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36 麗しの頭目



 潮風に乗って運ばれるいい匂いにつられて、エルとマッシュ、セリスの一行はパブにいた。ニケアに入り、まずはお腹を満たそうということだ。

「久し振りだな。前はカイエンとガウとエルとで来たんだよな」

 懐かしいな、とマッシュは店を眺めた。
 世界が崩壊しても、ニケアは少しも変わっていなかった。見知った場所だけに、マッシュは少し嬉しくなる。マッシュは焼きたてのパンを一口ちぎって口へ放り込んだ。

「そうそう。ナルシェに向かう途中だったね」

 エルはマッシュに相槌を打ちながら、もぐもぐと口を動かす。魚介のパスタをフォークに絡め、ひたすら口へ運んだ。色気よりも、食い気が大幅に勝っている。

「へえ。ナルシェということは、私たちが出会う少し前ね」

 セリスはスープを掬った。上品に口へ運ぶと、ポタージュの優しい味に思わずうっとりする。
 出てくる料理は相変わらずどれもおいしかった。モブリズから野宿続きだった3人は、久しぶりのまともな食事に舌鼓を打つ。

「ああ、そうだな。あの時のカイエンは大変だったなあ」

 マッシュがそう言うと、セリスはカイエンにいきなり名指しされた上に切りかかられそうになったことを思い出した。帝国の将軍だった自分のしてきた事を鑑みれば、自分に対してカイエンのような思いを抱く者はいくらでもいるはずだ。

「ねえ、そう言えば。タニマがどうとかって騒いでたよね。あれ、何だったの? 」
「……タニマ? 」

 感傷に浸りつつあったセリスは、思わず口に含んでいたスープを吹き出しそうになった。そのままごほごほとむせかえる。

「おい、大丈夫か?! 」
「だ、大丈夫……」

 ゼイゼイしながらセリスは返事をし、エルは苦しそうなセリスの背をさすった。セリスは少し涙目になっている。
 マッシュはおろおろしながらも、おおまかな経緯を話した。

「あ、あのいかにも堅物そうなカイエンが、タニマですって? 」
「ああ、それな。この店には踊り子がいるだろ? 」

 マッシュが親指で彼の斜め後ろを指すと、セリスはその先をちらりと眺める。色も露出も激しい派手な格好をした踊り子の女が数人、店内をうろうろしていた。

「ちょうどエルが席を外してた時でさ、男ばかりのテーブルだと思ったんだろうな。俺達に声をかけてきたんだよ」

 マッシュはまたパンをちぎって口に入れた。バターの風味と軽い塩気がたまらないと、マッシュを唸らせる。

「でさ、俺達が相手にしないもんだから、向こうがしびれをきらしてタニマを見せびらかして来たんだよ」
「すご……」

 エルの目は点になり、セリスのスプーンからは、掬ったスープがこぼれる。セリスはマッシュの話ですっかり固まってしまった。

「そしたら『つつしみを持て』とか『ふしだらだ』とか、カイエンさんが怒っちゃってね。その踊り子に説教が始まったわけ」

 マッシュはパンを飲み込むと、グラスに入った水をぐいと飲み干した。

「で、その時に俺がタニマに動じなかったもんだから、何で俺は平気な顔でいられるんだってカイエンに不思議がられてさ。まさか男が好きなのかとか言われて、散々だったよ」

 マッシュは「俺にそういう嗜好はない」とか、「修行の賜物なんだけどな」などと言いながら苦笑いして、小さくなった残りのパンをパクリと食べた。

「へえ、そういうことだったの」

 エルはその時のことを思い出しながらまたパスタを頬張った。添え物のトマトにフォークを刺した時、隣のテーブルの会話が不意に聞こえて来た。

「フィガロ城が砂に沈んだままになっているらしいぞ」

 三人は思わず手を止めて、顔を見合わせた。そして、隣のテーブルに視線を向ける。そのテーブルでは、中年の夫婦と見られるカップルが食事していた。
 夫の方はターバンを巻き、商人風の格好をしている。マッシュは席を立ち、彼らに声をかけた。

「すまないが、ちょっといいかい? さっき、フィガロ城が沈んでるって、聞こえちまったんだけど……本当なのか? 」
「え? ……ああ、そうらしい。フィガロ城の牢に捕まっていた盗賊が脱出して、今はニケアにいるらしいとのもっばらの噂さ」

 今朝、自分の取引先の主人から聞いた話だと商人風の夫は続けた。
 マッシュは苦い顔をした。本当ならばすぐにでも助けに行きたいところだが、砂の中ではどうしようもない。

「ボスがまたすごい色男らしいわよ。口説かれて喜んでいた人がいたわ」

 マッシュが思わず黙り込んでいると、奥方も話してくれた。どこかで聞いたような話に皆目する。

「……なんだって? 」

 あいにくこの夫婦はこれ以上の情報を持っていなかったが、次にすべきことが決まった。マッシュは夫婦に礼を言い、エルとセリスの元へ戻る。三人は早々に食事を済ませ、その盗賊達を探すことにした。

 さあ店を出よう、というときにエルは一人の男に目を付けた。
 男はくすんで汚れたバンダナを頭に巻き、決して良いとは言えない人相をしている。短剣を腰に指して行儀悪くカウンターで飲んだくれる男は、どう見ても盗賊然とした風貌だった。
 もしもこの男が件の盗賊の一味だとしたら、何か情報を引き出したいところだ。セリスが近づき、声を掛ける。

「ねえ、お兄さん。飲んでる? 」

 セリスは壁際に座る男の反対側から彼の顔をのぞき込んだ。男はセリスを見た途端、もともだらなしなかった顔をさらにニヤニヤさせた。

「おう、昼間っから飲むのは気分がいいぞう。キレイなお姉ちゃんと、もうすぐお宝も手に入るし、最高だあ」

 男は時折ヒックヒックとしゃっくりをしながら喋り始めた。すでに呂律がまわらないほど飲んでいる。
 セリスの腰を抱こうとする男を、セリスはさり気なくかわした。代わりに彼のグラスにさらに酒を注いでやる。男はすぐにグヒクビと飲み干した。
 エルの読み通り、男はやはり噂の盗賊の一味のようだ。加えて男はすっかり酔っていて、聞いてもいないことまで一人でぺらぺらとしゃべる。
 マッシュもやってきて、適当におだててやると気を良くしてまた喋る。話を聞き出すのは簡単だった。

「明日はフィガロに乗り込むんだぜ。俺達の宝がフィガロ城の倉庫にしまってあるからな」

 酔っぱらった男は、グラスを傾けながら得意げに話す。マッシュが相槌を打ち、セリスが酌をしてやる。エルがおおげさに盛り上げると、ますます調子よくしゃべった。

「へえ。でも、どうやって入るんだい? 砂の中なんだろう? 」
「牢屋がぐうぜん大ミミズの巣につながったんだ。そこを通って地上まで出てきた。今度は俺達だけが知っている秘密の洞窟からフィガロ城に乗り込むのさ」

 男は真っ赤な顔をして、「どうだすごいだろう」と言わんばかりに胸を張った。

「へえ、すごいね。ところでボスってどんな人? そんなすごいことができるんだから、きっと素敵なひとよね」

 エルが質問すると、男はまた自慢げに話す。すっかり上機嫌だ。

「前のボスはあの日に死んじまったよ。今はこの町で出会ったジェフがボスさ。男の俺からしてもいい男でさ……」

 そこまで言うと男は寝てしまった。カウンターに突っ伏して、いびきをかいている。
 幸せそうに涎を垂らす姿に三人は目配せして、男からそっと離れた。

 三人がパブを出てしばらく町のバザーを歩いていると、先の盗賊の男が複数の仲間達と共に歩いていた。彼らの歩く方向からすると、船着き場へ向かっているらしい。三人は盗賊たちの後をつけた。
 盗賊達がフィガロ行きの船へと乗り込むのを確認すると、マッシュたちは一旦船着き場から出た。
 出航までにはまだ時間があるが、ボスと思しき人物は見あたらない。

「もう少し町を探そうか。ボスってのがどうも気になるし……」

 マッシュの言葉に、エルとセリスも同感だった。何より、商人の奥さんから聞いた話には心当たりがありすぎた。
 女性と見るや口説きまくる人物などそういないし、口説かれた女性達も喜んでいる。さらに、出会ったばかりの盗賊達に頭目と認められるほどのカリスマ性を持つ男など、一行が知る限り一人しかいない。
 するとその時、マーケットで買い物をする一人の男がセリスの目に留まった。
 大きなチェーン柄のいかつい派手なシャツに、嫌味なほどぱりっとした外套を羽織った、いかにも堅気ではない服装だ。だが、立ち居振る舞いはどこか高貴で、隠し切れない上品さがにじみ出ている。

「ねえ、見て。あの人……エドガーそっくりな人がいるわ」

 セリスが指さす男を、マッシュとエルも目で追った。
 男は店先の女性に声をかけている。女性は頬を染め、まんざらでもない風だ。すっかり見慣れた光景に、三人は懐かしさを覚えた。
 さらに、男はあの見事な金髪ではないものの、姿形は正しくエドガーそのものだ。少しくすんだ銀髪を低い位置に2ヶ所をリボンでまとめてあった。これも見慣れたいつものリボンではないが、盗賊にしては少々洒落すぎている。少なくとも、派手な柄のシャツにはあまり似合わない。
 三人は見失わないうちに、エドガーによく似た男を追いかけた。


20171026
長くなりそうなのでここで一話とします
大好きなイベントの一つです
もう一人で良いとこ持って行きすぎ!と、子供心にもかっこよすぎて鼻血が出そうでした
ちなみに、そうしてできたのが短編「世界の片隅で」だったりします


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