オールドファッション



狭い店内にガヤガヤした話し声とカウンター越しに香ってくるええ匂い。
開いたメニューには馴染みのないお酒の名前がずらっと並んでて、え、って言葉に詰まる。
種類多すぎちゃう?

「ともなんにする?なんでも美味しいで?」
「ちょっと待って、多過ぎて全然分からへん。そもそもこの名前だとなんのお酒か分からへんねんけど」
「なんのお酒かなんて関係ないて。フィーリングやで、フィーリング」
「怖い。真夏がめっちゃ怖い」
「なんでやねん。怖がらんといてよ。決まらへんなら私と一緒でええやんな?すいませーん!“一気にハイになっちゃよカクテル”をふた、」
「あかんあかんあかん!何考えてんねん!真夏と同じお酒は絶対無理!」
「えー、お酒飲めるようになった言うたやんか」
「俺の飲めるは真夏の飲めるとはレベルがちゃうんよ。同じもん同じペースで飲んだら死ぬで」
「お酒では死なん。大丈夫や」
「その笑顔ほんまに信用できへん。俺は真夏のこと信じてないからな」
「ひどい。私たちもちもんちなのに」
「俺ともちもんち続けたいんやったらちゃんとしたお酒選んで」
「じゃあ、アルコール低いけどめっちゃ美味しいやつにしよ。これ」
「え、これ?」
「読んで?」
「…“きゅんきゅん!甘酸っぱい初恋の味サワー”」
「と、ハイになっちゃうよカクテルお願いしまーす!」
「はいよ!真夏ちゃん今日もありがとね!」
「いえいえ!今日も美味しいの頼みます!」

……ツッコミどころが多すぎて頭追いつかへん!
割とお酒が飲めるようになったって言ったら真夏が連れてきてくれたのがここ、真夏の行きつけのお店。
常連さんが多いのか、個室でもない普通の席に通されたけど誰も騒がないし、真夏は店長さんとも店員さんとも気さくに話してる。
お酒好きの真夏の行きつけだからかとにかくお酒の種類が多いけど、どれも変わった名前だしなんのお酒なのかまったく分からへん。
真夏は言葉通り、フィーリングでお酒を楽しんでるんだろう。
まさか自分がこんなお店に来ることになるとは思わへんかったから、なんかそわそわする。

「あ、来たで。きゅんきゅん!甘酸っぱい初恋の味サワー!」
「何回聞いてもすごい名前やな」
「味は保証する!めっちゃ美味しいで?まあ、アルコール低いからこれはほぼジュースやけど」
「ジュースちゃう。お酒や」
「ほぼジュース。私のはお酒。はいかんぱーい!」
「乾杯」

カツンってグラスがぶつかって、騒がしい店内なのに妙に耳に残って、それが少しだけ俺のそわそわを和らげてくれた。
そういえば、真夏とこうやって2人っきりでお酒を飲むのは初めてかもしれへん。

「はー、美味しい。とものやつどう?飲めそう?」
「うん、美味しい。これやったら全然いける」
「よかった。同じくらいの強さのお酒まだあるから、もっと飲んで楽しんでな?」
「気持ち悪くならへんくらいに楽しむわ」
「ベロベロになっても介抱したるから大丈夫やで」
「俺は介抱せえへんからちゃんとセーブしてな?」
「私も大人やねんから自分の限界くらいわかってんねん。あと私の家近いし、なんかあっても大丈夫」
「それは大丈夫ちゃうやろ。俺は真夏の家入らへんで?」
「えー、なんでや。普通に遊びに来てくれたらええのに」
「照史に申し訳ない」
「気にせえへんと思うで?」
「俺は、自分以外の男が好きな女の家に入ったらめっちゃ嫌やから。自分がされて嫌なことは人には絶対せえへん」
「あはは、ともらしい」

昔から真夏とは仲がいいし、もちもんちって同期コンビでセットにされることも多いし、嫌いだと思ったことは一度もないけど俺にだってルールがある。
真夏を異性として意識したことは一瞬だってないけど、距離感は弁えてる。
俺がなにしたって照史は咎めることはないけど、でも、なにか引っかかっててもストレートに言えへん人やから。
照史はきっとなにも言わへんから。
だから俺は、照史が悲しむことは絶対せえへん。

「ともはいっつもそうやね」
「ん?」
「優しくてメンバー思いでしっかりしてて、なんか、…ちゃんとしてる」
「ちゃんとって、めっちゃふわっとしてるやん」
「んー、上手く言えへん。でも、素敵やなって思うで。そういうとこ、同期として尊敬するし、好き」
「ありがとう」

お酒が入っても顔色は全然変わらへんのに、じっと見つめる長さがいつもより熱くなった気がする。
年齢を重ねるごとに、一緒にいる時間が長くなっていくからこそ、素直に感情を出せへんことがある。
それがメンバーであっても素直になれない、言いたいことが言えない、大人ぶってさらけ出せないことが、たくさんある。
それでもこうやって真夏と2人で話すと素直に感情が出てくるのはなんでやろな。
何を言っても認めあえるって、分かってるからなんかな。

「次なに飲む?私選んだろか?」
「絶対やめて」
「ええやんかー。一口飲んで無理そうやったら私もらうで?」
「それはなんか負けた感じするから嫌や」
「なにと戦ってんねん」
「お酒」
「お酒は戦うもんちゃうでー、一緒に泳ぐものや」
「絶対ちゃう」
「お酒と美味しい料理に囲まれて死ぬんやったらええかも」
「それ、しげと同じやん。あいつニラ畑で大の字になって死にたいんやろ?」
「ファンは担当に似るってほんまなんやな」
「やったら他の部分が似てくれ」

きょとんとした真夏の前に置かれたお酒を勝手に奪い取って少しだけ舌をつける。
……無理やった。
この女、アルコールおばけや。



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