「―――ッ!」
イノセンスを対AKUMA武器に加工してもらった日の次の日の早朝。
親指と人差し指で摘まんだ言ノ葉を精一杯の力を込めて右、左と一拍ずつ置いて投げる。
投げたときに鋭い刃が親指に刺さった。ツーと流れてくる血を見てギョッとするけどそんな場合じゃない。
「(言ノ葉どこ行った!?)」
広くて大きい修練場の隅を見渡せばぜんぜん違うところに落ちていた言ノ葉。しかもぜんぜん距離飛んでないし。
それぞれ落ちてるところまで歩いて行って片方を拾おうと伸ばした手をピタッと止める。
「(持ち上げるとき、また指ケガするかもしれないし……)」
正直な話、この円月輪っていう武器をケースから取り出すだけでも怖くて仕方ない。
正円の外側は全部刃物で、安全な部分は真ん中に開いたところだけ。
作ってくれたっていう人たちに使い方聞いても「指で挟んで投げたり受けたりする」としか教えてもらえなかった。
更に「コントロール次第で色んな使い方ができる」とまで言われたけども、
「(自分に返ってくるどころか投げたいとこに投げることもできてないよ……)」
「はぁ」とため息をついてから言ノ葉の刃物がついてない内側をつまんで片方を広い上げる。そして内側を摘まんだまま右手で思いっきり投げてみた。
弧を描いて地面と平行に飛んでいく言ノ葉。もしかして結構飛んだ?そう思いながら「どこまで飛ぶかなぁ」なんて考えてたら修練場の隅の角から人影が出てきた。「あ、」
「ッ!?」
ガキン―――ッ
「………テメェは俺になんか恨みでもあんのか」
「なななななないよぜんぜんない!」
鈍い金属音がしたと思えば下に落っこちてしまった言ノ葉。そして六幻を構えながら周りを見渡すことなくすぐさまこっちを睨まれて「ひぃ!」と肩が跳ねた。
まさか神田さんが来るとは思わなかった………!だって場所隅っこで時間も時間だしこんな朝早くに他の誰か来るなんて思わないし……。
何も言われずにただ睨まれてるだけの気まずい視線から逃げるように目を反らしながら近づいていって、静かに落ちた言ノ葉の片方を拾う。
離れたところに落ちているもう片方も拾って腰につけたケースに仕舞い、その場から離れるべく頭を下げてから早足で歩く。がしかし、
「おい待て」
「な、なんでしょ、う」
「……………。」
「……?」
「…………………………。」
「………」
声かけてきたのになんで喋んないんだろう。
ていうかなんで睨まれてんだろうなんで声かけられたんだろうなんで喋んないで黙ってんだろうあぁもうこの場から逃げたい今すぐに!
しかしそんな大それたことできるわけがなく、ただただ厳しい視線を見上げてること数秒………。
「………チッ」
「(舌打ち!?)」
「もっかい投げてみろ」
「へ、」
「もう一回、投げてみろっつってんだよ」
明らかイライラしてるのまるわかりなんだけどなんでそんなこと言うのかがわからず、黙ってケースから言ノ葉を両方取り出して親指と人差し指で摘まんで言われた通り投げてみた。
しかしさっきと何も変わらず、ぜんぜん違う方向に飛んで行って距離もそこそこも飛ばずにヒュルヒュルと落ちる言ノ葉。
恐る恐る神田さんの方に視線を向けるとうわぁ凄い睨まれてる。
「今のは何かの冗談か?」
「え?いや、真面目に投げ」
「真面目の意味勉強し直して来い」
ピシャリと言われてまたも肩が跳ねる。……自分が投げろって言うから言う通り投げたのになんで怒られなきゃいけないんだろう。(あ、いつでも怒ってるか)
「拾って来い」と言われて落ちた言ノ葉を拾ってから神田さんのいるところに戻る。
相変わらず持ち方はわからないし怖くて内側しか持てない。そんな私の手元を見て眉を寄せる神田さん。
「持ち方とか使い方とか教わってねぇのかよ」
「指に挟んで投げるっては聞いてるけど……」
一回だけ人指し指と中指に挟んで投げてみたけど、今よりもぜんぜん飛ばないからこの方法はないなと思ってやめた。
「血ぃついてんじゃねーか」
「?あぁ、投げるときに親指切っちゃったからそれでかも」
確かに擦れた血の痕が着いてる。親指を見てみれば血はもう出てないけどパックリ切れたあとが生々しく残ってる。
「自分の武器で怪我してちゃ世話ねぇな」
ハッと鼻で笑われた。そう言われても自分でもどうにもならないんだから仕方ないじゃん!
私がこの円月輪っていうものにして欲しいって言ったわけじゃないし使い方だってほとんど教えてもらってない。
今度こそ言ノ葉をケースに仕舞って部屋に戻ろうとすれば「何仕舞ってんだ」と言われた。まだ投げさせんのか。
「はぁ。ついて来い」
「え、」
「いいから黙ってついて来いッ!」
「はははははい!」
うぅ…、怖い……。日本人って皆こう短気なのかな?だったら私も短気になっちゃうのかな………。あぁ考えたくない。
スタスタと歩き始めた神田さんの後ろをついて行く。鍛錬場を出て談話室を過ぎて「どこまで行くんだろ」と首を傾げていれば着いた場所は指令室だった。
散らばってる資料を気にしないで踏んで歩いて行く神田さんに続いて、できるだけ資料を踏まないように歩く。
「おい」
「あれ神田君にナマエちゃんじゃなーい。どうしたんだいこんな朝早くから」
朝早くだと言うのに忙しなく働いてる化学班の皆。そんな中私たちに気付いたコムイさんがニッコリ笑いながら近づいてきた。
「こいつの武器。なんとかしてくれ」
「こいつのって……、ナマエちゃんの武器をかい?」
「あぁ」
目で「渡せ」と言われて、コムイさんの目の前の机にそっと言ノ葉を乗っける。それを見てコムイさんは「んー」と困った顔した。
「なんとかって言われても、これがナマエちゃんのイノセンスに最適な加工なんだけど、これ以上どうすればいいのかな?」
「せめてこいつがまともに扱えるようにしてくれって言ってんだよ」
チラ、と神田さんの目が私の手を見ると、コムイさんも釣られて同じものをとらえた。そして「あぁ」と小さく呟いたあとに笑って頷いた。
「わかった。できるだけすぐに加工するから」
「………、」
「あ、お、お願します」
何も言わない神田さんと隣でペコッと頭を下げる。
コムイさんは「うんうん」と頷いてから「それにしても神田君、ちゃんとティエドール元師の言うこと聞いてるんだねぇ」と続けた。
「は?」
「ティエドール元師に言われたからこうしてナマエちゃんの武器の加工も頼みに来たんでしょ?」
「(そうなの?)」
「ンな訳ねぇだろーが。こいつがあまりにも目に余っただけだ勘違いすんな」
「俺はもう行く」と言い残して指令室を出て行ってしまった神田さん。
……少しでも私のことを気にしてくれたんじゃないかっていう淡い期待をした自分がバカだった。
もう一度コムイさんに「お願いします」と頭を下げて私も部屋を後にする。コムイさんが凄い楽しそうに笑っていたことも知らずに。
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