

「そんな怖い顔すんなや望月ー」
「普通です」
「普通ちゃうって。なんでそんな芸術嫌いなん?なんかあった?望月の世代ってあれやろ?小学生くらいまではギリギリ禁止されてなかったやろ?」
「別に深い理由なんかないです」
「ふーん、……」
「……昔、友達が紙芝居描いてたらいじめっ子に見つかってオンラインクラウドセンターに通報されて、その友達罰を受けたんですよ。いじめの材料になるくらいだったら消えたらええのにって思っただけです。なんで友達が罰受けていじめっ子がお咎めなしなんか気に入らへんかったし」
「なんや、教えてくれるんや」
「大倉さんが、言わなきゃ二度と焼き鳥奢らへんって顔で見てくるからやん。あ、横山さん来ましたよ。車のことお願いしますね」

芸術は嫌いや。
芸術があるから争いが生まれる。
芸術があるから人々は感情を揺さぶられる。
芸術があるから、聞けなくなった想いがある。
だから、

「うるさいなあ」

全部、消したる。
芸術舐めてる奴は、全員、1人残らず。






「じゃあねー、先生ありがと!」
「こら、敬語使いなさい。教えたこと復習してちゃんとレポート書きや?」
「はーい!またねー!」

あの子、絶対俺の注意聞いてないやん。
でも積極的に研究室に質問に来てくれるのはほんまに嬉しい。
次の講義までまだ時間があるから、先に論文を仕上げてしまおうか。
学生が手を振って部屋を出て行くのと入れ違いで、コツコツ靴音が聞こえた。
聞きなれた音に視線を動かせば、いつも通りピカピカに磨かれたオックスフォードシューズが目に入る。

「また学生さん?相変わらず人気やね、中間教授」
「ばかにしてるやん。まだ教授ちゃうし、准教授やから」
「じゃあ、未来の教授ってことで」
「そのニヤニヤが嫌やわ」

くすくす笑うこの人がゴリゴリの刑事やって誰が気付くんやろう。
望月真夏。
芸術に関する犯罪を担当する、オンラインクラウドセンターも一目置く存在。
テレビでは美人すぎる刑事、なんて特集が組まれたことがあったけど、あまりにも乱暴な捜査に一緒にいた長身の刑事が泣きそうになって慌てふためく姿が全国に映ってしまい、放送事故ギリギリやった。
どこで怪我したんか知らんけど指先に真新しい絆創膏が巻かれてた。
コーヒーを淹れようかってコーヒーメーカーを指さしたけど、首を振って断られた。
どうやら長居する気はないらしい。

「今日はなんの用?また捜査協力?」
「の、お礼です。先月はご協力ありがとうございました」
「お!最中やん!俺これめっちゃ好きやねん!」
「だと思って用意しました。コーヒーよりお茶が合うんよ。ここって急須あるん?」
「…あ!」

マグカップや急須がまとめて置いてるテーブルに向いた視線を止めることはできへん。
乱雑に置かれたスケッチブックはさっきまでここにおったノゾムのものや。
中を見られたら終わる。
そこには俺らWtroubleが描いてきた絵のデッサンが詰まってる。

「……」
「……」
「……」
「急須はあるけど湯呑ないからマグカップでええかな?」
「お、おん、ええけど……、ってええて!俺が自分で淹れるて!」
「いやいや、私も最中食べたいんで」
「そっちかい。俺への気遣いかと思うたやん」
「中間教授、独り身やろ?こんなあっても全部食べられへんって」
「余計なお世話や!せやったらなんで箱で買うてきた、」
「あ、電話。うわ、大倉さんから呼び出しやから署に戻るわ。じゃあね教授!今後も捜査協力お願いしますね!」

バタバタ騒がしい奴やな。
でもノゾムのスケッチブックが見つからんくてよかった。
安心して息を吐いた時、出て行ったはずの望月真夏がひょこっと顔を出してドキッと心臓がうるさい。

「最中!珍しい虹色最中なんでお友達と食べてくださいね!全部で7個あるんで!」

その言葉に意味はあるのか?






「っダイキ!あかんそっちは行き止まりや!」

インカムから聞こえてきた声を無視して走り続ける。
今日の警察の動きはいつもよりしつこい。
どうやらオンラインクラウドセンターから直々にWtroubleの捕獲命令が出てるっていうのはほんまみたいやな。
警備員だけやなくて明らかに訓練された刑事がこの辺一体を張っている。

「リュウセイ!あとどのくらいで描き終わる!?」
「あと2分はかかる!」
「1分で描けあほ!ノゾム、そっち何人や!?」
「3人!」
「死ぬ気で逃げ切れ!誰も助けに行かれへんからな!うわ!」
「ダイキ!?どうした!?」
「警察増えた!ジュンタはよ逃走ルート送って!」
「ちょっと待ってノゾムが先や!」
「こっちは描き終わった!」
「先に戻ってるで!」
「ダイキ捕まんなよ!」
「くそ!なんで俺の方こんなにくんねん!」

どんどん増える追っ手に逃げ切れるか分からへん。
他のメンバーも必死で逃げてるからジュンタからすぐには逃走ルートは送られてこうへん。
このまま突っ走ったら行き止まりや。
どうする!?

グイっ!

「うお!?」

考えすぎてて横から伸びてきた手に反応できへんかった。
俺の胸倉を勢いよく掴んだ腕は細すぎてどこにそんな力があるのかわからへん。
建物の隙間に引き込まれてバランスを崩した身体はそのまま地面に転がった。
暗い視界の中で異様に光るオックスフォードシューズを見て、すぐに走り出そうとした身体から力を抜いた。

「なんやお前か、」
「喋んな。捕まりたいん?今から逃走ルート言うから1回で覚えろ」

ギロって睨まれたまま高低のない声で告げられる逃走ルートを必死に頭の中に叩き込む。
俺がまた走り出せる体勢になるまで数十秒だったと思う。
その間も神経を張り巡らせて俺の追っ手の様子を伺ってて、一度も俺を見ることはなかった。

「無線」
「へ?」
「無線貸しや。全員に聞こえるように」
「お、おお」
「全員聞こえる?2分後に本庁の警察官が来るからそれまでには意地でも撤収するように。あとノゾム、大学に不用意にスケッチブック置くなや。警察に見つかんで」
「やっぱバレてたか」
「あそこ、思ったよりオンラインクラウドセンターのスパイがうろついてる。次見つけたら捕まるで、って逃走中で返事もできへんか。あとで誰かあのあほに言うといてや」
「そんなこと言うて、次見つけてもまた見逃してくれるやろ?」
「しゃーないやん。あんたら捕まったら私も捕まるんやから」

警察であって警察じゃない。
望月真夏が表の顔か、こっちが表の顔か俺にも分からへん。
芸術を嫌い、芸術を守り、芸術を愛する俺たちに協力してくれる存在。
オックスフォードシューズのつま先がやっと俺の方を向いた。
鋭い視線が、ほんの一瞬だけ緩む。

「ダイキ、はよ行きや」
「アジトで待ってんで、マナツ」

Wtroubleのマナツ。
俺たちの、大事な仲間や。






「けーさつがこんなとこでサボってていいんですかー」
「外回りサラリーマンがサボっててええん?」
「ええねんええねん!俺、今月の成績1位やねん!」
「ふーん」

興味なさそうに視線を逸らしてマナツの目の前にアイスを差し出せば少しだけ目が輝いて受け取った。
まだ春や言うてもずっと炎天下におったら暑いに決まってる。
高層マンションに囲まれたこの公園は、ちょうど空いてる時間帯なのか俺ら2人だけやった。
その辺に落ちてた木の枝で砂場に絵を描き始めれば、俺が書いた線を潰すようにオックスフォードシューズが足踏みをしてたちまち絵が消えていく。
ムッとしてマナツを見上げたけど、素知らぬ顔でアイスを咥えてこっちを見てた。
その顔、むかつく。

「なんで消すねん」
「あほ。ここ、あそこのカメラに映ってんねん。今アキトが書こうとしてたん、この前Wtroubleで描いたやつと同じデザインやん。見つかったらすーぐ逮捕されんで?」
「マナツに?」
「もっと怖い本庁の警察に」
「怖っ!それは嫌やな。…って、監視カメラあるなら俺とおったらまずいんちゃう?」
「音声までは撮ってないし、いざとなったら誤魔化せるやん。幼馴染に会うのは犯罪やない」
「あははは、せやなー」

俺らが子供の頃はまだ芸術が禁止されてなくて、自由で、だからこそ犯罪も多かったし喜びも悲しみもあったけど、俺たちは芸術が大好きやった。
音楽も絵も、すべての芸術が大好きで、それは俺たちの気持ちを表現する方法の一つやった。
それが今はなにも残ってない。
俺の紙芝居も、マナツの音楽も。

「あー、呼び出しや」
「上司?」
「ううん、ダイキ」
「え、俺には来てないで?」
「私だけやと思う。なんやろ、ついに自首する気になったんかな」
「なに言うてんねん。もしそうやったとしても逃がすくせに」
「そんなわけないやん。ダイキが芸術諦めるんやったら私はいつでもW troubleを全員逮捕すんで」
「……せやな。あいつが俺らの要やからな」
「ダイキには取り戻してもらわな困んねん。音楽も、歌も、全部」

芸術は手段や。
自分を表現する手段。
それを探して、見つけて、取り戻して。
気持ちを伝え合いたいんや。






工場の入り口に立ってたトモヒロは私を見て目を見開いたけど、ダイキに呼び出されたって言ったら苦笑いして奥の扉を指さした。
そんな顔させてしまうくらい私の顔も歪んでたか?
ダイキからの呼び出しは珍しいことじゃないけど、いいことばっかりじゃない。
薄暗いアジトの中で指先を机に叩きつけるダイキが異様に目を引く。
そんなはずないのに、黒と白の鍵盤が見えた気がした。

「ロック?」
「そう聞こえた?」
「なんも聞こえへんよ。それ、ただの机やで?」
「なんや、つまらん奴やな。ちゃんと魂で聞けや」
「魂で聞いても聞こえへんからWtroubleやってるんちゃうんか」
「あーもー、あー言えばこー言う。反抗期か」
「で?なんの用事?」
「俺と楽しくおしゃべりする気ないん?」
「ない。用件だけ喋って」

あるわけないやん。
そもそも用もないのにここに来ること自体危険やねんで?
アキトと一緒にいた時みたいな言い訳は通用せん。
表向きは警察官と銀行員。
なんの繋がりもない。
机から指を離したダイキはじっとこっちを見つめた。
電球が少ない薄暗い空間でもわかる目の輝きが、重岡大毅じゃなくてダイキなんやって嫌でも実感させられる。

「マナツ、次の作戦抜けろ」
「は?」
「7人でやる」
「あほちゃう?」
「警察の行動パターンはもう把握した。ジュンタでも逃走ルートは作れる」
「警察が毎回同じパターンで動くと思ってるん?」
「もし違うパターンで動いても逃げ切れる」
「…はぁー、ダイキがそこまであほやと思うてなかったわ」
「あほでもええわ」
「私は抜けへん」
「お前な、」
「抜けへん」
「マナツ、」
「警察が私のこと疑ってるからやろ」
「っ、」
「そんなことずっと前から気付いてるわ」

同じチームの同僚も、本庁のお偉いさんも、大倉さんも、私をずっと疑ってる。
尾行がついてたことは1回や2回じゃない。
そんなこと、気づいた上でWtroubleにおるに決まってるやん。
苦虫を噛み潰したような顔でダイキが私の手を掴んだ。
痛くて痛くて堪らなかったけど、振り払わなかった。

「頼む。ここは引いてくれ」
「何度も言わすな。私は引かへん」
「なんでわからへんの!?俺はお前を、」
「守りたいんやったら歌えや!!!」
「っ、」
「私が何のためにここにおるか、思い出せや」
「……」
「まだ歌えへんのに偉そうなこと言うなや」

朝焼けが見える4時過ぎやった。
桜が舞ってて前が見えなくなるほどの花吹雪の中で、彼から必死にこぼれ落ちる歌を一瞬でも聞き逃さないように、私は息を止めてた。
オックスフォードシューズの足音に気付いて振り返ったダイキが泣いてるように見えて。
理由なんて分からへんけど、なんでか、私が泣いてた。
そんな日からもう何年も経つ。
あれ以来、ダイキの歌声を聞いていない。

「あの日のこと忘れんな、あほ」

もう一度それを聞くまで私は芸術を追いかけて、芸術を守り続ける。
ダイキの歌を、守り続ける。






どうしてこうなった。
おかしい、こんなはずじゃなかった。
逃げ切れるはずやったし、こっちの作戦に抜かりはなかった。
どこで計画が崩れたのかもうわからへん。

「ノゾム!三丁目の方行ってくれ!」
「それほんまに合うてるん!?また警察おったら俺もう走れへんで!?」
「もう分からへん!なにかがおかしい!事前に仕入れた情報と全然ちゃう!」
「くっそ!あいつにはよ連絡せえ!」
「さっきからやってるけど出えへん!」
「はあ!?」

なにやってるんマナツ!?
お前の仕事は警察サイドから俺らをサポートすることやろ!?
何日か前にダイキと起こした衝突は思ったよりでかかったんやな。
ダイキとマナツが揉めることなんてしょっちゅうやったけど、マナツと連絡が取れへんなんて今まで一度もなかった。
それどころか、俺らの行動が警察に筒抜け状態でここまで追い込まれてる。
考えたくないけど、マナツが完全に警察側についた可能性だってありえる。
他のメンバーも全員逃げてるけど、いつ誰かが捕まってもおかしくない。

っダン!!!

「っ嘘やろ!?」
「ダイキ!」
「なんや今の音!」

間違いない、今のは銃声や。
誰か撃たれた!?
無線に返答がないのは誰や!?
皆予想外の事態にテンパり過ぎて頭の中ぐちゃぐちゃや。
視線の先に人影が見えて咄嗟に足を止めた。
コンテナの陰に隠れて様子を伺うと、ダイキが腕を抑えて片膝をついてる。
銃口向けてるのは、マナツやった。

「動くな。動いたら撃つ。今度は掠るくらいじゃ済まへんで」
「狙うなら頭狙えや」
「狙うか、あほ。Wtroubleは1人やない。あんた殺したら仲間逃がしてまうやん」
「くそっ、」
「仲間逃がしたいかもしれへんけど、諦めや」

やっぱり警察側に寝返ったか。
一片の迷いもなく銃口がダイキに向けられてる。
いつ引き金を引いてもおかしくない。
緊迫した空気に、無線から聞こえてくるメンバーの焦った声が全然耳に入ってこうへん。
なんで?どうして?いつから裏切ってた?
聞きたいことはいろいろあるのに、言葉にすることすら怖くて対峙した2人を瞬きもせずに見つめた。
メットを被ってるからダイキの表情は見えへんけど、声が震えてる。
確実に動揺してる。

「…なんでなん?」
「は?」
「なんでなん?って、Wtroubleの絵を見た時からずっと思ってた。芸術が禁止されて犯罪は激減して、不用意に感情が揺さぶられることもなくなって、世界は平和になった。平和になるために禁止になったんや。それが幸せへの近道やって判断されたからや。なのになんで?なんであんたらは、そこまでして芸術を追いかけるん?」

引き金に触れる指の力が強くなった。
ギチって音がこっちまで聞こえてきそうで、マナツはもう撃つ気やって分かって、ダイキの前に飛び出そうとしたのにダイキの声で身体を止めた。

「伝えたいから」
「……」
「俺が感じてる嬉しさも悲しさも楽しさも、愛しさも。全部を伝えたいから」
「……そんなん、文字で伝えろや。芸術なんかなくても伝えられる」
「違う。文字でも言葉でも表情でもない。伝える手段にはもっといっぱいあるんや。絵を見た時の高ぶる感情も、音楽で魂が震える瞬間も、……歌で、誰かが泣いてくれる嬉しさも」
「……」
「全部、俺にとっては手放したくないんよ。誰にも奪われたくない。アートは誰のものでもない。制限できるものでもない。勝手に抑制されてたまるか。俺のもんや。俺だけが伝えられるもんや。皆が、皆だけが伝えられるものがあるんや。せやから!……芸術を返せ」

瞬きした一瞬でダイキがマナツの懐に飛び込んだ。
引き金が引かれて撃たれた弾丸はメットの角を割って地面に突き刺さる。
ダイキが銃を弾いた隙にマナツのオックスフォードシューズが弧を描いて思いっきり脇腹に当たる。
よろけながらダイキがマナツの腕を掴んだけど、身体を回転させたマナツがダイキの喉元に蹴りを入れた。
見てるこっちが痛くなりそうな肉弾戦を凝視したままここから動けへん。
こんなに真剣に殴り合う2人は初めて見た。
どっちが強いとかどっちに勝ってほしいとか、そんな感情は沸いてこうへん。
ただ、2人のぶつかり合いを目に焼き付けた。
いつのまにか、無線からは誰の声も聞こえてこうへんかった。

「っなんも変わらへんねん!!!」

荒い息を吐きながらダイキに馬乗りになったマナツは、ダイキの手首を掴んだまま叫んだ。
周りにあるコンテナがビリビリ震えるくらいの声で、マナツの声も震えてた。

「お前らが何をやったって所詮犯罪者や!お前らの想いなんて誰にも受け入れられへん!誰にも求められてない!誰も共感なんてせえへん!芸術は、一生禁止されたままや!こんなんで世界変えられると思うな!」
「……どうやろな」
「はあ!?」
「俺らの芸術を見てどう感じようがどうでもええよ。受け入れへんでもええし、無視したってええし、共感してもええし、一緒に世界変えようとしたってええ。でもな、これだけはほんまやねん」
「……」
「Wtroubleの芸術に嘘はない。せやからみんな、……目かっぽじって見とけ」
「痛っ!?」

気付いたら走り出してた。
思考も戦略もない、ただ、本能的に身体が動いた。
マナツのジャケットのポケットに入ってたボールペンをダイキが抜き取ってそれを振りかざした。
避けようと身体を倒したマナツを振り払ったダイキが伸ばした手をしっかり掴んで身体を引き起こして、そのまま走り去る。

「Wtrouble!止まれ!」

背中にパトカーと、拳銃構えたマナツの上司の姿が見えて苦し紛れにスケボーを投げつけた。
身体は焦ってるのに頭はひどく冷静で、コンテナの向こうにオレンジのメットが見えてそこまで全力で走った。
アキトと合流して無線から聞こえるジュンタの声を頼りにその場から立ち去った。

「…はは、あいつ、ありえへんやろ」

そう呟いた声と緩んだ口元が見えたけど、なにも聞けへんかった。






「な、なんで教えてくれへんかったん!?」
「は?言うわけないやん。あほちゃう?」
「ごめんな?口止めされててん」
「っもう!なんっやねん!!!そこ2人ほんまに嫌い!!!」

大きい声出すなやうるさいな。
ぎゃーぎゃー騒ぐダイキの声を遮るように耳を塞げば、同じことを思ったのかトモヒロがテレビの音量をあげた。
どのチャンネルに変えてもWtroubleのことばかり。
Wtroubleの今までの絵や音楽や行動が取り上げられつつ、それに影響された国民の数多の声。
オンラインクラウドセンターや警察では抑えきれへんほどの大きな渦になって、世界中を包み込んでいる。

「動画配信って、よう考えたな」
「俺らにも言うてくれたら協力したのに!」
「こういうんは少ない方が成功すんねん。あ、こことかアングル最高やね。さすがアキト」
「撮影スポットめっちゃ探したんよ。やっぱりここがベストやったな」
「全然気づかんかったわ」
「リュウセイこん時どこおったん?」
「俺必死に逃げてた」
「嘘の情報流して、警察は全員リュウセイとトモヒロの方行かせてたんよ」
「やっぱりか!俺らめっちゃ大変やったんやで!」
「ふざけんなマナツ!」
「ふざけんな!」
「逃げ切れたんやからええやん」

ああ、またうるさいのが増えた。
ここまで世界を動かすにはいろいろ大変やねん。
ちょっと黙ってたことくらい我慢してや。
私とダイキの殴り合いはアキトがこっそり動画撮って全世界に生配信されてた。
ダイキの言葉を受けてなにも変わらない人もいれば何かが変わって行動を起こす人もいる。
芸術を舐めて生半可な気持ちでこの波に乗っかる奴らは私が逮捕したる。
そうじゃない、本気で芸術を求める人はWtroubleのあとに続いていく。
それで、いつか世界が変わるんや。
たぶん、分からへんけど。
私にできることは全力でやったつもり。

「…なんで黙ってたん?知ってたらペンなんか刺さへんかった」
「言うたら本気で私と殴り合いできた?できへんやん」
「当たり前やん!」
「本気でぶつかったからこの映像撮れたんやで。あと、ボールペン持ってたんもわざとやから。ダイキやったらちゃんと気づいて武器にすると思ってた」
「脚大丈夫なん?」
「ポケットにこれ入れてたから無傷」
「ああ!俺の大学のメモ帳!え、まさかボールペンも!?」
「中間教授の研究室から拝借。ハードカバーのええメモ帳やったらからボールペンをしっかり防いでくれました」
「勝手に盗むな!あと准教授やから!」

最初から全部計算や。
アキト以外に内緒で動いてたことも、ボールペンもメモ帳も、殴り合いも言い合いも、動画配信も、警察が私への疑いを緩和することも、こうやって世界が動くことも。
ダイキが、嫌そうな顔して私を睨みつけることも。

「…なんやねんその顔」
「こっちのセリフや。なんか文句あるんか」
「文句しかないわばーか」
「ばか言うなあほ」
「お!オンラインクラウドセンターのセンター長が会見すんで!」
「ついに政府も動くか?」
「どうやろな、生配信したくらいで一気には変わらへんやろ」
「それでも、俺らはやり続けるしかないやろ」
「せやな。政府がなんと言おうと、Wtroubleはまた次の街へ現れる」
「次、なに描く?俺もうデッサンしてんねんけど」

会見の声が聞こえるようにトモヒロがまたテレビの音量を上げて、皆の視線がそっちに注がれた。
一番後ろの壁に寄りかかってた私には仲間の頭6つが見えてて、残り一つは右からこつんって当てられた。
ゆるく頭突きすんな痛いな。
顔を上げたのにダイキがどかなかったから、至近距離で目が合った。
ぎらって光って、肩がすりって触れる。

「…歌ってたん、ロックちゃうし」
「せやろな。知ってたわ」
「なんやねん、魂で聞こえてたやん」
「あんな、……ラブソング歌うんやったらちゃんと歌えや」

芸術を取り戻すのはいつや。
ダイキの歌が聞こえるのはいつや。
ここに集まった仲間への愛を、私への愛を、歌で伝えられる日はいつや。
まだ足りない。
まだ届かない。
そこに届くのかも分からない。
それでも、そんなの関係ないんやとはっきり言える。
芸術を取り戻すまで、私たちは戦い続ける。

芸術は嫌いや。
芸術がないと、ダイキの気持ちは伝わらないから。
伝えようともしないから。
気持ちを伝える手段を取り戻さないと、ダイキの“好き”は感じられないから。
でも、歌で伝えられたら。
あの桜の日のように、歌を聞いてしまったら。
私はその歌声を一生忘れないんだろう。

だから、芸術を嫌いになれないんや。




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