掌のうえで踊りましょう







act 1.

 そのまま彼が向かった先はマンホールの中だった。軽々とマンホールを持ち上げた轟は、私の代わりにボストンバッグを背負って地下へと降りてくれた。

「……クサい」
「捕まるよりはマシだろ」

 下水管の内部はむわりと臭いが立ち込めていた。汚水と分けられ、雨水だけが流れる位置に降りることができたのが不幸中の幸いだ。
 ボストンバッグからスマホを取り出し、懐中電灯をつける。轟はスマホのアプリを使って方角を確認すると、ゆっくりと歩きはじめた。

「情報整理するか」

 先導している轟の提案に二つ返事で応じる。

「私はジーニスト伝いでエンデヴァーからの依頼を受けた。内容はエンデヴァー事務所に内通者がいて、その人物について知ってしまったサイドキックを奪還、身柄を保護すること」
「……かなり似てんな。俺んとこもエンデヴァーから依頼受けた。俺の場合は直接だったが……それで、何者からか狙われているサイドキックを護衛することだった」
「ダブルブッキング?」
「にしてはやり過ぎだ。戦争すんのかってくらいプロヒーロー集めてただろ」

 情報を整理してみても、やはり不可解なことが多い。大きな違いとしては、あの倉庫を敵陣だと認識していたか否かだ。
 敵陣だと認識していた私はその場からサイドキックを連れ出したし、味方陣営だと認識していた轟はサイドキックを連れ戻そうとした。そこにはエンデヴァーから直接依頼受けているかが関係しているはずだ。
 二つの事務所に依頼したものの伝達ミスがあり、それにより衝突が起きた──という可能性も考えたが、コテージでの一件をおもうと、それは考え難い。

「指輪の件も、まるであの状況を作り出すためみてぇだ」

 コテージに到着するまでの間に口封じをする機会はいくらでもあったはずだ。指輪の件も踏まえると、私と轟を二人まとめて始末しようとしている人物がいるようだ。

「ジーニストから貰ったんだよな?」
「昨日仕事に行った時に直接渡された」
「昨日? それって何時頃だった?」
「確か爆豪が来たのが9時50分頃だったから……それから10分以内のことだとは思うけど」

 私の返答を聞いてから、轟はぽつりとこぼした。

「おかしいな」
「何が」

 ひとりで話を進めていく轟に苛立ち、つい尖った声で聞き返してしまった。

「ナマエの記憶が正しければ、指輪のやり取りがあってものの5分で記事にされてるってことだろ」
「記事って……?」

 記事とは何のことだ。指輪のやり取りを知るのは事務所の中でも一部の者のみ。それが記事にされているというのか。
 轟のスマホの画面には、ジーニストから指輪を受け取る私の姿があった。写真と共に『ベストジーニスト結婚秒読みか』と大きく見出しがつけられている。

「ナマエと喧嘩した時、親父から電話があっただろ。それがこの記事に関することだった。ネット記事にしかなってねぇみたいだが、掲載時刻は9時55分になってる」

 私が家を出ていく前のやり取りを言っているのだろう。轟はエンデヴァーからこの記事について聞かされ、私とジーニストの仲を疑ったらしい。
 私がジーニストから指輪を受け取ったのは9時50分から10分以内の出来事だと記憶している。9時55分に掲載されたということは、この記事は5分以内に書き上げられたものということになる。
 あまりにも迅速すぎる。まるでこうなることを予測して、備えていたみたいだ。

「この角度……観葉植物か。事務所の内部にカメラが仕掛けられていたみたい」
「誰かが陥れようとしてんのは確かだな」

 写っている部屋の様子からして、カメラが仕掛けられていた位置は、部屋の隅に置かれた観葉植物の中だと考えて良いだろう。そう話せば、轟は疲れた様子で目頭のあたりを押さえた。
 ジーニストだけでなく、エンデヴァーまでもが噛んでいるかもしれないのだ。父親が敵側に加担しているかもしれないなど考えたくはないだろうに、それでも現状が考えざるを得ない状況にしている。

「でも、だからといって何で爆豪たちまで?」
「それは俺も引っかかってた」

 爆豪、上鳴、切島たちが襲撃をしてきた理由が分からない。疑問を口にすれば、轟も頷いた。

「爆豪は絶対に敵側に寝返ることはないだろう。騙されるとも思えない。それは他の奴らもだ」

 いくら金を積まれても彼らは正義を曲げないだろうし、聞こえの良い言葉で騙されるとも思えない。考えられる可能性は──

「……操られてる?」
「個性か」

 ジーニスト、エンデヴァーも含め、彼らが何者かの個性で操られていたとしたならば全て辻褄が合う。

「あの人数を一斉にコントロールできるなら、自分の周りもヒーローで固めて護衛させてるよね」
「個性の使用者を探すには時間がかかるし、何より突っ込んでいくのは危険が高い。個性の効果を抹消したほうが早い」

 コントロールする個性とは厄介だ。発動条件も分からない状況で安易に使用者に近づくのは危険だ。個性で支配されたヒーローたちを解放することが先決だ。

「目指すは」
「イレイザーヘッドのもと」
「雄英だな」

 考えは同じだったようだ。雄英を目指すといった轟に頷き返す。

「ここでするのか? さすがにもう少し落ち着ける場所がいいんだが……」
「年中発情期か! シャツ返そうと思っただけ」

 シャツのボタンを胸元まで外し、頭から抜き去る。その様子をみた轟はあたりを見渡してから躊躇いがちに口を開いた。どうやら私が誘っていると勘違いしたらしかった。

 ヒーローに追われて、逃げ込んだ下水管で行為に及ぼうだなんて、もの好きにも程がある。そのような人物に思われていただなんて釈然としないが、このようなことで揉めても仕方がない。
 シャツを投げつければ、それをいとも簡単にキャッチした轟は「悪りぃ」と平坦な声で言った。

「裸はマズいだろ」
「着替え、その中に入ってるから」
「なるほどな」

 これから戦いにいくというのに裸で臨もうだなんて考えるはずがない。ボストンバッグを指差しながら説明すれば、納得したように頷いた轟はボストンバッグを渡してくれた。

 それぞれ身なりを整えてから、下水管をさらに進んだ。
 かれこれ一時間ほど休むことなく進んだだろうか。分岐点を前にしてようやく足を止めた。進むべき方角は分かるが、それぞれの管がこの先どのように巡らされているか分からない。

「二手に分かれた方が良さそうだね」
「いや」

 二手に分かれることを提案したが、言下に否定された。前を歩き、背をみせていた轟が振り返った。

「もう離したくねぇ」
「感情だけで動いていい状況じゃない」
「……どれだけの人間が操られているのか分かんねぇ。絶望的な状況だっていうのも分かってる。だからこそ、後悔しねぇような選択をしてぇ」

 轟の腕が伸びてきて、私の手の甲に触れた。拒まずにいれば、確かな意図を持って私の手を握った。迷いのない、強い眼差しを向けられた。
 感情を優先してはいるものの、覚悟が伴っているようだった。
 
「俺は死ぬまでナマエといてぇ」
「私は死ぬ気ないけど」
「良かった。俺も生きる気しかなかったから」

 熱烈な告白をしている自覚はあるのだろうか。私が諭すべきなのに、惚れた弱みなのだろうか、拒絶することもできずに手を握り返してしまった。左右で体温に差がある轟の手は、冷え切った私の手を温めた。じんわりと伝わる熱が緊張をほぐし、ほっと息を吐かせた。
 己を奮い立たせるために強気な発言をすれば、フッと口許をゆるめた轟がコツンと額をあわせてきた。

「キスしてもいいか」
「こんな場所で?」
「今はこんな場所じゃないと出来ねぇだろ」

 すこしの逡巡をみせてから口を開いた轟はキスをしたいと控えめな口調で主張したが、握られた手は控えめとは言い難い。

 懐中電灯を消せば真っ暗で、むわりと臭いが立ち込めるような環境で、そのような思考に至るだなんて轟はやはりすこしだけ感性がズレている。それを拒まない私もやはり大概だ。

 返答はしていないのに、双眸を伏せたのを同意と捉えた轟は律儀に「ありがとな」と礼を言ってから触れるだけのキスをした。

「足りねぇ」
「それ、自分だけだと思わないでよ」

 溜まっていく一方の熱を持て余しているのはこちらとて同じことだ。足りないと溢す轟に、同じ気持ちだと示してやる。
 可愛げのある話し方なんて出来ないが、それでも轟を喜ばせることはできたようだ。ぐっと腕をひかれて、抱きしめられる。

「……はやく終わらせて、家に帰ろう。そんで沢山してぇ」
「明け透け」
「それくらいの方がナマエには丁度いいって気付いたからな」

 何をしたいのか。轟の考えることは容易に想像がついた。家に帰れた時にはいくらでも付き合ってやろうではないか。
 照れ隠しに轟の露骨な言葉を揶揄すれば、なぜか轟は誇らしげにしていた。抱きしめられたまま、上を向かされる。私の輪郭を確かめるように撫でた轟は「そろそろ」と続けた。

「俺に愛されてんの、自覚してくれ」

 マイナスな言葉はいくらでも信じられるのに、なぜ私の全てを肯定してくれているこの言葉が信じられなかったのだろうか。自分でも呆れるほどに面倒な女だ。
 知ってる、と可愛げのない返事をすれば、轟は「それなら良かった」と柔らかく笑った。




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