早朝。ふと目を覚まして横を見れば誰もいなかった。慌てて宿のロビーに降りるとウィルさんが「おはようナマエ」と手を上げて立っていた。


「あの、神田さん、いないから……、私、」
「あぁ、神田なら離れたとこで素振りしてたよ。別にナマエが寝坊したわけじゃないから気にするな」
「そ、そう………」


ウィルさんの言う通り、神田さんが部屋にいないからてっきり私が寝坊して置いていかれたのかと思ったのだ。
つい昨日言われた「足手纏いとわかったら切り捨てる」という言葉を思い出してもう足手纏いになったのかと思った……。

「神田が戻って来たら朝飯食べて山に登ろう」ウィルさんがそう言ってすぐ神田さんが宿に戻って来て、適当な朝ごはんを食べて山へと向かうことになった。








いかにもと言った感じの山の入口の前に私と神田さん、ウィルさんの三人が立つ。

入口の横には【KEEP OUT!】と赤い擦れた文字で書かれた立札があり、正直そんなので誰も山に入らないようにしてるとは思えなかった。


「こんなんで立ち入り禁止って言われても説得力ないような……」
「じゃぁナマエはどんなの思いつくんだ?」
で、電熱線張るとか………?


咄嗟に思いついたものを口にすれば神田さんに「馬鹿じゃねぇのかお前」みたいな顔された。
じゃぁあとどんなの思いつくんだよ!」そう言おうかと思ったが、ウィルさんが「確かにそれなら誰も近寄らないな」と小さく笑ったからやめた。


「でもまぁこの街の人間にそんなことする勇気はないんじゃないか?」
「「?」」
「山自体が神域と恐れてるんだ。そんな山の入口に電熱線なんて張ってしまったら、それこそ神の怒りに触れてしまう」
「あぁ、なるほど」


とまぁ話はここまでにして、ようやく私たちは山に足を踏み入れた。そこでふと思ったのが今トム君はこの山に登っているのかということ。
トム君が山にいないのなら、私たちが登る意味あんの?

そんな疑問を口にする前に神田さんが「イノセンスの奇怪現象の原因はこの山だ。変わったとこがないかよく見ながら歩けよ」と言ってきたから「おぉ」と納得する。
つまりトム君がいようがいまいがどうでもいいということだ。


「しかし登山用とはいえ三年も登ってない分道がないのはキツイな」


「足元いつ崩れるかわからないから気をつけろよ」とウィルさんに言われ、慎重に山道を踏みしめる。

イノセンスの奇怪とやらがどこで起こっているのかわからない以上ゴールも何もないんだけど正直疲れたよね。
息が切れてきてしまったのがウィルさんに気付かれて「なんだもう疲れたのか?」と言われて素直に「は、はい」と返すと「ナマエは体力ないな」と笑われた。


「そんなんじゃこれから辛いぞ?」
「わ、わかってるけど………」
「でも奇怪現象が山の中で良かったと思うよ」
「?」


「どうしてですか?」と聞こうとするより早く「人が誰もいない山なら、アクマと遭遇しても遠慮なく戦えるだろ?」と言われた。
それにすかさず「戦うのは俺らだろーが」と言う神田さん。ウィルさんは「だな」とまたも笑う。

そっか。もし戦闘になったらそういうことも考えなきゃいけないのか。「勉強になるなぁ」なんて思いながら足を進めていたときだった。


―――――――、


「あ、」
「どうした?やっぱ疲れたか?」
「ちが、また音聞こえて、」


足を止めてキョロキョロと見渡していると「昨日も言ってたな」と神田さんも足を止める。

「俺は何も聞こえなかったぞ」とウィルさんが言うけど、私にはしっかり聞こえた。昨日とまったく同じ音が。
見えるのは木々ばかりだけど、その間に何かが見えた。「あ、」


「男の子……?」
「もしかして噂のトム君か」


大きな木の陰からヒョコッと顔を出しているのは恐らくトム君なんだろう。その姿に見覚えがあって首を傾げていれば。


「あ!あなた昨日来たときすれ違った男の子だ!」


ハッと思い出してそう言えば、男の子は「?」コテンと首を傾げた。あ、あれ……。覚えられてない………?


「はっはっは!なんだナマエの片思いか」
「ちがっ!ちょ、ウィルさん笑い過ぎ!
うるせぇお前ら黙ってろ!


ぎゃぁごめんなさい!」と何故か私だけ謝ってウィルさんは謝る気はないらしい。(元々はウィルさんが悪いのに!)

神田さんの怒声が山の中で反響している中彼は腰につけてる刀、六幻に手をかけながら「おいお前」とトム君に声をかけた。


「お前は何者だ?もしアクマが三年間必死に姿を隠してきたなら無駄だったな」


チラと鞘から六幻を引き抜いて刃を見せる神田さんに対して、トム君はギョッと目を見開いてから首をブンブン横に振った。


「違うって言ってるんじゃないの?」
黙ってろ
ひぃごめんなさい!


私なんでこんなに弱いんだろう……。さっきから謝ってばっかじゃない?

トム君は神田さんから視線を外して私の方を見た。そのためバッチリ目が合う。
ニッコリ笑われたあと、おいでおいでと手招きをされ、素直に追いかけようとしたけどガシッ!と腕を掴まれたためできなかった。

隣にいたのがウィルさんだからてっきり彼に掴まれたのだと思ったけど、そうしていたのは神田さんだった。


「バカかお前!何自分から罠にハマろうとしてんだ!」
「え、でもトム君違うって……、」
「そう思わせてるだけかもしんねぇだろーがッ!」


「昨日言ったこともう忘れたのか!?」と言われて「うっ」と言葉に詰まる。

そしてふとトム君に視線を戻せば姿が見えなくなっていた。「あ、あれ?」


「おいおい。神田のせいで見失ったぞ?」
「は?」
「あ、いやまぁそんなに睨むなよ神田………」


「立ち止まってても仕方ないし、先に進むか」と言うウィルさんに舌打ちをする神田さん。私の腕はまだ掴まれたまま。

引っ張られる形で歩くのを再開しようとしたとき、また同じ音が耳に入ったため足は止まったままになる。
なかなか足を動かさない私に「何してんだ」とイライラ増しで言う神田さんに「やっぱり音が聞こえる」と言えば黙りこんでしまう。


「どっから聞こえてる」
「えと、奥の方から」
「…………行くぞ」


手をパッと放されてスタスタ歩き始められた。信じてもらえないんだろうか。そう思いながら私もあとを着いて行くと、


―――――――――、


「(音が、近くなった………?)」


先を歩く二人を追い越して走れば後ろから「おいどうした!?」という声が聞こえたけど気にせずに走り続ける。

狭い崖道になっているところもあり歩くのでさえ苦労する。それでも足を進め続けるうちにどんどん音が近くなってきている気がした。

大股で歩くようにしている最中、思わぬところで足が止まる。崖道からただの崖へとなり進めなくなっているのだ。
そーっと下を覗いていれば、後ろから二人分の足音が聞こえて来た。


「ちょっと、何急に走りだすんだよもう」
「ご、ごめんなさい………。でもこの先から音がずっと聞こえてて、」
「この先、ね」


追いついてきたウィルさんも下を覗きこみ、「怪しいな」と言ってから神田さんと顔を見合わせ荷物の中からロープを出した。
ウィルさんと神田さんの二人がかりでロープを手頃な木に引っかけて、私はウィルさんに抱えられながらスルスルと崖の下へと降りて行く。

降りて行けば山の中とは思えないくらい開けた場所に着き、思わず「わぁ」と言葉が零れる。

足元は伸びきった雑草で覆われ、よく見えない。ガサガサと足音を立てながら歩くこと数分。「あれ、」


「あそこだけ赤くなってる」
「どれ?本当だな」


指さす先は青々した雑草が生い茂る中、一部真っ赤に染まってる場所。近づいてみればそれは赤い花だということがわかった。


「これは……、」
「彼岸花だな」
「ひがんばな?」


そう言った神田さんを「何それ」という意味を込めて見上げれば「日本では死人花なんても呼ばれてる」と続けた。



「彼岸花は死体の上に咲く」
「え、」


ウィルさんがポツリと言ったあと、おもむろに彼岸花を抜きその下の土を掘り返し始めた。そして、


「ひっ………、」
「……………………、」


掘り起こしてからどれくらい経っただろうか。そこから出てきたのは白骨化した小さい遺体と土で汚れた衣服だった。

なんとなく振り返ればそこにはトム君がいた。



「トムく、」


「あ り が と う」


声には出てなかったけど、彼の口は確かにそう動いていた。そして彼の体はフワフワと光になって消えていき彼岸花の元に集まっていく。

トム君の姿がすべて消えてしまったあと、彼岸花の元に集まった光は一つの塊になった。


「イノセンス…………、」
「トム君は、三年前すでに死んでいたんだ」


イノセンスの石となったものを見ながらウィルさんはポツリポツリと呟く。

きっとトム君はさっきの崖に気付かずに転落してしまい、そのまま命を落としたのだろうと。
一週間かけても見つからなかったのはこの生い茂った雑草のせいで見つからなかったのではないか。
しかし自分を見つけて欲しいトム君の願いを聞き遂げたイノセンスは彼の姿となり街の人の前に現れた。
毎日山へ登るのは自分を見つけて欲しいがために人を山へと誘いこんでいたのだろう。



「じゃぁ、トム君の願いは叶った………んだよね?」
「おそらくな」


「神域に入ってしまった子供が、神の怒りに触れたわけじゃなかったんだ」と呟きながら、イノセンスを「はい」と私の手のひらに乗せたウィルさん。「お前のお手柄だよ。ナマエ」


「初任務、完了だな」


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