バカなあいつ、バカな私
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  • 「さあ! 諸君には私のサイン入りの『私はマジックだ』を差し上げようではないか!」

    彼はギルデロイ・ロックハート。
    手柄を立てた他人の記憶を抹消し、その手柄を自分のものとして著作に載せることにより、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員になり、勲三等マーリン勲章を授与される等の名誉を得た愚か者だ。

    忘却術だけが取り柄のバカ。

    そんな彼は今、ホグワーツで教師をしている。


    そして、彼の馬鹿げている行いを知っているのは私とダンブルドア校長だけであろう。

    私とロックハートはホグワーツの学生時代の知り合いだ。
    お互い寮が同じレイブンクローであった為、ある程度仲は良かった、と思う。

    再会したのは最近。
    ロックハートが人の手柄を横取りし、自分の物としているのを知ってからは10年程経っていた。

    因みに、私はダンブルドアの好意でフェルチの手伝いをしている。

    ダンブルドア曰く、アーガスも年じゃからのぉ。後見人も必要じゃろ。だそうだ。

    「おや? 夢子、こんな所でどうしたんだい? もしかして君も僕のサイン入りの新刊が欲しいのかい?」

    本当に、こいつはバカだ。
    お前のせいで廊下が塞がっているのが分からないのか。

    『私がいつそんなものを欲しがったって言うの? 貴方の下らない本なんか要らないわ。それから、廊下を塞がないで頂けますか? Mr.ロックハート』

    「ロックハートだなんて、君と僕は同級生じゃないか! 遠慮なくギルと呼んでも良いんだよ?」

    ウインクを飛ばしながら言う彼に、若干苛立ちながらも生徒が居る手前あまり強く言えないで居た。

    彼に何かを言えば、黄色い声援を送る彼女達に嫌われかねない。
    既にロックハートが馴れ馴れしく話しかけてきたせいで彼女達は機嫌が悪い。

    『さあ、貴女達も、そろそろ次の授業が始まる時間じゃないかしら? 減点されないように向かわないと』

    生徒達には愛想良く。
    ホグワーツの情報網は怖い。一部に嫌われると直ぐに広まっていく。ポッターを見ていて実感させられる。

    「では君達、夕食後に取りに来なさい。用意して待っていよう」

    彼女達にウインクをし、また黄色い声援を浴びながら嬉しそうに手を振る。

    生徒達がいなくなり、廊下には私とロックハートのみになった。

    『ギル、いい加減に芝居をするのは辞めたらどう? 貴方には貴方なりの活躍のしかたがあるはずよ』

    「何を言っているんだい、夢子。私は私のやり方でこんなにも活躍しているではないか!」

    『自分の行いでは無いでしょう? 貴方は何も分かっていないわ。後々後悔するのはギル、貴方なのよ?』

    ナルシストで事故中心的な彼の行いが世間に知れてしまえば、必ず痛い目を見るだろう。
    自業自得なのかもしれないが、これ以上罪を重ねてしまえば取り返しがつかなくなるかもしれない。

    「私を心配してくれているのかね? でも大丈夫! 私はギルデロイ・ロックハートだからね」

    『……はぁ』

    深い溜め息。
    私の幸せはギルのお陰で逃げまくりである。



    そして、この会話から何ヵ月か経ちジニー・ウィーズリーが連れ去られ、ハリー・ポッターとロナウド・ウィーズリー、そしてロックハートが秘密の部屋に入り、ポッターが若き日のヴォルデモート卿否、トム・M・リドルを破った。

    帰還した4人は直ぐに医務室に運ばれ、そこで私が見たものは、何もかもを忘れてしまったギルデロイ・ロックハートだった。

    執行がバレて捕まるよりも恐ろしいことになっていた。
    ウィーズリーの折れた杖を使ったせいで忘却術が逆噴射したとポッターから教えて貰った。


    『……だから、言ったじゃない』

    ベッドに横たわるギルを見つめ、自分の物とは思えない程弱々しい声が出た。

    ダンブルドアに話を聞かれた後、彼は医務室で眠っている。
    マダム・ポンフリーが言うには聖マンゴ魔法疾患障害病院への入院が必要との事だ。

    自負していた忘却術で、自分がやられるなんて本当に馬鹿げてる。

    『有名になりたいって理由でこの羽目よ? って今の貴方には何を言ってもわからないのよね』

    「……ん」

    起こしてしまった。
    寝ぼけ眼で辺りを見渡す。ベッドの横に座る私と目が合う。目が合った瞬間、彼の目が少し見開かれ、突然私の頬に手を滑らせた。

    「何故、泣いているんだい? ……夢子?」

    『っ……、ギルッ! 私の名前を……』

    彼に言われるまで泣いているなんて気付かなかった。
    でも、今はそんな事より彼の記憶が戻った……?

    「ふむ、私が誰だか分からないが、君の事はなんとなく分かる気がする。それで、どうして泣いているんだい?」

    それはある意味絶望的だった。
    嬉しさもあるが記憶が戻った訳ではない、そして、私の好きなギルは此処に居ないという事。

    『嬉しくて、悲しくて泣いているのよギルデロイ。貴方はギルデロイ・ロックハート。こんな事で自分の気持ちに気付くなんて最悪よ』

    「自分の気持ちって何だい?」

    秘密の部屋に行ったと聞いた時はあり得ないと思った。彼は臆病者で危険な目に遭うことは絶対しないからだ。
    死んでしまうと思った。石化ではなく、今度は確実に被害者が出てしまうと思った。

    しかし、殺されはしなかったものの、これから一生聖マンゴでの生活を余儀なくされるかもしれない、その考えが彼の事を大切だと思っていたのだと気付いてしまったのだ。

    『ギルデロイ、私は貴方が好きよ。どんな人であろうと、記憶が無くてもギルが好き……』

    正直顔を見れない。
    今まで素っ気なく接してきた。彼はその事を覚えてないとしても、私は彼の目を見て告白するのが怖かった。

    「夢子……、私は自分の事すら忘れてしまったようだ。だが、君の事は何故か覚えてる。私も好きだよ夢子」

    ギルの言葉に治まっていた涙がまた溢れだした。

    『毎日、お見舞いに行くわ。退院出来たら一緒に暮らしましょう? 私が一生養ってあげるから。だから、全て思い出して……っ』

    ぼろぼろと涙を溢しながら、嗚咽混じりに言葉を紡いだ。

    「何か、プロポーズされてる気分だ」

    『プロポーズしてるのよ、バカ……』

    照れて言った冗談なのか、本気でわかっていないのかは分からないが、彼の浮かれ顔に安堵する。
    少し涙が引っ込んだ。

    「では、私からも。必ず記憶を取り戻すと約束しよう。愛しているよ夢子、私と結婚しよう」

    『はい……っ』

    精一杯の笑顔を彼に向けて返事をした。
    彼の記憶が戻り、幸せな家庭を築ける様に。彼の罪を私も背負う事を厭わないと。



    バカなあいつ、バカな私

    (好きになってしまうなんて、バカな私)

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