「はいこれ。加工終わったよナマエちゃん」
「わ、もうできちゃったんだ」


指令室に呼び出されたと思えば「はい」と渡される二つの円月輪、もとい言ノ葉。
つい昨日の朝に渡したはずなのだがもう加工し終わってしまったらしい。


「安全に持てるように一部を柄(つか)にしておいたからね」
「ありがとございます。コムイさん」


昨日までただの正円だったのに、今は柄という持ち手がついたおかげで投げやすそうだ。

しかし急に加工をお願いしたせいでコムイさんや他の化学班の皆の目の下に隈が増えていた。

今度お礼に何かプレゼントできたらいいな。なんて考えていると、ポンと暖かい感覚が頭の上に触れた。


「お礼とか考えないでね。僕たちはエクソシストの君たちを全力でサポートするのが仕事なんだから」
「……………、」
「ん?」
「ど、どーして私の考えてることわかったんですか?」


顔に出てたかな。ポンポンと私の頭を撫でているコムイさんに聞いてみると、彼は笑って「さぁ。なんでだろうね?」と誤魔化して教えてはくれなかった。
もしかしたら大人の余裕、というものなのかも。








新しくなった言ノ葉を持って修練場に足を向ける。

アクマを倒すには戦う術を知らなければいけないのだ。まずは言ノ葉の使い方から覚えないと。

昨日と同じ人気のない場所を選んで周りに誰もいないことを確認してから言ノ葉の柄をギュッと握りしめる。


「ふぅ。……―――――ッ!」


息を吐いてから思いっきり言ノ葉を右、左と順に一拍ずつ置いて投げると大きく弧を描いて地面と平行になりながら滑るように飛んでいく正円。


「(飛んだ!)」


指で挟むよりはよっぽど安定感があるのか昨日なんかとは比べものにならないくらい飛んで、遠く離れたそれぞれ別な場所に落ちて行く言ノ葉を見て素直に喜んでみる。

走って落ちた言ノ葉を拾い上げながら「あとはコントロールかなぁ」と口から零してみる。
それに腕力も鍛えないといけないだろう。今のままでもいいのかもしれないけど、


「(言ノ葉がもっと飛ぶところを見て見たい)」


そう思った瞬間から、気付けばリナリーが夕食だよと呼びにくるまでひたすら言ノ葉を投げ続けてたのだった。








「イテテ………」
「もう。無茶して投げるからよ」
「うーん」


肩ならしや準備運動もせずに投げ続けてた結果、どうやら肩を痛めてしまったらしい。
「明日は筋肉痛かな………」と思いつつリナリーの「鍛錬の前に体慣らさなきゃダメよ」というお小言に「気を付ける」と苦笑いを返す。

それから一週間。朝早くに目を覚まして気付けば修練場で言ノ葉を投げては拾って投げては拾うの繰り返しをしていた。

私が言ノ葉を投げるところをそばで見ていたリナリーに「ナマエって意外と肩の力あるのね」と驚かれた。
肩、というよりもパン屋の娘ということもあって毎日毎日焼きたてのパンをお店に並べる仕事を手伝わされてたせいだろうか、少しだけ腕の力は自信があったりする。


「(まぁ腕と肩じゃ違うかもしれないけども)」


教団に入ってからそんな日々を送っていたある日。いつものように修練場で言ノ葉を使う鍛錬をしていたときだった。

いつにも増して目の下の隈がひどいリーバーさんに「指令室に来てくれ」と言われた。
今度は何を渡されるのだろうかと軽い気持ちで行ったのが間違いだったかもしれない。

指令室に入れば辛そうな顔をしているコムイさんが資料を睨むように見ていたが、私に気付くと「来たね」と笑顔で迎えてくれた。
(それでも辛そうに見えるのは彼が寝不足のせいだろうか)


「エクソシストになって初の任務だよナマエちゃん」
「に、任務?」
「そう。任務についてはティエドール元帥から聞いているよね?」
「は、はい」


「なら良かった」と言いながら渡されたのは分厚い紙の束。コムイさんが見ていた資料と同じものだ。

パラパラとめくればビッシリ細かい英語が羅列していて正直目が痛くなる。読書とか作文とか苦手なんだよね。


「今回ナマエちゃんに行ってもらいたいのはイノセンスの奇怪と思われる街の調査だ」


色あせた世界地図で示された場所は一見小さそうな島国。
「どこの国だろう」なんてぜんぜん関係ないことを考えながらコムイさんの話を聞く。


「探索部隊の情報からするとイノセンスである確率は大きい」
「はぁ……。」
「今すぐに出発してもらいたいんだけど、行けるかい?」


「今すぐに」そう言ってるコムイさんの顔は笑顔なのに、やっぱりどこか辛そうに見えた。寝不足なら他の人に伝言でも頼んだらいいのに。
そんな彼に「わかりました」と頷くと、「頼んだよ」と大きく彼も頷き返す。


「準備が出来たら地下水路に来てね」


準備と言っても、何を持ってけばいいんだろうか。着替え……とかはしてる暇なさそうだし、そうすると持っていくものってないんじゃ?
とくに必要なものが思いあたらなくて結局言ノ葉とお小遣い以外は何も持たずに部屋を出た。

走って水路に行くとコムイさんと探索部隊の人が一人と、仏頂面でボートに座り込んでる人がいた。(ゲッ……)


「(なんで神田さんがいるんだろう………)」


思わず顔が歪んでしまった。関わりたくないと思ってたところなのに!
バッチリ顔を見られてたのかコムイさんは苦笑いして神田さんにはすごい勢いで睨まれた。(ひぃごめんなさい!)


「今回は神田君と一緒に行ってもらうよ。申し訳ないけどわがままは聞けないからね」
「は、はい……………」


恐る恐るボートに乗り込めば、「あとこれ」とコムイさんが懐から何かを取り出した。それはパタパタと羽を動かして私の手元にやってくる。


「これ………、門のとこにいたやつ」
「そう。ナマエちゃん専用のゴーレムだよ」
「ゴーレム?」
「それを使って一緒に任務に出てる探索部隊やエクソシストと連絡が取れるんだ」
「へぇ」


手のひらの上にちょこんと乗っかった私専用だというゴーレムに「よろしくね」と一言。返事も何もしてくれないけど、なんだか嬉しい気持ちになった。


「それじゃ、行ってらっしゃいナマエちゃん、神田君。気を付けるんだよ」
「……………。」
「え、あ、あの」


神田さんは何も言わないんだろうか。なんて思ってるとボートが動き出してしまった。

慌ててコムイさんに「行ってきます!」と伝えると、彼は優しい笑顔で手を振ってくれた。けどやっぱり、


「(顔辛そうだなぁ)」


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