目を覚まし、欠伸よりも先に舌打ちをしそうになった。
昨夜ソウイウ行為の最中に、どこの馬の骨かもわからないオンナからの連絡を優先させた轟は、私の腰に腕をまわしたまま眠っていた。
顔も見たくない、というよりも顔を見られたくなくて私は背を向けて寝ていたのだが……どうやら轟は私の感情の機微を察しとらなかったらしい。普通ならば気まずさから離れて寝るのではないだろうか。
そのような繊細さを大雑把な轟に求める方が間違っているのだとは承知しているが、この呑気な男をベッドから蹴り落としてやりたいという衝動に駆られる。それでも、片頬を歪に押しつぶして、間抜けに開いた口から涎を垂らして眠っている姿をみると、蹴り落とすどころか、起こさないように息をひそめてしまう。
そっとベッドから抜け出し、仕事に向かう準備をしていれば、寝室からごとんと大きな音がした。
「……おはよう」
「おはよう。ベッドから落ちたの?」
「降りようとしたら……気づいたら、なんか床で寝てた」
「それを落ちたと言うんだよ」
まだ目が覚め切らないのか、目を擦りながら轟は玄関に向かう私の後を追ってきた。額と鼻の頭は何かにぶつけたように赤くなっている。恐らく先ほどの音は彼がベッドから落ちた時のものなのだろう。
いつになくゆったりとした口調で、どうも要領を得ない。大方、ベッドから降りようとしたところ、布団に足を取られてそのまま落下した、とそんなところだろう。「……そうか、落ちたのか」と呟いていたが、理解したというよりもただ復唱しただけのような響きだった。
まだ眠いならば寝ていれば良いのに。わざわざ起きて、挨拶をしにきたようだった。
「……もう出るのか? 早ぇな」
「暫く忙しくなる」
「無理しねぇようにな」
「轟もね」
いってきます、いってらっしゃいの為だけに起きてくる、轟の何気ない行動についつい弛んでしまった口許に力を入れ直した。
まだ交通量が少ない道路を車でとばせば少し気分が晴れた。しかし、デスクの上に置かれていた見覚えのない週刊誌によって、気分はどん底に叩きつけられる。
「何ですかコレ」
「ついに! だな!」
隣のデスクで報告書を作成していた先輩に尋ねれば、良い笑顔がサムズアップと共に返ってきた。ついに、とは何のことだ。椅子に腰をかけながら、パラパラとページをめくって流し見をすれば、一つの記事が目に飛び込んできた。
「ショートって変装しててもやっぱ目立つよな! オーラからイケメンが滲んじゃってんのな。ジュエリーショップから出てきたってあって、ショートファンが血眼で相手を探してるってよ!」
苦労するねぇ、と先輩は労るように私の背を叩いた。これだけ大きく取り扱われているのだ、視界に入れない方が難しい。『ヒーローショート 結婚間近か!?』と大きく見出しのついた記事には、そこで購入したと思われる品がはいった小さな紙袋を持ってジュエリーショップから出てくるショートの写真が載せられていた。
『ジュエリーショップから出てきたヒーローショート、その手には小さな紙袋が提げられている』『若くして事務所を構え、トップヒーローへと駆け上がったショートは、プライベートでも新たなステップへ登ろうとしているようだ』『名だたる美人芸能人との熱愛を報道されてきた、人気ヒーローショートの気になる結婚相手だが、先日報道された某アイドルが有力候補だろう』『ヒーローとしてはクールな一面が際立つショートだが、プライベートでは密かにアツイ愛を育んできたようだ。まさに半冷半熱』『ショートと親しい人物によれば、父・エンデヴァーも公認しているため結婚は秒読みとのこと』
軽く内容を読んでみたが、どうも胡散臭い。この手の記事は今までにもあったが、大体はうまく切り取って捏造されたものだった。ただ今回一つだけ違ったのは、彼が指輪を購入したのは事実だということだ。そして現物も視認済みだ。
「これ、相手、私じゃないんで」
「え? だって同棲してるよな?」
「ただのルームシェアです」
困惑する先輩を放置して、私はヒーロースーツに着替えるために席を立った。あちこちから視線を感じたが、全て無視した。
時間の経過がそうしたのだろうか。悲しみは怒りへと変わってきて、抑えきれずにいた。
結婚をしたい相手が出来たにも拘らず異性との関係を清算しないだらしなさに腹が立つ。自分の容姿が目を惹くことを自覚せずに、髪を隠しただけでバレないと思っているプロ意識の低さも腹立たしい。撮られすぎだ。
鞄を更衣室のロッカーに投げ入れ、大股でフロアに戻れば、ギョッとした様子で見られた。
「とにかく仕事回してください」
先輩のデスクから仕事を奪うと、パソコンに向かいにたすら処理していく。いつもよりキーを押す勢いが強くなってしまい、ガタガタと音を立てていたが、許して欲しい。
「荒れているようだね」
すぐそばで声をかけられて、顔をあげれば所長のジーニストがいた。どうやら規定通りの時間に出社してきたようだ。今日も前髪は一糸乱れず、独特なスタイルをキープしている。
「そう見えますか?」
「力が入りすぎているようだ。少しばかり抜くことをオススメするよ」
特にここ、と言ってジーニストは自分の眉間に指を当てた。ぴっしりと整えられた髪の毛が眩しい。
指摘されてようやく眉間に力が入っていたことを自覚した。同僚たちがチラチラとこちらを窺っていた。かなり気を遣わせてしまったようだ。切り替えなくてはいけない。時間をかけて息を吐き出せば、少しばかり眉間にこもっていた力が抜けた。
「そういえば、話したいことって?」
「それについてだが、役者が揃ってからにしよう。時間にはタイトな彼のことだ。約束よりも十分前……そろそろ来るだろう」
昨夜の電話で言っていた、話したいこととは何だったのか。電話口で説明できないとなると、それなりに秘匿性が高く重要な案件なのだろう。ジーニストは誰かを待っているようで、ちらりと壁にかけられた時計に視線を向けながら、そろそろ来ると口にした。
扉が開いた音がしてそちらに視線を向ければ、そこにはよく知る男がいた。