ねぇ、貴方にとって私って何ですか?
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  • 『ねぇ、恭弥』

    「何? 忙しいんだけど」

    そう言って、手に持っている書類に目を走らせる。

    『来週の木曜日、何の日か知ってる?』

    「秋分の日で休日」

    忙しそうに答える。


    『あのね、……誕生日なんだ』

    「誰の」

    顔を上げようともしない恭弥。

    カリカリ、ズキズキ

    鉛筆を走らせる音と、私の心が叫ぶ音が重なる。

    また、傷が一つ増える……。


    『私の……』

    「ふーん。……それで?」

    『恭弥とどっか行きたいなぁ、なんて……』

    「夢子。忙しいって言ったよね」

    不機嫌そうに恭弥が顔を上げた。

    そんな恭弥の顔を見て私は何も言えなくなる。

    ズキズキ

    ほら、また一つ……。

    ──こんな思いをする位なら

    いっそ、他の誰かの処へ行ってしまおうか──

    私は黙ってうつむいた。

    暫くすると、また、鉛筆を走らせる音が聞こえてくる。



    泣きそうになるのを必死に堪える。

    恭弥は弱い奴は大嫌いだから。
    恭弥の前で涙は見せられないから。


    トンッと


    徐々に積み重なっていたモノが

       傷だらけになって……

    穴だらけになって……


    静かに


        だけど



    大きな音を絶てて


    崩れた。 



    『恭弥は……』

    私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

    「?」

    恭弥が顔を上げる。


    『恭弥にとって……私って何?』

    「夢子…?」

    『ねぇ……分からないよ。教えてよ……』

    「どうしたの?」


    『…なら、邪魔なら邪魔って言ってくれればいいじゃん!! 遊びなら遊びだって、言ってよ!! ……バカみたいじゃん…! 私…バカだよ……』


    堪えきれずに涙がこぼれる。

    今まで我慢してきた涙と気持ちは……


    もう止まらなかった。


    『恭弥に必要とされたいって……一緒にいたいって……そう思う私は、我が儘なのかな?』


    余りにも自分が惨めで笑えてくる。



    『今まで、ありがとう……恭弥。大好きだよ。…それと、……バイバイ』


    私は無理に笑顔を作り、背を向けた。

    「夢子待ちなよ。どういう意味?」


    恭弥がガタッと席を立つ。

    私は振り返らない。

    振り返る事なんて、出来ない。


    フゥ……と息をついて、天井を見上げて一言。


    『もう、疲れたよ。恭弥』




    私は、彼氏と別れた。


    次の日、私は何時も通り登校した。

    昨晩、いっぱい泣いたからもう平気。


    ……大丈夫。


    『おはようございます。……“雲雀先輩”』

    校門で服装検査をしている恭弥の脇をすり抜ける。

    「夢子」

    恭弥が私の肩をぐっと掴んで引き止めた。

    『……ッ!!』

    私は思わず振り返った。

    目が合った。

    『何ですか?』

    私は平常心を保ちつつニッコリと微笑む。

    「何ふざけてんの?」

    『ふざけてなんて……』

    「ちょっと来てよ」


    恭弥が私の腕をぐいっと引っ張った。





    「で? どういうつもりなのか聞かせてよ」

    応接室まで引っ張られた私は、恭弥に質問されてる。

    『どういうつもりって、もう彼女でもないんですから…今更、馴れ馴れしくなんて出来ないです』

    私は困ったように笑ってみせた。

    昨日練習したんだから。

    「…何言ってるの? 許可した覚えないんだけど」


    恭弥が無理矢理唇を奪おうと手を伸ばす。

    『いやッ!!』

    私は思わずその手を払いのけた。

    「…ッ」

    呆然と私を見つめる恭弥。

    『ぁ…』


    私は何故か息苦しくて、いたたまれなくて応接室を飛び出した。

    息を切らせて廊下の壁により掛かる。

    胸がドキドキしてる。


    『やっぱり……好きなんだ…』


    ハハッと自嘲気味に笑いながらクシャッっと前髪をかき上げた。


    でも、もうダメだよ。
    ちゃんと、サヨナラしないと…。



    私は教室に向かって歩き出した。 


    今日は誕生日

    夢子 14歳

    彼氏、無し


    寂しいから、どっか行こっかな。

    こんな日に限って親は二人とも不在、一人きりのバースデーを過ごすハメになった私は、お昼過ぎまで布団の中で丸まっていた。


    顔を洗って服を着替えて、家を出る。

    どこに行くなんて決めてなくて、気の行くままフラフラとお店を見て回った。



    帰る頃にはもう日も落ちていて、家の道に足を踏み入れたら、電灯の下、誰かが家の塀に寄り掛かっているのが見えた。


    見慣れたシルエット。

    黒い猫っ毛に黒い学ラン。

    真っ赤な風紀の腕章が暗闇の中で妙に鮮やかに浮いて見える。

    見間違えるワケ、無いよ。


    『恭弥……』

    思わず口から出た名前、何時も通りの呼び方。


    酷く懐かしく感じた。

    「遅い、どこ行ってたの」

    恭弥がムスッとした顔でこちらを見た。

    『ぁ…』


    どうしよう。
    胸が五月蠅いくらいにドキドキしてる。

    コツ… コツ…
    恭弥がこっちに歩いてくる。

    私はその場から動けずにいた。

    フッと目の前に影

    思わず目を瞑った。



    ────けど。

    次の瞬間

    ぎゅっと恭弥のたくましい両腕が私を包み込んだ。

    私は驚いて目をパチクリさせる。


    『きょ──』

    「どうしたら許してくれる?」

    私の肩に顔を埋めて囁く様に恭弥が言った。

    首筋に触れる、恭弥の柔らかい髪の毛。

    ほのかに香る恭弥の匂い。

    『え?』

    「どうしたら…僕の処に戻ってきて、くれる?」

    そう言って腕の力を少しだけ緩めて、切なげな眼差しで私を見つめる恭弥。


    「夢子……君を…失いたく、ない」

    『…きだ…て、…してるって……』

    震える唇の隙間から絞り出すように声がこぼれる。

    「何?聞こえないよ…。夢子」

    『好きだって、愛してるって…言ってくれたら……』


    一雫の涙が頬を伝う。

    恭弥の表情が驚いた様に強張る。

    それから、頬の涙を掬う様に優しいキスが落ちてきた。


    「愛してる…夢子。世界中の誰よりも、君のことが好き…だから、もう一度…」


    そう言うと、今度は唇に口づける。

    フワリと優しい恭弥のキス。


    涙が出そうな位嬉しくて、私も恭弥の背中をぎゅっと抱き締めた。

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