透きとおる季節



「っあ!あとちょっとやったのに!」

プツンって切れたスマホの画面にイライラをぶつける。
スタッフさんから昨日送られてきたダンス動画は結局数回しか見られへんかった。
この後合流するメンバーのダンスに合わせられるか、自信がないままレッスン場の駐車場に車が入っていく。
やっぱりドラマの撮影中に充電しとくべきやったけど、バタバタした現場ではそこまで考える余裕がなかった。
ドラマ、ラジオ、レギュラー番組にライブに向けたリハ。
自分が思ったよりスケジュールはパンパンで、よう頑張ってると思う。
でも俺だけじゃない。
ありがたいことに個人の仕事もグループの仕事もたくさんいただけて、メンバー全員が揃う機会は格段に減った。
そんな中で開催が決まったライブは絶対成功させたいし、心の底から楽しみや。
今からエンジン全開で準備せなあかん。
まあ、そらスマホの充電もなくなるわ。
しゃーないなってスマホをポケットに入れながらレッスン場へ向かう廊下を歩いてたら、真夏の背中を見つけた。

「真夏ー!」
「はひと?おふふぁれー」
「おつかれ」

ダンスの練習着着て、髪を縛ろうとしてたのか黒いゴムを口に咥えてた。
ちょ、やめてや。
急にちょっと色っぽいやん。
ドキッとした俺のことなんて全然気づいてない様子で、真夏はササっとポニーテールを作ってにこって笑った。

「ドラマ巻いたん?8時に来る言うてなかった?」
「一生懸命巻いたんよー、はよこっち来な時間足りひんと思って」
「さすがやな」
「みんな来てる?」
「まだともと小瀧しかおらんよ」
「うわ!小瀧ご愁傷様やな」
「なんでやねん」
「もちもんちとリハやろ?あいつ絶対バテバテやん」
「そんなことないって。水3本空けたくらいや」
「相当やん!」
「しゃーない。いいライブするためやもん」

あははって笑った真夏の瞳がキラキラ光った気がする。
俺より遥かに小さい身体からメラメラ光の帯が伸びて、周りを包み込んでるような感覚。
ああ、今年もこの空気がやってきたな。
ライブに懸けるストイック真夏の闘志が、ピリピリ肌を刺す空気が。
人によってはビビってしまうこのピリピリ感が、俺は大好きやなって思う。
そのピリピリに俺もメンバーも背中を押してもらってる。

「…あ、そうやそうや、真夏」
「ん?」
「充電させてくれへん?ドラマ長くて保たへんかった」

メンバーの誰かは充電器持ってるからリハやってる間に充電したろーって思って真夏に聞いただけやった。
もし真夏が持ってなかったら誰かに借りたらええやって軽く聞いただけやったのに、真夏は歩みを止めて俺をじっと見て、周りをキョロキョロ見渡した。
え、どうしたん?って聞きたかったのに、そんなん聞く余裕なんてなかった。

「っ!?」
「充電」
「じゅ、充電?」
「うん、ぎゅー、で、どうでしょうか?」

恥ずかしそうにはにかんだと思ったら真夏が正面からぎゅーって抱きついてきた。
俺の背中に一生懸命手を回してちょっと背伸びして肩に頬を擦り付けたから、俺も背中に手を回してぎゅーって抱きしめる。
痛いくらいに、強く。
ちょっと寒いくらいの廊下やったのに、練習着越しに伝わる真夏の体温が温かくて、もっと感じたくてもっと身体を密着させた。
なるほど、これが充電ですか。

「…あっぱれです、真夏さん」
「へ?」

勘違いやねんけどなって言うタイミングはあったけど、タイミングを見逃したふりをしてゆっくり息を吸った。






「あ、もんちおつかれ」
「照史おつかれー」
「なあなあ、スマホの充電器持っとる?貸してくれへん?」
「へ!?」
「ん?」
「ええけど…、真夏どうしたん?」
「いや、え、ちょ待って待って待って照史、え、充電器!?」
「うん、充電器」
「……は!」
「気づいた?真夏の勘違いあっぱれやな!」
「なにがやねんな!!!」

タイミング、今やったかな?



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