「あれ、爆豪」
爆豪勝己、雄英時代の友人だ。彼がどう思っているかは知らないが。ジーニストのもとで共にサイドキックとして働いていたが、ジーニストの力添えもあって早々に独立して、事務所を構えた行動力と実力のある人物だ。
どうやらジーニストが待っていたのは彼のようだ。チームアップをするのだろう。
「アァ? てめぇオフじゃなかったんか」
「急遽だが出勤して貰ったんだよ」
「キイテネェー」
「言っていないからね」
こちらに気付いた爆豪はなぜだか眉を顰めた。どうやらジーニストから私はオフだと聞いていたようで、話と違うではないかと不満を抱いたようだ。
「こっち来るの珍しいね」
「面倒事に巻き込んでんじゃねぇよ」
「どうしたの? カルシウム足りてないの?」
独立してからもチームアップなどで顔を合わせることはあったが、わざわざ事務所に顔を出すのは珍しい。大抵は彼の事務所か、現場で打ち合わせをしている。
そう思って軽い調子で声をかければ、チッと舌打ちをされ、面倒ごとに巻き込むなと怒られてしまった。チームアップを要請したのはジーニストだし、私に怒られても困る。あとで小魚のお菓子をあげよう。
「こちらで話そう」
ジーニストに促され、隣の応接室に移る。ブラインドが開いたままになっているせいで室内は異様に明るかった。
「んで、さっさと要点だけ話せ」
「キミたちに頼みたいのは、要人の護衛だ」
扉を閉めたのを確認すると、爆豪はソファーに腰を下ろすこともなく、本題に入るように催促した。彼の性格をよく知るジーニストはそれを咎めることもなく、応じた。
ジーニストが懐から出した一枚の写真には一人の男性が写っていた。どこにでも居そうな平均的な容姿だ。
「どこかで見たことあるような……」
「エンデヴァー事務所のサイドキックだろ」
「あぁ、通りで見覚えがあるわけだ」
「ご明察だ」
記憶の糸を手繰り寄せていたが、それよりも先に爆豪が答えを教えてくれた。エンデヴァー事務所とは時折りチームアップがあるし、東京の支部に配属されている人物ならば現場でもよく会うだろう。ジーニストは頷いて、爆豪の主張を肯定した。
しかしヒーローが要人とはどういうことだ。人々を守る立場の人間が、なぜ守られる立場になるのか。
「ヒーローが要人ってどういうことです?」
「彼はとある組織に潜入捜査をしていたのだが、そこで何やら黒い噂を耳にしてしまったようでね」
「潜入が必要とされた時点で黒い噂くらいわんさかありそうなものですけど」
疑問をぶつければ、呆れることもなくジーニストは説明をしてくれた。寧ろ、黒い噂について調査するために潜入したのではないのか? 黒い噂について情報を得たならば、持ち帰ればいいだけのこと。それだけで要人扱いとは、腑に落ちない。
どうも要領を得なくて、さらなる説明を待っていれば、爆豪の静かな声が耳に入ってきた。
「……ヒーローと繋がってたか」
「え?」
「お仲間にいたんだろ。組織とつながってるやつ」
ヒーローと黒い噂のある組織が繋がっていた?
理解が追いつかずに、困惑の声をもらせば、爆豪は言葉を変えて説明してくれた。諦念とはちがう、呆れともちがう、ただ興味がないというような声だった。
「まさか」
「自分とこで解決せず、わざわざこっちに要請寄越したんだ。その時点で察しろや」
エンデヴァー事務所の中に、悪い組織に内通している者がいるというのか。何かの間違いではないか。信じられないと言外にこめたが、爆豪はこの状況が己の推理を裏付けていると、意見を変えなかった。
「でも」
「そのまさかだ。疑心暗鬼になり、内側から崩壊する──などという事態を防ぐため、こちらに要請がきた」
ヒーローはいつだって正しい。そのような幻想を捨てきれずに、爆豪の意見を否定できる何かを探していたが、ジーニストが肯定したことで認めざるを得なくなってしまった。
エンデヴァー事務所に敵との内通者がいる。
「ここまでは理解したかな」
「はい」
「じゃあ続けよう」
ジーニストの落ち着いた声色に、私も冷静さを取り戻す。頷けば、ジーニストは説明を続けた。
「敵との繋がりを知られた者がとる行動として正しいのは?」
「その繋がりを知るヒーローの口封じ……?」
「その通り。そのヒーローさえ消して仕舞えば、どうにでもなる」
繋がりを知られてしまった内通者が取るつぎの行動は、情報を握っているヒーローを消す。つまり口封じだ。
その最悪の事態を防ぐために、エンデヴァーは恥を偲んで内部事情を明かし、こちらに依頼をしてきたようだ。
「対象の状況は?」
「連絡は途絶えている。外部との連絡ができないような厳しい状況にあるのは確かだろう。ゆえに救出及び、セーフハウスまでの護衛が任務だ」
警護対象の置かれている状況はどうやら最悪なようだ。もう口封じをされているのか、拘束されているのか、それとも連絡が取れないような切迫した状況にいるのか。どちらにせよ厳しい状況であることには変わりない。早急に対応しなくてはいけないということだ。
端末を操作して表示した地図の一点を指し、ジーニストは画面をこちらに向けた。
「ここで通信が途絶えたそうだ」
「この辺一帯っていまは使われていない倉庫ばかりですよね」
「悪事を働くには都合が良いだろうな」
湾岸には倉庫が立ち並んでいたはずだ。いかにもアジトという感じだ。そう思っていたのは爆豪も同じようで、嘲るようにハッと鼻を鳴らした。
「最後にここで通信が途絶えたってことは、まだこの辺りで息を潜めてるってことかな」
「さぁな。叩きゃ分かるだろ」
「人質にされているかもしれないのにリスキーだと思う」
「人質に危害を加えられる前に制圧すりゃあ問題ねぇ」
消息が途絶えたヒーローは脱出するタイミングをはかって息をひそめているのか、すでに捕まっているのか、それとも消されているのか、状況が分からない。そのような状況でアジトに乗り込むのはリスクが高い。
すでに危険度は高いのだ。もし彼が拘束されている状況で奇襲をかければ、さらに危険度は高まり、最悪の場合目の前で死なせることになる。そう訴えるが、爆豪は勝算を見出しているのか取り合ってくれない。
「ここは俺が制圧すっから、テメェは足手まとい連れてセーフハウスに向かえ」
「一緒に制圧して、それから向かった方が安全じゃない?」
「制圧なんざ秒で済む。すぐに追いつける。だったら少しでも早くセーフハウスに向かった方がいいだろうが」
足手まといとは消息が途絶えている、エンデヴァー事務所のサイドキックのことだろうか。ひどい言われ様だ。
爆豪がアジトを制圧するというのだ。きっと鼠一匹逃しはしないだろう。そうする自信があるからこそ、この大胆な策を講じることができるのだ。しかし最善策とは思えない。
彼が敵と闘う間、私が人質の救出、警護するのは妥当だろう。しかし、爆豪が闘っている合間に人質を連れ出すのは、戦力を分散するということだ。自分達の実力を過信しすぎな気もする。
爆豪は私よりも状況を冷静に判断し、策を講じる能力が長けている。彼の策に乗るべきだが、どうも彼らしくない気がして、決断を悩んでしまう。
「やり方は任せるって言ったよな。好きにして良ンだろ」
「君に任せるよ」
その気配を察したのか、爆豪は自分のやり方でやらせろとジーニストに念押しした。彼を信頼しているジーニストはそれを承諾した。
「分かった。爆豪のこと信じる」
「……胸糞悪りぃこと押し付けやがって」
信頼している二人が問題ないと判断したのだ。私の感じた違和感など杞憂に終わるだろう。信じると伝えれば、爆豪はなぜか舌打ちをしてから小さく呟いた。
面倒ごとだとか、胸糞悪いだとか、先程から妙な発言が多い。確かにヒーローが敵と繋がっていたなんて気分の良い話ではないが、仕事には誰よりも真剣に取り組む男が、そのようなことで感情を乱すだろうか。やはり今日の爆豪は少しおかしい。
「実行は?」
「明日の明朝だ」
「了解」
明日の明朝からアジトに突入するようだ。セーフハウスまでの護衛と聞いたが、延長される可能性も考えて、一度帰宅して荷物をまとめよう。
これからの動きを考えていたところに、何か思いついたかのようなジーニストの「そうだ」という呟きが耳に入った。
「これを渡しておこう」
「エッ」
「この端末に位置情報と音声が転送されるんだよ」
「他に形なかったんですか? いつものデカいやつでいいんですけど」
「以前のものは大きすぎて邪魔になるだろうからと新しく作られたものだ。無くさないよう、肌身離さずに頼むよ」
つい顔を顰めてしまったが、許して欲しい。ジーニストが通信機の代わりだといって手渡してきたのは、いま最も見たくないモノ──指輪だったのだ。
嫌がらせかと投げ返したくなったが、手のひらの上に乗せられ、握り込まされてしまう。仕事に私情を挟む訳にはいかない。せめてもの反抗で、右手の薬指にはめれば、まるで私のためにつくられたかのごとく収まった。
段取りなどを決めているうちに随分と時間が経ち、昼過ぎになっていた。
「私は一旦荷物とりに戻るけど、爆豪も帰る?」
「二十時に集合」
「分かった。事務所まで送る」
車のキーを見せながら事務所まで送っていくことを提案すれば、僅かだが顎が下げられて頷いたような気がした。ちょうど到着したエレベーターに乗り込み、ようやく引き締めていた表情筋を解放すれば、眉間に力がこもっていった。
「クソ趣味悪りぃ」
「本当にね」
指輪型の通信機について不満を持っていたのは爆豪も同じだったようで、素直につけるはずもなく、手のひらの上でコロコロと転がしていた。同意を示せば、なぜか小さく舌打ちをされた。
学生時代ならば「前を歩くな」などと理不尽な怒りをぶつけられていただろう。しかし彼も成長したのか、事務所のすぐ近くの駐車場まで私の半歩後ろを歩いていた。
「悪くねぇな」
「奮発した」
少し離れた位置から鍵をつかって車のロックを解除すれば、特有の音が鳴った。その音で私の車がどれか分かったのか、爆豪は悪くないと評価を呟いた。それなりに値は張ったが、美しいフォルムに一目惚れして、プロになって一番初めにした大きな買い物だった。
「テメェ大丈夫なんか」
「……そこそこ運転できるけど」
「そうじゃねぇ」
シートベルトを装着しているか横目で確認し、ハンドルを握り直したタイミングで大丈夫なのかと問われた。未だに事故を起こしたことはない。運転も才能マンの爆豪に比べると劣るが、ヘタではないはずだ。何回か乗せたことがあるはずなのに、今更ながらな質問に少し不思議に思いながら返せば、そうではないと否定が戻ってきた。
「……あの舐めプ野郎、またすっぱ抜かれてやがっただろ」
爆豪は窓の淵を利用して頬杖をつきながら、前を見据えたままそう口にした。あの週刊誌の記事を読んだのだろう。いや、彼があの手のものを好んで読むとは思えないため、どこかで風聴したのかもしれない。まぁ人気ヒーロー、ショートの結婚報道なんてあちこちで噂になっているだろう。
「結婚するっぽいね」
「……相手は」
「知らない」
「聞かねぇのかよ」
「うん」
私の声には他人事のような響きがあったのだろう。それを感じ取り、質問を変えることができる爆豪はやはり人の機微に鋭い。
取り繕うのも馬鹿らしくて、淡々と応えていれば、助手席に座る爆豪が不満げな視線を向けてきた。
「聞けねぇんか」
「うん」
「舐めてんな」
意図を持って”聞かない”ことを選択するのと、ただ答えが恐ろしくて”聞けない”のでは随分と違う。核心をついてくる質問だ。
私と轟が側にいながらも、心の柔らかな部分には触れないように避けてきたことを、爆豪は気付いていたのだろう。
ストレートな言葉をまともにくらい、ハンドルを掴んでいた手に額を押し当てる。口からは小さなうめき声が出てしまった。
「……欲しいもんの為ならどんな手でもつかう。その覚悟はあンのか」
「え、背中押してくれてんの?」
「これ以上テメェらのゴタゴタに巻き込まれねぇよう自衛だ」
「どういうこと」
まさか爆豪に覚悟を問われるとは思わなかった。まるで背中を押すような言動だ。隣に座っているのは本当に爆豪なのか? と驚きのあまり、顔をじっと見てしまった。
ゴタゴタに巻き込んだつもりはないのだが……寧ろそのことについて踏み込んできたのは爆豪ではないか。自衛と表現した意味も分からず、首を傾げてみせたが、爆豪は「分かれや」というだけで説明する気はなさそうだった。
「いいか。半分野郎もエンデヴァーも……全部だ。全部、捻じ伏せんだよ」
口端を持ちあげた悪い表情でそう言い残した爆豪は「バイク停めてある」と言って車から降りていってしまった。わざわざこれを言うためについてきたというのか。
爆豪の妙な行動に首をかしげることしかできなかった。