掌のうえで踊りましょう







act 1.

 いつだったか、確か一年生の冬頃だったと思う。寮生活がはじまっていて、悴んだ手を擦り合わせながら徒歩5分の距離を歩いていた。すっかり憑き物が落ちた様子の轟は、なぜだか私の横に並んでいた。

「寒そうだな」
「轟の方が見ていて寒いけど」
「そうか? 俺は個性で調節できるからそうでもねぇよ」
「ふぅん」

 マフラーも、コートも羽織っていない轟が私に向けて話しかけてきた。寒そうなのはどっちだと私はマフラーに顔を埋めたまま返した。
 自分の手のひらを眺めながら轟は淡々と答えた。会話をすれば冷たい空気に冷やされて、肺は握り込まれたかのようにぎゅっと縮まるし、鼻腔が痛む。会話をするのが億劫で適当な返事をして、終わらせた。

「ミョウジは聞いてこないな」
「何を?」
「俺のこの個性のこととか、そういうのひっくるめて全部のこと」

 学生寮が見えてきたところで、突然轟が歩調を緩めて、ついには立ち止まった。不思議に思って振り向けば、轟はじっと石畳の目を数えているようだった。そして地面に向けてぽつりと話した。
 これまで私は一度も彼の個性について、個性婚について尋ねたことがない。触れられたくないことの一つや二つあるだろう。ただ好奇だけで踏み荒らすのは気が引けた。

「聞いて欲しいって時はこっちが興味ないことでもペラペラと勝手に喋るタイプじゃん」
「そんなペラペラ喋ってたか」
「割とね」

 轟はあまり多くを語らない寡黙なタイプに思われがちだが、ぽつりぽつりと独白のように語ることがよくある。恐らく言葉にすることで思考をまとめようとしているのだろう。体面を保つために言葉を飾るなど計算高さは持ち合わせておらず、こちらが触れて良いのか躊躇ってしまうほどセンシティブな話題もそのまま口にする。
 だからこそ、あれほどまでに個性婚を忌み嫌う理由は気になりはすれども、彼が聞いて欲しいと望んでいないならば、触れないことも優しさだと思った。
  
「俺は結婚しねぇ」
「親が決めたとはいえ、許嫁の前でそれ言う?」

 突然の生涯独身宣言がおかしくて笑いが込み上げてきたが、轟は真剣に話をしているのだと慌てて口許を引き締める。頬の肉を噛んでどうにかやり過ごそうとしていれば、その表情をどう受け取ったのか、轟は慌てた様子で「悪りぃ、そうじゃなくて」と言葉を付け足そうとした。

「ミョウジが悪いとかじゃなくて、俺に結婚は出来ねぇと思う」

 家庭を持つ人もいれば、自分の為に生きる人もいる。結婚をする、しない、という選択肢は理解ができる。しかし結婚が出来ないとはどういうことか。
 個性婚を疎んでいることは知っていたが、彼の嫌悪は結婚自体にまで及んでいたということだろうか。

「正しい家族なんて知らねぇから、つくれる気がしねぇんだ。知ってるのは手をあげるクソ親父と、啜り泣く母さんの後ろ姿だけだ。クソ親父と母さんが幸せそうに肩を寄せ合っているところなんて見たことねぇし……」

 彼の母親には会ったことがない。体調を崩して入院をしているとは聞いていたが、もっと複雑な事情があるのかもしれない。
 炎を彷彿させるような赤色の髪の毛をぐしゃりと掻き混ぜながら、轟は「俺はアイツのようになりたくねぇ」と呟いた。上二人に比べて父親の遺伝が強いことを気にして、自分は父親のようになると思っているのかもしれない。
 全て憶測だが、間違いはないように思った。そうであれば、轟が結婚、つまり家族をつくることを遠ざけようとしているのも説明がつく。

「ならないよ」
「アイツの血が流れてる」
「じゃあ冬美さんは結婚できないと思う?」
「いや、姉さんは母さんに似て、優しいから……すげぇ幸せな家庭を築くと思う」
「私もそう思う」

 エンデヴァーの血が流れているのは姉の冬美さん、兄の夏雄さんも同じことだ。あの二人が家族に手をあげるところは想像できない。それは轟も同じだったようで、私の問いかけを言下に否定した。

「それなら轟も大丈夫だよ」
「俺は姉さんとは違う」
「炎司さんとも違う」

 言葉尻に被せるようにして否定すれば、轟は口を噤んだ。

「私は殴られたら、ちゃんと殴り返す。一方的になんてさせないから安心してよ」

 彼が家族に暴力を振るうような人物ではないのはしっているが、それが生涯にわたってというと保証はできない。しかし私の気性の荒さは生涯保証できるだろう。ようは一方的でなければ良いのだ──だなんて安易すぎる考えかもしれないが、私が轟に与えられる最大限の安心はこれしか浮かばなかった。
 まさか暴力宣言をさせるとは思いもしなかっただろう。目を猫のように丸くして、ぱちくりと瞬きを繰り返す表情はどこか間抜けだった。

「なんかプロポーズみてぇ」
「そのつもり」

 冗談めかして笑ったあの後、轟は何と言っていただろうか。
  




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