汽車を乗り換えてようやく目的の場所に着いたのはお昼だった。


「とりあえず情報収集だな。まずは神隠しにあった子供に話を聞きに行こう」
「……………」
「はーい」


山に囲まれた小さな街。私が住んでた片田舎と変わらないくらい本当に小さな街だ。

キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていたとき、前からやって来る男の子と肩が擦れるくらい近くですれ違いになった。


――――――、


「へ、」


振り向いて「?」と首を傾げるけど、すれ違った男の子は見向きもせずにスタスタ歩いて行ってしまったので余計に「ん?」と首を傾げてしまう。

立ち止まった私に気付いた神田さんが「何してんだ」とイライラしながら言うから「なんでもない!」とすぐに追いかける。


「(今音みたいなのが聞こえた気がするんだけど……、気のせいだったのかな)」


先を行ってしまっていた二人に追いついて「まぁ空耳だったのかも」と一人納得する。




ウィルさんの案内で、たどり着いたのは小さい一軒家。

ドアをノックすると中から「なんだい!」となんだか厳つい声が聞こえて来た。
あまりの迫力に思わず神田さんのコートを掴んでしまった。ごめんなさい今放すからそんな睨まないで!

中から出てきたおばさんは眉間に皺を寄せながら「またアンタたちかい!」と私たちを睨み始めた。えぇー………、なんかしたのかな私たち。


「トムのこと聞きにきたんだね!?それなら何度も話したじゃないか!」
「はい。今日はトム君が神隠しにあってから帰ってきたことを改めて聞きたいんですが、」


話を聞いていれば、この家のトム君という子が神隠しにあったにも関わらず無事に帰って来たらしい。

ウィルさんは笑顔を絶やさず「俺たちどうしてもその事件を知りたくて」とおばさんに言う。
しかしおばさんはもう何回もこの街にいる探索部隊に同じことを聞かれているのか「もうアンタたちに話すことなんてないよ!」と顔を真っ赤にして怒っている。「いいかい、あの子は」


「三年間姿を消していたのにひょっこり戻って来たんだ。しかも三年前と同じ容姿のまま」


「どう考えてもおかしいだろう!?」とヒステリックに叫ぶおばさん。私たちは何て言えばいいのかわからずに黙って聞いていた。


あの子は化け物だよ!










「化け物、かぁ」とおばさんの言っていたことを思い出しながら心の中で呟く。

もうカンカンに怒ってしまったおばさんに「二度と来ないでくれ!」と門前払いされた私たちは一先ず近くの宿に入った。

今ウィルさんが宿屋のおじさんと交渉中で、私と神田さんはロビーらしきところで待機。

目を瞑り腕を組みながらジッと立っている彼をチラ見してから「ウィルさんまだかな」なんて思ったり。
だってこの人の近くにいるの凄い怖いんだもんいつ睨まれるかわかんないし!

ビクビクしながら待つこと数分。交渉が終わったのかウィルさんが戻ってきた。
「待ってましたぁ!」と言わんばかりに彼に近づけば「ごめんなナマエ」と何故か謝られる。「?」


「一部屋しか取れなかった」
「え、じゃぁ、」
「悪いけど神田と二人で部屋使ってもらうことになるよ」
「えぇぇぇぇえー!?」


「え、でもウィルさんはどーするの!?」と聞くと「俺はまだ他の探索部隊の奴と調べることがあるから」と苦笑いされた。

神田さんと二人だけ?恐怖に息詰まって死んじゃうんじゃないの私。

「じゃぁこれ部屋の鍵だから」とウィルさんが神田さんに鍵を渡しているところを見ながらガーン……………と肩を落とす。

とくに私も神田さんも荷物はないから部屋に用事はなく、そのまま二人で宿を出た。

他の探索部隊と合流しなければいけないウィルさんは「とりあえずトムって子を探してみるといい」と言って去って行く。



ということでトム君を探すことになった私たち。

トム君がどんな容姿でどんな服を着ているのかさっぱりわからないため、近くの同じ歳くらいの子たちに「あの、」と声をかけてみる。


「トム君、って子がどこにいるかわかる?」


思い切って聞くと、聞かれた子たちは心底驚いた顔をしたあとすぐに嫌そうな顔をした。
その反応に「?」と首を傾げると「トム君は化け物だから関わっちゃダメってパパが言ってた」と一人の子が言った。


「どうして化け物なの?三年前と同じままだから?」
「知らない。でもパパたちはそう言ってる」


「神域に入ってきっと神の怒りに触れたから化け物にされたんだーって」そう悪びれたこともなく話す子になんて返せばいいのかわからない。

すると神田さんが「どこにいるかくらいわかんだろ」と子供たちを睨みながら「答えろ」と脅している。
そんな脅しも効かずこの子たちは「トム君ならいっつも山の方に行ってる」と山の方を指さした。


「山ん中か。暗くなる前に入った方がよさそうだな」
「う、うん」


「行くぞ」という神田さんの合図に合わせて山の方に足を向けると、「君たち!」と後ろから声をかけられた。
振り向けば白髭を長く伸ばしたお爺ちゃんが青い顔をしながらこっちを見てる。


「まさか山へ登る気じゃないだろうね?」
「だったらなんだよ」
「やめておきなさい!その山は神域と呼ばれているんだ、子供が入ったらたちまち神隠しにあってしまうぞ!」


お爺ちゃんが近づいてくるなり、盛大に「チッ」と舌打ちをする神田さん。き、聞こえるよ………。(あ、聞かしてるのか)


「でもここ登山用だろ。まさか三年前から誰も登ってねぇわけ」
「そのまさかだ。三年前に子供が行方不明になってから一度も山に登った者はいない」


登山用として皆がよく登っていた山で、10歳になる男の子が行方不明になる事件が起こった。
街の大人や警察が一週間夜も眠らず探し回ったが結局男の子を見つけることができなかったという。

それからあの山は神域だと言われるようになり、入れば神の怒りに触れて神隠しにあうと恐れられて誰も登らなくなったのだとか。


「しかし神隠しにあったガキが帰ってきたと」
「あぁ。無傷で街に降りてきたときは夢でも見ているんじゃないかと思ったほどだ」


「三年前と同じ姿のままじゃなければどれだけ喜んだことか」と深いため息をつくお爺ちゃん。「化け物に君たちはなりたくないだろう?」


「悪いことは言わん。山へ登るのはやめなさい」


そう言い残して背中を向け歩いて行ってしまうお爺ちゃん。

「そんなこと言われてもなぁ」なんて思いながら神田さんの顔を見てみる。あぁすごいイライラしてる。
そりゃまぁあのお爺ちゃんのせいで時間食ったしていうかもう夕日沈みそうなんだけど。


「今日は山登りやめときます……?」
「チッ。あのクソジジィ…………」
「あはは………」


次にもしあのお爺ちゃんに会ったら神田さんに切り殺されないように祈っておこう。なんて思いながら宿に戻ろうとしたとき、


――――――、


「え、(また、)」


来たときと同じ音が聞こえて周りを見渡すけど、何も変わったところはない。

足を止めた私に気付いた神田さんに「どうした」と聞かれて我に返った。「音が、」


「音が聞こえたんだけど、神田さん聞こえました?」
「音?」


「どんなだ」と顔で言われたけど、うーん………、そう言われるとなんて言ったらいいのかわかんないなぁ。
鐘の音でもないし、鈴の音でもない。人の声みたいなものでもなかったし……。「うーん」と唸ってれば「さっさと戻るぞ」とイライラした口調で言われた。(わぁごめんなさい!)


「(でも確かに聞こえたんだけどな……)」




宿に戻る前に適当な食事を済ませてから部屋に入った。

部屋に入るなり神田さんは無線ゴーレム(あの羽パタパタしてるやつ)でウィルさんと連絡を取り始める。


『なんか収穫はあったか?』
「大したモンはなかった。そっちは」
『こっちもだな。街の調査してた奴等から聞いたことはほとんど資料に書いてあることと一緒だ』


ゴーレムを通して話を聞いていてわかるのは、三年前に神隠しにあったのはトム君という男の子で姿恰好は三年前のままだということ。
『あともう一つ、』と続けるウィルさんに私と神田さんは耳を傾ける。


『トム君は毎日山に登り続けてるそうだ』
「あ、そう言えば今日話聞いた子たちもそう言ってた」
『なんだ、その情報も入手済だったのか』


『残念』と言った彼は今どこか別のところで苦笑いしてるに違いない。

結局何も進展がなかったため、明日の朝ウィルさんと合流して山に登ることにして今日はもう眠ることに。

団服の上着とブーツを脱いでベットに横になろうとすると、「おい」と声をかけられた。


「(できれば向かいのベットにいることを意識しないで寝ようとしてたんだけどな………。)」


のそっとベットの上に座って「なんでしょう」と恐る恐る顔を見れば神田さんはいつもの仏頂面のままこう言った。


「俺は新人だろーがなんだろーが足手纏いとわかった瞬間からお前を切り捨てる」


「そう頭に入れとけ」ただその一言を言い終わり、彼がベットにゴロンと横になるのを茫然と見ることしかできなかった。

……期待していたわけではない。先生にあれだけ言われても「断る」ときっぱり言い放ったのだから彼が私を守ってくれるとは思っていなかった。

それでも何故かわからないけど、無性に腹が立ってきた。
どーせもう寝ているだろうと思ってこっちに背を向けて横になっている神田さんに向かって「べーっ!」と舌を出してやる。
見られてたらどうしよう明日殺されるかな……。


「(自分のことは自分で守る)」


そんなのもう先生に教わってるってば。


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